ほかに好きな人がいる彼ごと愛します
私たちの登場と共にどよめく会場内。
全身に纏わりつく、多方面からの視線。
……なぜこんなに注目を浴びることに?
開始数秒で嫌な汗が額に滲んできた。注目されることに慣れていなければ、こういったパーティーにも慣れていないというのに。
「フリードリヒ第二王子と婚約者のアガーテ様は、もう少ししてから表に出てくるだろう。いつも準備が遅くて時間を守らないんだ。とりあえず今は自由にしていて構わない。なにか飲むか?」
私の強張った表情に気づいてか、ジスが声をかけてくれた。言われてみると、緊張のせいかやたら喉が渇く気がする。
「そうですね。いただきます」
辺りを見渡すと、たくさんの食事やデザート、高そうなワインが用意されている。これ、全部好きに食べていいってこと? なんという出血大サービス……。家族も連れてきてあげたかったわ。
「やあジスラン」
私がジスと飲み物をもらいに行こうとすると、道を遮るように三人の令息が声をかけてきた。全員上等そうな生地の洋服を着ており、身なりだけでお金持ち貴族なのだとわかる。……でも、顔はジスに比べると圧倒的モブだ。
「ずいぶんと早い挨拶だな。なにか?」
ジスは笑ってはいるものの、どこか棘のある物言いだった。この令息たちと仲良くはなさそうだ。私はひやひやしながらその場を見守る。
「いや、ジスランが誰かを連れてくるのなんて初めて見たからな。……彼女が新たな婚約者か?」
「ああ」
「これまではエスコートをする前に、みんな婚約破棄されたって聞いたけど……そんな公爵令息、多分ジスランくらいだぞ」
「だったらなんだ。君に関係ないことだ」
令息たちは真ん中のひとりが話して、あとのふたりは隣で薄ら笑いを浮かべているだけ。真ん中の令息の取り巻きってところだろう。
三人が私をなめるように見てきて、とてもいい気分とはいえない。
「……へえ。これはまた綺麗なご令嬢だ。名前を聞いても?」
「……リアナ・メルシエです」
「メルシエ? ああ、噂には聞いている。先代が事業を失敗してたいへんだとか。あぁ、なるほど。だからジスランとの婚約を」
勝手になにかに納得したように、令息たちは顔を見合わせて笑っている。
彼らだけでなく、周囲の人たちもみんな私たちの会話に聞き耳を立てていて、あちらこちらでヒソヒソと内緒話をしている様子が窺えた。
「まだなにか?」
私ですら嫌味を言われているとわかる。それなのに、ジスは怒ることなく笑顔で対応している。相手がどういう身分なのか知らないが、ジスに敬語を使っていない辺り同等の身分だと察する。それでもこのような態度は如何なものか。だが、決定的に失礼なことを言わないあたりがうまいというか、いやらしいやり方だなぁと思う。
「……いやぁ。リアナ嬢はいろんな事情があるかと思うが、かわいそうだなぁ」
その言葉に、私の耳がぴくりと反応する。
「これまでの令嬢たちは逃げられたけど、家が没落寸前じゃあ受け入れることしかできない。お美しいのにもったいない。婚約者が〝奇病持ちの妄男〟だとは……」
真ん中の男がそう言った瞬間、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
周囲の目は、ジスを異端児として見る奇異の眼差し。いつも社交場に参加するたびに、こうやって純粋なジスの恋心を踏みにじられてきたのだろうか。
なにを言われてもなお真っすぐに前を見据えているジスの強い眼差しの奥に、どれほどの孤独感や傷があるのだろう。
……ジスのニナへの恋は妄想なんかじゃあない、現実なのに。どうして大事な思い出を、他人に馬鹿にされなくてはならないの。きっとジスがニナのことを公にしたのも、ジスは誰かの手を借りたかったんだと思う。魔法書がまた、異世界に繋がるように手助けを……。それなのにここまで馬鹿にされて、ジスは絶望したに違いない。
これまで公爵やロイドもジスについていろいろと言っていたが、それらは馬鹿にしているよりも――なんだかんだ、心配しているように見えた。だがここにいる人たちは違う。ただただ、ジスを笑いものにしているだけ。
「それとも、彼女のおかげでジスランの病気は治ったのかな?」
「……失礼する。行こう。リアナ」
「ああ、まだ治っていないようだ」
やれやれと肩をすくめる令息を見て周りがどっと笑い声をあげる。普通なら、公爵家相手にこんな無礼は許せない。周囲はジスがなにも言い返さないこと、クラルティ公爵が温厚で優しい性格だと知っていて、あぐらをかいているんだわ。
彼らの横を通り過ぎようとしたジスの手は、じっとり汗が滲んでいた。
『なにを言われても、君は気にすることないから』
さっき、ジスにこう言われたのは、少なくともジスはこうなることを予想していたのだろうか。……ごめんなさい。ジス。私は黙っていられないわ。
「先ほどの言葉、訂正していただけますか?」
振り返り、威張り腐っている令息に声をかける。
すると、会場が一瞬にして静まり返った。
「……訂正? なにをかな? リアナ嬢」
「私をかわいそうだと言ったことです。どこがかわいそうなのでしょうか? 私がかわいそうかどうか、今日会ったばかりのあなたにわかるはずがないと思います」
にこりと微笑むと、令息は呆気にとられた顔をしたあと、おかしそうに声を上げて笑い始めた。
「あはは! わかるに決まってるだろう。ここにいるみんな、君をかわいそうだと思ってるさ。ジスランは普通じゃあない。現実にいる君よりも、実在しない女を好きだと言っている」
「実在しないとなぜ決めつけるのです? それにたとえそうだとしても――私はほかに好きな人がいる彼ごと愛します」
右手を胸に置いて、毅然とした態度で言ってやった。
今は異世界の存在を証明する術がない。だけどあの魔法書がまた異世界と繋がれば、今度こそジスの言っていることが嘘ではないと証明できる。その日まで、否、それからも、私はずっとどんな場面でもジスの味方であり続けることだけは忘れない。
たとえ証明できなくたって、私は知っている。異世界と繋がるということは、現実に起こりえる話だと。この身をもって体験しているから。
「だから今後、ジスラン様を悪く言うことは私が許さな……」
言いかけたところで、自分がとんでもない発言をしたことに気づいた。
私、愛するって言った? ジスのこと。
間違いではないけれど、ニナを好きなジスを愛でるっていうほうが本心に近いっていうか……ていうかこんなこと公衆の面前で言ったら、ジスの新たな恋路を邪魔しちゃうことになるんじゃあ!? ああ、完全に言い方を間違えた
頭が混乱したまま振り向くと、ジスと視線がかち合った。
ジスもまた困惑した表情をしており、私はそれを見て急激に羞恥心が掻き立てられた。
「わ、私、ちょっと体調が優れないので夜風にあたってきます!」
その場から逃げたいという感情を抑えることができず、感情のまま、私は大広間を後にした。




