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新たな恋心 ジスランside

「だ、だめですよジスラン様! いくら私を助けるためといっても、こんなこと……!」


 三人がいなくなると、リアナは細い腕でぐいぐいと俺を押しのけた。

 ……リアナの言う通り、俺は彼女を救うためにこんな真似をしたに違いない。でも、どこか残念に思うのはどうしてだろう。


「でも、私のためにありがとうございます」

「いいや、それは俺のせりふだ。さっきはその……ありがとう」

「とんでもない! 私、ジスラン様を困らせてしまって……!」


 なぜかリアナは謝っている。驚きはしたが、困ってなどいない。

 それに、こうやって素直にお礼を言いたくなる相手もずっといなくて、ましてや、俺がお礼を言うようなことをしてくれる人が、こんなに近くにいるとは思ってもみなかった。


 ひどい言葉を浴びせた俺を、彼女は理解しようとしてくれて、ニナの話もいつも笑顔で聞いてくれる。

 大嫌いなあの女が現れた時も、なりふり構わずに魔力が溢れ出る俺を止めてくれた。

 ニナと繋がらなくなってから凍ったように冷めきっていた心が、リアナと過ごすことで……だんだん人間らしく戻ったように最近では思う。


「どうしますか? メイン会場に戻りますか?」

「……リアナは戻りたい? それともここにいたい?」

「えっと……本音を言うと、もう少しここにいたいなって」

「奇遇だ。俺も同じ。……少し話をしようか」

「あっ! ニナの話ですか!?」


 ぱあっと瞳を輝かせて、リアナは言った。どうしていつも、他人の思い出話にここまで目をキラキラさせてくれるのだろう。彼女はきっと、自分の興味や好奇心に真っすぐで素直なんだろうと、最初から感じていた。そういうところは、どこかニナと似ている。


「それもいいけど……今日はべつの話。少し重いかもしれない」


 ふたりで噴水の淵に腰掛けて、俺はふぅっとため息をつく。


「……なんですか?」

「この前、元公爵夫人が来ただろう? 俺の、母上だった人。俺が十五歳の頃、母上の不貞が発覚したんだ。相手は、クラルティ公爵家の使用人で、あの女の専属執事だった」


 なぜ今ここで、この話をリアナにしようと思ったのかはわからない。

 ただ、家族以外誰も知らない話と――家族すら知らない俺の心の内を打ち明けるなら、ここしかないと理由もなく思って取った行動だった。


「ふたりはずいぶん前から関係があったようで、それを父上に隠し続けていたんだ。そしてついにそのことがバレて……同時にもうひとつ、俺たちは大きな違和感に気づく。それは、俺が父上にいっさい似ていないこと。父上とあの女とも違う、瞳の色を持って生まれたこと」


 俺が持つよく太陽に似ていると比喩されたオレンジの瞳。その太陽の瞳を持つ者は、父上ではなく、母の不貞相手だった。


「幸い髪の色が父上とも同じだったし、きちんと魔力も継いでいたから、父上も俺がまさかほかの男の子供だなんて思っていなかった。だけど、不貞が発覚してから執事も魔力を持っていることがわかって……」


 つまり俺は、由緒あるクラルティの血筋を持たない子供であり……父上への最大の裏切りの果てに生まれた子供だったのだ。

 その後、まさかの母上のほうから離縁を持ち出し、条件にクラルティの持つ領地をひとつくれとまで言い出した。なんて厚かましい女だと、虫唾が走るほど実の両親に嫌悪を抱いた。

 しかし、絶対に跳ねのけると思っていた条件を父上が飲んだのだ。どうしてかと散々父上を責めると、母上は領地をもらう代わりに、俺の出生を口外しない。親権を父上に渡すという条件を突き付けていたという。


「あの女にとって俺もロイドも領地以下の存在で、なにより、俺の存在が父上を苦しめるのに、父上が笑っているのがつらかった。後継者はロイドにすればいいのにしないのも、俺に屋敷での居場所を与えるためだ。本当は、絶対に俺を後継者になんかしたくないはずなのに。……これ以上俺の心が壊れないようにって……。だったら俺は、死に物狂いで公爵家に貢献するしかない」

「……ジスラン様」

「そもそも、母上の不貞を見つけたのは俺なんだ。俺がよけいなことをしなければ今も、家族は平和だったかもしれない。父上も俺も、ロイドだって、知らなくていいものを知らないままでいられたんだ。……俺が公爵家をめちゃくちゃにした」


 最初に不貞行為を目撃してから二週間、誰にも言わずにひとりで抱えていた。だが、平気で父上に愛の言葉を囁くあの女を見ていると、もう我慢の限界だった。それでも今となっては、俺がひとりで抱えることができていたらと後悔している。


 あの女が今でも運営資金を父上からもらおうとするのは、結局父上が裏であの女を援助しているからなのもわかっている。

 父上は、あのどうしようもない女を本気で愛していた。裏切られてもずっと、今も愛しているのかもしれない。あの女が並べる偽りの「好き」や「愛してる」を、信じ続けているのかも……。


「いろんなものを一気に失って、それても今以上に頑張らなくてはいけない。不安に押し潰されそうだった。そんな時に俺を救ってくれたのがニナだった。ニナといると、現実を忘れられた。知らない世界に、彼女は俺を連れて行ってくれたんだ」

「……そんな事情があったんですね。だとすれば、ジスラン様にとってどれだけニナが救いになったのかわかります」


 あの女は、家族をあっさり捨てて不貞相手を選んだいちばんの理由に『この人は私の初恋なの。愛しているの』と言っていた。

 当時は理解できずにいたが、初恋相手のニナに対して数年経っても異常な執着を見せている俺は、母の血をたしかに引いているのだと思い知らされる。いくら純粋な恋心だと自分の中で言い聞かせても……実際、傍から見るとおかしいってことはわかっていた。


