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20/27

私の話はいいんです

 無事に第二王子の生誕祭を終え、またクラルティ公爵家でののんびりとした日々に戻ってきた。


「リアナ様、とてもいい感じです。飲み込みが早いですね」

「本当? ふふ。こう見えて私、細かい作業って結構好きなの」


 少し前から空いた時間があると、こうやってマガリーに刺繍を教わったりしている。

 このままジスとの婚約が正式に決まることになれば、じきに公爵夫人として今後やっていくためのマナー教師をつけられることだろう。そうなったら、こんなのんびりのほほんな毎日を過ごすことはできない。だから今の内にいろんなことにチャレンジすることにした。

 そのひとつが刺繍だ。

 刺繍は昔、エイメス伯爵家でお母様から教わったことがある。しかし、その時はなかなかうまくいかなくて投げ出してしまった。今思うと、お母様自体がそれほど刺繍が得意でなかったのだと思う。だって、マガリーの教え方と全然違うんだもの。マガリーの教え方はわかりやすくて、すっと頭に入ってくる。


「リアナ」


 簡単な花の刺繍がひとつ完成したところで、ジスが私のもとへやって来た。

 ジスを見た瞬間に、昨日抱きしめられたことが頭にぼわんと浮かんできて、針を変な方向に刺しそうになる。


「ジスラン様。休憩中ですか?」

「ああ。執務は午前中に終わらせた。……リアナは刺繍をしていたのか」


 そこらじゅうに広がっている刺繍グッズを見て、ジスが言う。


「はい。マガリーから教わっている最中です。とっても楽しいですよ」

「……そ、そうか」


 笑顔で返事をすると、ジスの表情が若干曇る。そして、なにか言いたげな表情で視線を泳がせている。


「? どうかしました?」

「いや、もし君が忙しくないなら……リアナをデートに誘いたいと思って」


 ジスがそう言った瞬間、マガリーが手に持っていた刺繍枠と布を落とした。急に手元を狂わせるなんてマガリーらしくない。針を持っているから気を付けないと。

 ……ん? それより、ジスはなんて言った? デート?


「私とデート、ですか?」


 なぜ私とそんなことをするのだろう。仮にも婚約者だから? 


「ああ。……ダメ、だろうか」


 相当勇気を出して言ったのか、ジスの顔が乙女のようにぽっと赤くなる。なんだこの可愛い生き物は。そしてジスがこんな頼みを私にするってことは、きっとニナの話をしたいからに違いない。昨日の私のドレス姿を見て、ニナとの思い出や妄想がジスの中で爆発した可能性もあるわね。


「どうぞリアナ様! デートへ向かってください! 刺繍の続きは今度にしましょう!」

「あ、じゃあ片付けを……」

「そんなのは私の仕事です! さあ早くデートへ!」


 私が返事をする前に、なぜかマガリーに強制的にデートに向かわされてしまった。マガリーに刺繍の片付けを任せて、私はジスと部屋を出る。


「リアナ」

「はい」

「……今日も可愛いな」

「はい?」


 ふたりきりになった瞬間、ジスがわけのわからないことを言い出した。……頭でも打ったのかしら。


「それでリアナ。どこか行きたいところは?」


 ていうか、デートってなにするんだろう。

 なんて考えていると、ジスからそう尋ねられる。


「うーん。……あっ。それなら――」


***


「はぁっ。最高~っ!」


 目の前に広がる広大な花畑を見て、私は歓喜の声と両腕を上げて思い切り伸びをした。


「こんな近場でよかったのか?」

「はい。ずっと来たいと思ってたんです」


 私がジスに提案したのは、クラルティ公爵家の領地である花畑でのピクニックデートだった。

 花畑は屋敷から歩いて行ける距離にあり、季節によって咲く花が変わるという話は、前世でジスから聞いていた。


 天気もいいし、風も気持ちいい。

 こんな日はガヤガヤした場所じゃあなくて、こういう自然の中で過ごすのが私は好きだ。


「あ、ピクニックなんで、こんなものを用意しました」


 ふたりで芝生の上に腰掛けると、私はカミルから受け取ったランチボックスを開ける。


「じゃーん。日本食の代表、おにぎりです!」


 そこには、私の頼みでカミルが作ってくれたおにぎりが用意されていた。突然だったためシンプルな塩むすびだが、私はこのシンプルさが好きだったりする。


「これ、一度ニナに見せてもらったことがある……!」


 おにぎりを指さして、ジスが少年のように目を丸くさせた。

 もちろん、私もそのことは覚えている。ジスと画面越しで話している最中に小腹が空いて、作り置きのおにぎりを頬張った。それを見て、ジスは今みたいに興味津々な目をしていた。


「日本では代表的な食べ物なんですって。私も例の親戚から教わって。早速食べましょう」


 ふたつあるうちのひとつをジスに渡して、同時におにぎりにかぶりつく。

 うん。少ししょっぱめだけど美味しい! なにより懐かしい。ああ、ここに豆腐とわかめのお味噌汁があればもっと最高だわ。


「なんの変哲もないただの米だけど、やけに美味しく感じるな」

「でしょう? おにぎりって、こうやってピクニックしながら食べるのがいちばん美味しい――らしいですよ!」

「……あ、待ってリアナ」


 私が得意げにおにぎりについて語っていると、ぬっとジスの手が顔に伸びてきた。そして細くて長い指が、私の口の端についている米粒を捕らえる。


「ついてたよ」

「……あ、ありがとうございます」

「ん、美味しい」

「……!」


 ジスは指についたその米粒を、流れるような仕草でぺろりと食べた。

 青空の下。花畑。塩むすび。どう考えても健全なシチュエーションなのに、あまりに色っぽいジスの仕草に私は目を奪われてしまった。……イケメンの不意打ちって罪だ。心臓に悪い。


