二度目の初めましては同じ世界で 2
しかし、別の人間として私の視界はまた明るくなる。
前世の記憶を持ったまま、私は十三歳の〝リアナ・メルシエ〟という知らない世界の貴族令嬢に転生していた。
両親の話を聞くとリアナは引っ越しの途中馬車で事故に遭ったらしい。リアナが自ら馬車から急に飛び降りたという。
なんでも今回の引っ越しは、お金が追い付かなくなり元居た屋敷を手放すことになったことが理由らしい。たくさんの領地を所持していたが、残っているのは王都から離れた田舎町の領地だけ。もしかしたら、リアナはそんな暮らしをするのが耐えられないと思ったのかも……。そして本来死んでいたはずのリアナの身体に私の魂が入り込んだってとこだろうか。理解の早いオタクな私は、こんな状況でもリアナとしてすくすくと育っていった。
幸い両親は優しく、使用人もそんなに多くない小さな屋敷であったものの、不自由ない暮らしを送っていた。貧乏とはいえど、東京で限界ひとり暮らしをしていた前世よりは何倍もマシだった。
この世界には魔法も存在しており、お父様は魔法を使えた。私はその才に恵まれなかったようだが、魔法を目の前で見られるだけで楽しかった。まるで前世でジスが暮らしていた世界みたいだなぁ、なんて思ったりもした。
『リアナ! お前に縁談の話が来たぞ!』
『相手はクラルティ公爵家の嫡男よ』
リアナとしてようやく二十歳を迎えた頃、急に私に縁談が舞い込んできた。しかも相手は貧乏伯爵家のメルシエ家より格上の公爵家。
私はジスからいろんな話を聞いて、貴族社会の面倒くささを知っていた。だからいろんな理由をつけて、これまであまり社交場に顔を出していなかった。そもそも田舎から王都へ行くのには時間もお金もかかる。私の存在など、上流階級の貴族たちが知るはずもない。
それなのに、なぜ私に……?
声に出さずとも顔に出ていたようで、お母様が苦笑する。
『あのねリアナ。これはあなたにとってあまりよくない話かもしれないけど……お相手のジスラン様は、王都でよくない噂があるみたいなの』
『ジスラン!? 私の縁談相手はジスランっていうのですか?』
『リアナ! 次期公爵となるお方を呼び捨てするんじゃあない!』
久しぶりに聞いた名前に、おもわずテンションが上がる。その代わりお父様に叱られてしまった。
『お母様、よくない噂というのは?』
『それがジスラン様はかなりの拗らせ難あり令息で、婚約した者みんなジスラン様の態度に耐えきれずに屋敷を飛び出してしまう……って』
それで巡り巡って、ウチに話がきたのだという。
……なんだ。一瞬、私の知っているジスかもって期待しちゃった。でも、ジスは拗らせでも難ありでもない、優しく素敵な王子様のような人。婚約者が逃げ出すわけがない。
『もちろん、リアナがどうしても嫌だと言うなら考え直しても』
『いいです。一旦お受けします』
両親からすると、私が公爵家に行けば有難いことしかないだろう。所詮、貴族の結婚なんて政略的なものばかりだとジスから聞いた。そしてこれも政略結婚ということは明らかだった。うちは金銭的援助を求めており、向こうは跡継ぎを生ませるためにとにかく息子を結婚させたいとかそんなんだろう。
貧乏でも貴族令嬢でいる限り、いつかこうなる覚悟は幼い頃からできていた。そもそも恋愛スキルのない私からすると、相手が決まっているっていうのは逆に有難いかもしれない。
そのままトントン拍子に話は進み、私はクラルティ公爵家へ行くこととなった。そして――今に至る。
***
本物だ。本物のジス。嘘でしょう。
見間違えるはずがない。あの頃より大人になって、かっこよさが増している。
だが、向こうは当然、私がニナだとは気づいていない。だって私はあの頃と見た目も声も、なにもかも変わっている。別人のリアナなのだ。大体、ニナのことをジスが覚えているかも定かではないし、この世界のジスはニナと出会っているって設定がそもそも消えているかもしれない。
――だとしても、そういうの全部ひっくるめて、こうやって会えたことは嬉しい。
私の転生先はジスがいる世界だったんだ。私が神様にお願いしたから、願いが叶ったのかしら。
「リアナ。今回、婚約の話を受けてここまで来てもらったことには感謝する。だけど、逃げたくなったらいつでも逃げてもらって構わない」
喜びを噛みしめていると、ジスが冷めた声でそう言った。声色だけでなく、表情も冷めきっている。
「に、逃げる?」
「ああ。それか、ほかに好きな男がいるならここへ呼んでもいい。愛人をいくら作ったところで俺は怒らない」
つらつらと意味不明なことを言うジスを見て、周りに同席していた使用人たちが一斉に頭を抱えている。
……王都での噂って、本当だったの?
目の前にいるジスが、急に知らない人に見えてきた。私の知ってる優しいジスの面影はそこにはなくて――。
「俺は心に決めた人がいる。例えその人と会えなくても……想い続けるって決めてるんだ。だから君を、他の人を、俺は一生好きにならない」
知らない人の顔をしたまま、ジスはそう言い捨てて去っていった。
この数秒でジスからの情報量が多すぎて、私は整理がつかずその場で固まって動けなくなる。
……とりあえず、なんかすごいこと言われた気がするけど、冷めた顔も相変わらずイケメンで目の保養だわ。