 一通り話を聞いたリアナは、俺よりずっと泣きそうな顔をしていた。まるで、当時の自分のように。


「どうして君がそんな顔をする」

「……いえ。ごめんなさい。なにもできなかった自分が悔しくて……」


 まだ出会っていないのだからなにもできなくて当たり前なのに、そんなことで悲しむ彼女を見ていると、なにか込み上げてくるものがあった。


「でもおかしいな。こんな話、ニナにもしたことなかったのに」

「そんな話を、どうして私にしてくれたのですか?」

「……わからない。だけど、君には聞いてほしかった」


 リアナの望んだ回答ではなかったかもしてないが、これは俺の本心だった。

 この前あの女の前で暴走しかけたを止めてくれたのは紛れもなくリアナで、彼女はいつも、どうしようもない俺を前にしても変わらず笑顔を見せてくれる。

 俺がなにを話しても受け止めてくれるんじゃないかって安心感が、一緒にいるうちに生まれたのだと思う。


「……ふふ。ありがとうございます。初めて、ニナに勝てた気がします」


 すっかり暗くなったこの空間でもわかるくらい、そう言う彼女の笑顔は眩しくて……すごく可愛かった。


「私は同じ経験をしていないから、偉そうなことも、わかったようなことを言うつもりもありません。ただ……またこうやって、話を聞くことはできます。悲しい気持ちも、苦しい気持ちも、ひとりで抱えないで、一緒に共有してほしい。ニナとの思い出を、私に共有してくれるみたいに」


 誰に悩みを打ち明けたって、俺の心には響かないと決めつけていた。しかし、リアナの言葉はすぅっと胸に入って来て、それが気持ち悪いどころか心地よい。

 ――こんなの、初めてだ。


「俺は今から、おかしなことを言うかもしれない」

「……はい?」

「君はニナとは違う人なのに、一緒にいると、ニナに感じたのと同じようにドキドキする」

「……ニナと同じように?」


 リアナのほうに身体を向けて、真剣に気持ちを伝える。

 本当は少し前から、自分の異変に気付いていた。

 ニナの話をする時だって、最初はただ自分の話ができるのが嬉しかった。しかし最近は、リアナがあまりに嬉しそうな顔をするから、それが見たくて話していたんだ。


「君は以前、俺に〝新たな想い人ができた場合はどうするか〟と言った。その時、俺はそんな可能性はゼロだと言ったが……その想い人が、君だったら?」

 

 リアナは何度も瞬きをして、その後、すぅっと大きな深呼吸をしていた。……彼女の中で、どんな答えが出たのだろう。


「ジスラン様の中にまだニナが残っているなら、私への想いは一時の気の迷いです」

「……気の迷い?」

「ニナと似ている私に恋をしているだけですよ」


 ふふっと笑われて、さっきまで穏やかだった心中が急にざわつき始める。

 

 たしかに俺の心には、まだニナがいる。外出時も魔法書が手放せないほど。

 だけど、リアナといる時は――ニナのことを忘れている。

 

 ――もし、目の前にニナが現れることがあったら。それでも俺は、リアナを選べるのだろうか。


 そう思った瞬間、一層強い夜風が俺たちの間を吹き抜けていった。


「そろそろ戻りますか? ロイドもひとりで寂しがっているかもしれませんし」


 リアナは風で乱れた前髪を整えると、立ち上がってドレスに飛んだ土埃を手で払った。


「ああ。あの、最後にもうひとつだけ。今日、言い忘れたことがある」


 俺も立ち上がると、そっとリアナの両手を握った。


「……そのドレス、君によく似合っている」

「私に?」

「ああ、すごく綺麗だ」


 先日、父上に頼まれて町の仕立て屋に寄った。その時に、このドレスを見つけていた。

 ――リアナに似合いそうだなと思い手に取ったことを、今でもよく覚えている。

 こういう時、これまでは真っ先にニナが頭に浮かんでいたのに。俺は自分でも知らず知らずのうちに、リアナのことを無意識に考えるようになっていた。

 今日彼女がそのドレス姿で現れたときは、驚いて言葉に詰まったくらいだ。好みが似ているのかと思うと、なんだか心臓の周りにじんわりと温かさが広がった。


「ありがとうございます。ジスラン様」


 いつもと変わらない感じで、リアナは俺に微笑んだ。でも、そんなに喜んでいるように見えないのは、俺の考えすぎか……?


 その後、生誕パーティーもほどほどにやり過ごし、俺たちは屋敷へ戻った。

 リアナと離れてからも今日一日で込み上げた熱が収まらず、むしろ最熱してきている。


 リアナは気の迷いだと言ったが……俺は。

 都合がいいかもしれないが、もう一生抱くことのないと思ったこの感情を、無視することはできない。


「トリスタン。相談があるんだが……」

「おや。珍しいですね。ジスラン様が私に相談とは」


 俺は着替えの手伝えに来た専属執事のトリスタンに、恥を捨てて相談を持ち掛けた。


「……リアナをデートに誘いたいんだが、デートってなにをすればいいんだ?」


 そう言った瞬間、トリスタンが脱がせた俺の上着がばさりと床に落ちる。


「ジ、ジスラン様がデートを……!」


 声も身体も震わせて、トリスタンは驚愕していた。……俺、そんなにおかしなことを言ったのか?

 そのままなぜか俺の部屋で、夜通し祝杯があげられた。頼むからよそでやれと思ったが、デートについて聞かなくてはならないので我慢しよう。


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