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終わっている

 喧騒を抜け、静かな庭園で噴水を見ながらぼーっとする。


 ……やらかした。完全に悪目立ちした。


 ジスのあの表情、あきらかに困っていたわよね。そりゃあそうだ。ニナを好きって感情を私は認めているのに。私からの愛なんて、ジスは最初から欲していないというのに。なんならほかの令息と話してもいいよって言われてたくらいなのに。

 パーティーが終わったら、ちゃんとジスに話さないと。あれは言葉の綾で、私が本当に言いたかったのは、人としてジスを尊敬して好いているって意味で……。


「リアナ・エイメス。こんなところにいたのね」


 必死に言い訳を考えていると、背後から声をかけられた。こういう時に現れるのはいつものパターンだとロイドなのに、そこには初対面の令嬢が三人。

 さっきとまったく同じで、真ん中の令嬢だけやたら派手で威張っているように見える。両隣は一歩下がって取り巻き感満載。この世界の貴族は男女ともに三人でつるむ決まりでもあるのだろうか。


「あなた、さっきのはなに? とんだ恥さらしじゃない」


 ごもっともな指摘を受けて、私はぎくりとする。いびられると構えていたが、もしかしてまともな説教をしにきてくれたのかしら。だとしたら甘んじて受ける覚悟はできている。


「ジスラン様も困っていたわ。それに、ずいぶんご立派なことを言っていたけど……すべて強がっているのでしょう? 痛々しくて見ていられなかったわ」

「……私が強がっているというのは?」

「だって、ああまで言っても結局、一生女として愛されないって世間に公開しているようなものじゃない。わたくしも三日間だけ彼の婚約者をしていたからよくわかるわ」

「! あなたも?」

「ええ。彼にはずいぶん馬鹿にされたわ。家柄も見た目も申し分ないのに、とても残念な人で失望したもの。未来の夫が妄男だなんて、恥ずかしくて表舞台に顔を出せないわ」


 ジスラン様の婚約者に選ばれたと言うその令嬢は、ドレスも化粧も派手ではあったが綺麗な顔立ちをしていた。スタイルもかなりよく、普通の男ならばニナと彼女だったらどう考えても彼女を選ぶだろう。私が男でもそうする。


「あなたにはほかに縁談がこないから仕方ないのだろうけど、これ以上自ら恥を晒さないほうが身のためよ。ジスラン様にエスコートされて少し勘違いしていそうだから忠告しにきたの。あなたは〝女性として終わっている〟って」


 蔑むような眼で私を見下す彼女は、どこか私を妬ましく思っているようにも見えた。

 なんだかんだ言いながら、彼女はジスに少しでも愛されたかったのだろうか。エスコートを受けた私が勘違いしていると誤解するほど、ジスに関わる相手に対して敏感なのがその証拠に思える。


「……ちょっと、なによその顔は」

「あ、ごめんなさい」


 無意識に彼女に同情してしまい、それが表情に出てしまっていたようだ。


「なによ。わたくしの上に立ったつもり? ふざけないで。あなただって、どうせジスラン様にキスもされたことないのでしょう?」

「キッ、キス!? あるわけないじゃないですか!」


 両手で頬を押さえて、私は首を振って否定した。


「普通、婚約者ならそういうことをするのが当たり前なのよ。もちろん、それ以上のことも。でもあなたはジスラン様に触れられるどころか、愛を囁かれることもないの。この先一生」


 ずきん。


「……?」


 その時。なぜか胸の奥が痛んだ。

 わかりきっていたことなのに、納得していたことなのに、望んでないことなのに。

 他人に突きつけられると感じるこの痛みはなんなのか。自分でもわからず、痛みはもやもやに変わっていく。


「愛する人に愛される喜びどころか、女としての悦びを得ることもない。だから女として終わってるって言ってるの」

「リアナのなにが終わっているって?」


 生ぬるい夜風が、耳ざわりのいい聞き慣れた声を連れてくる。

 令嬢たちの後ろには、こんなところまで私を探しに来てくれたであろうジスの姿があった。


「ジ、ジスラン様……!?」


 ジスは驚く令嬢たちを素通りすると、つかつかと私をめがけて一直線に歩いてきた。

 そして――あろうことか、私の腰をぐっと抱いて、自分の方へと引き寄せる。あまりに唐突な出来事に身動きひとつ取れないでいると、気づけば私はジスの腕に抱かれていた。


 ――これはいったい?


「途中から聞いていたけど、不名誉なことで俺の婚約者が傷つけられるのは見ていられないな」

「ジスラン様、こ、これは……」


 威勢のよかった令嬢の表情が焦りへと変わっていく。ジスを馬鹿にしていたというのに、本人に凄まれると怯んでしまうのは当然といえば当然か。ジスが露骨に怒っている時って、結構怖いもの。それより、いつになったら私は離してもらえるのだろうか。


「俺がリアナを大切に想っている証明のために、ここでキスをしようか」

「……はっ!?」


 おもわず大きな声を上げてしまった。

 ジスはなにを言っているの? 戸惑う私を見つめるジスの瞳はいつもより色っぽくて、なんだかエロ……きゃああ! どんどんジスの顔が近づいてくる!


「も、もうよくわかりましたわ! あなたたち、行きましょう!」


 私がぎゅっと目を瞑ったのと同じタイミングで、令嬢たちは顔を真っ赤にして走り去って行った。

 


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