「ねぇリアナ。リアナは小さい頃、どんな子だったんだ?」

「……私、ですか」


 おにぎりの最後のひとくちを飲み込んで首を捻る。リアナの小さい頃……私が転生した頃は既に十三歳だったから、小さいうちには入らないような。


「よく覚えていないです!」


 正直、ニナとしての幼少期もあまり覚えていない。

 リアナの幼少期は、覚えていないというかもはや知らない。


「えーっと、じゃあ、リアナの好きな食べ物は?」

「結構ころころ時期によって変わるんですが、最近はフレンチトーストにハマッてますね」

「なるほど……。それじゃあ、リアナの好きなタイプってどんなのか聞いてもいい?」

「タイプ……」


 私って、どういう男性が好きなんだろう。

 ニナの時だったら、おとぎ話の王子様みたいな人って、大人になったら周囲に笑われそうな返事を馬鹿正直にしたんだと思うけど……。


「ジスラン様みたいな人です」


 その王子様みたいな人は、現在目の前にいるのよね。だから正直のそのまま答えることにした。


「え……あ、ありがとう……」


 照れくさそうにはしているけれど、実際これまで何度もこんなこと言われてきたんだろうな。ジスがニナを想い続けていなければ、私は同じ世界にいたとしても、こうやって肩を並べる存在にはなれなかったと思う。前世の自分がこの状況を生み出したのかと思うと、自分で自分に感謝せずにはいられない。


「ジスラン様、私からもよろしいですか?」


 ジスからの質問が止まったタイミングで、私は今日ここへ来てからずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「! なんだ? なんでも聞いてくれ」

「はい! それで、今日はニナの話はしないのですか?」

「……うん?」

「だって、ジスラン様が私を呼ぶ理由ってそれしかないじゃないですか!」


 なかなかニナとの惚気話が出てこないから、私が我慢できなくなってしまった。


「それで、今日はどんな話を聞かせてくれるんですか?」


 期待を込めた眼差しをジスに向けると、ジスの身体が僅かに後退する。……もしかして、そろそろネタ切れ!? そんなのは嫌だ! 私が萌えを摂取できなくて困る!


「あの、リアナ。今日俺たちはデートをしているんだ」

「はい。わかっています」

「だからいつもとはわけが違う。俺は今日、リアナと話したくてこの時間を作った」


 ……つまり、今日はニナの話をするのが目的ではないってこと?

 私とただただ雑談を楽しみたいと? ……ジスが? なんのために?

 そういえば、昨日のパーティーが終わってからやたらとジスとの距離が近くなっているような気がする。ニナの時でさえ言わなかった過去の話も打ち明けてくれた。思っていたよりずっと悲しい話で、その悲しみや辛さを私に見せてくれたことは、心の底から嬉しかった。


 昨日ジスにも言ったけど、初めて前世の自分に勝てたような気がしたの。

 どういう意図で私に言ったかはわからない。なんとも思っていない私にだから、逆に言えたのかもしれない。


 そういえば、昨日ジスは私にドキドキするとも言っていた。ニナと同じドキドキを感じると――。

私から言わせてみると、それは私の中にいる前世のニナを目で追っているだけで、決してリアナ自身を好きなわけじゃあないと思う。


「……あっ」


 大事なことを思い出して、私はうっかり声を上げた。

 昨日、私がジスに「愛しています」って言ったから、ジスもなにか責任感を抱いちゃったりしてるのでは。これまでは上辺すら嫌がっていたけど、上辺だけなら私と婚約者らしくする気になったのかも。ジス、最近やたらと私に感謝してくれていたし。

 ジスは優しいから、きっと恩を忘れない人。私の愛には答えられないけど、せめて上辺では――って。

 ついでにマガリーから今朝、ジスの部屋で専属執事が朝までジスの相談に乗っていたって話も聞いた。それって、多分この相談なのでは? 私に感謝はしているけれど、どうやって返せばいいかって。私の発言のせいで、ジスにやりたくもないことをさせている……。


「ジスラン様! 昨日の私の発言なら気にしないでください。本気で受け取ってもらわなくて大丈夫です」

「……どういう意味だ?」

「私がジスラン様を愛しているって言ったことです。たしかに、私はニナを好きなジスラン様ごとお慕いしております。あくまで人として」

「……つまり、なにが言いたい?」


 ジスの眉間に濃い線が浮き出ている。まどろっこしい言い方をしていることに怒っているのか、だったら早く言えよっていう不満なのか。


「最初に言われたように、私はジスラン様からの愛など望みません! ご安心ください!」


 ジスの愛は、本当に好きな人にだけ目一杯注いでほしい。世間が笑おうとも、ジスの真っすぐにニナを想う一途な心は、本当にこの世のなによりも美しいと思った。


「……」

「ジ、ジスラン様?」


 安堵させるために投げかけた言葉なのに、なぜかジスは固まってしまった。そのまま肩を落とし喋らなくなる。えーっと、どうしたんだろう。


「具合でも悪いですか?」

「……ああ。なんだか、鉛玉がずしんと心の奥にのしかかったような……生まれて初めての感覚に陥ってる。自分でもよくわからない」

「それはたいへん! すぐに屋敷に戻って休まれたほいがいいです!」


 胸を押さえて顔を歪ませるジスは、見ているだけで苦しそう。


「俺って、こんなに情けない男だったのか……」


 ジスがぽつりと呟いた。具合が悪くなることなんて誰にでもあるから、そんなに気にする必要ないのに。

 こうしてピクニックは早めに終了し、私とジスの初めてのデートは終了した。


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