初めてのエスコート
今日は第二王子の生誕祭パーティーの日。
パーティーは夕方からのスタートで、午後になると身だしなみの準備で私の周囲はバタバタとしていた。
水色のドレスに似合うよう、薄いピンクのチークにリップ。目元はシャンパンゴールドのアイシャドウでキラキラに。鏡の前で侍女に化粧を施されながら、私は感動していた。
――土台がいいと、こんなにシンプルな化粧でもばっちり決まるのね。
ニナの時にあれこれ苦戦した化粧も、リアナだと簡単に済んでいる。恐るべし、中世ヨーロッパ風の世界。
髪は全体をゆるく巻いて、顔周り残してアップヘアーに。アクセサリーもたくさんある中から好みのものを選んでつけてもらった。そして町で買ったドレスを着て、準備完了だ。
「……!」
先に準備を終えていたジスのもとへ向かうと、私の姿を見たジスは目を見開いた。
「ど、どうでしょう?」
ここまでばっちり決めた姿を見せるのは初めてなので、少々照れくさい。
「ああ。いいんじゃないか。……そのドレス」
やっぱり突っ込まれるか。だって、これはジスがニナに似合うと思っていたドレスだもの。最初に驚いていたのも、そのドレスをまさか私が着ているとは思わなかったからだろう。
「……いいや、なんでもない。行こう」
どんな感想を述べられるかドキドキしていたが、ジスはふいっと顔を背けて、馬車の方へ歩いていった。
――似合ってないって言われるのも嫌だけれど、感想がないっていうのはもっと気まずいわね。嘘で「似合ってる」って言われるよりいいけれど。そもそも、ジスがそんな余計な嘘をつかないことは承知の上だ。
あ! それとも、頭の中でこのドレスを着ているニナを想像して照れちゃったり? ジスのことだからじゅうぶん有り得るわ。そう思うと、クールを保っているジスのことが可愛く見えて勝手に口元がへらりと緩む。
「なにをにやにやしているんだ?」
「いいえ。べつに? ふふふ」
馬車の中でジスに口元の緩みを指摘されたが、ただにこにこと笑うだけの私を見て、ジスは首を傾げていた。
そういえばロイドは一緒に行かないのだろうか。
気になってジスに聞くと、ロイドはべつの馬車で来ると言われた。婚約者の私たちと事情もなく乗り合わせるというのは、マナーとしてよろしくないとか。
「みんなで一緒に行った方が手っ取り早いのに。貴族ってたいへんねぇ……」
辺境地の実家が、いかに閉鎖的な空間だったかをここへ来て何度も思い知らされる。だが上流貴族のルールも面倒なものが多くて、私にはなかなか理解しがたい。
「君も貴族じゃないか」
「え? そうですけど、田舎の貴族なので、こことは全然世界が違いますよ」
「へぇ。そういうものなのか。でも昔は王都にいたんだろう?」
「……もうその時代のことは忘れてしまいました」
なんて会話をしていると、あっという間に馬車は王宮へとたどり着いた。
あまりに豪華な建物を前にして、私は夢でも見ているかのような気分だった。クラルティ公爵家の屋敷もすごかったが、さすが王族の住む家。縦にも横にも大きいし、大きな噴水やよくわからない銅像も建っている。日は沈みかけていると言うのに、王宮の周りだけやたらと眩しく見えるのは気のせいだろうか。
「メイン会場は大広間だ」
私がひとりで王宮に興奮しているあいだに、ジスは涼しい顔をして慣れた感じで王宮へ入っていく。使用人とも顔見知りのようで、すれ違う人に何度も挨拶をされていた。私は隣で借りてきた猫のようになりながら、ただ愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。
「さてリアナ。ここからはエスコートさせてもらうよ」
大広間前に着くと、ジスがそう言って私に手を差し伸べてくる。
「あっ、はい。よろしくお願いしまーー」
その手を取ろうとすると同時に、改めて今日のジスを上から下まではっきりと確認する。
……意識していなかったけど、正装のジスすっごくかっこいいんですけど!? 王宮が放つ輝きにも余裕で勝っている。こんなのまるで――。
「王子様みたい……」
空想の世界にしか存在しないはずだった、宝石のように輝く綺麗な王子様。前世からずっと、ジスは私にとってそんな存在。
「……リアナ?」
「はっ! ごめんなさい! 行きましょう」
今さらになって見惚れるなんて、ジスに呆れられちゃうわ。
そそくさとジスの手を取ると、おもったよりその手は熱くて、なんだか私にまでその熱が伝染しそうになる。
「……本物の王子様にはこれから対面するけど、あまり気を張らなくていい」
「あ、ありがとうございます。承知いたしました」
「それとなにを言われても、君は気にすることないから」
「……? はい」
そんな気になるようなことを言われる場所なのだろうか。それとも、第二王子がかなり失礼な人だったり?
少し気にはなる発言だったが、ジスに手を引かれて会場に一歩足を踏み入れた途端、私の頭の中はすべて真っ白になった。




