ロイドとお買い物
「というわけで、生誕祭用のドレスを見に行きたいから一緒に行きましょう? ロイド」
「どういうわけだよ」
午後。私はカミルとの料理を後日にして、庭で鍛錬をしていたロイドを町へと誘った。
ジスと話したあと部屋に戻ってマガリーとドレスを物色していたが、あまりいいものがなかった。事情を知った公爵が「せっかくだし新調したらどうだい?」と、神様のような言葉を送ってくれて現在に至る。
商人を屋敷に呼ぶことも提案されたが、やんわりと断らせてもらった。ここ最近ずっと屋敷にいるからか、べつの場所の空気を吸いたかったのだ。
「ジスランと行けばいいだろ。最近仲良さそうじゃねーか。ペアルックのドレスでも選びに行けよ。最高の見世物になるぜ」
「ジスラン様は執務で忙しいんだって」
それに、マガリーの情報だとジスはついこの間、公務ついでに公爵におつかいを頼まれて仕立て屋に行ったみたい。その時に自分の衣服で気に入るものがあったら、きっと買っているだろう。
「大体私は町へ行ったことないし、ロイドが護衛でついてきたら頼もしいじゃない」
「俺を護衛に使うって、いいご身分だな」
「ねえ、だめ? 私ロイドと一緒がいいの。だっていちばん話しやすいんだもの」
そう言うと、私を無視して素振りを始めたロイドの動きがピタリと止まった。
「はぁーん。なんだなんだ? お前まさか、俺のこと好きなわけ?」
ロイドはこちらを振り返ってにやにやと笑っている。なにがどうなってそう思うのか不思議である。さすが剣が恋人のロイド。恋愛偏差値が私に負けないくらい低そうだ。
「違うけど。……うーん。でもそうね……ジスラン様に捨てられたら、ロイドが私をもらってくれる?」
「はっ……!?」
ロイドにずいっと近づいて冗談交じりに笑ってみせると、ロイドの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「バーカ! 誰がお前なんか! ……仕方ねぇな! バカすぎて心配だから護衛してやるよ! ちょっと待ってろ!」
ロイド、もしかして照れてる? やっぱり可愛いとこあるじゃない。
こうして、私はロイドを連れて町へ出かけることになった。
***
町へ行くと、そこにはいろんな店や建物がたくさん並んでいた。
色とりどりの屋根、石畳の床、綺麗な恰好をしている通行人たち。転生してからこんなに大きな町へ来たことはなかったため、目に映るものすべてが新鮮だ。
「そういえば、ロイドも生誕祭には参加するの?」
「ああ。フリードリヒ王子とは付き合いがあるからな」
「じゃあ一緒ね。ロイドもいるなら一安心だわ。きっとロイドにエスコ―トされたがっているご令嬢がたくさんいるんじゃない?」
結婚相手や婚約者、恋人がいる場合はその相手しかエスコートはできないが、どちらにも特定の相手がいない場合、エスコートするかどうかは本人たちの意思に任される。
前世でジスが参加したパーティーで、たくさんの令嬢がものすごい形相で自分を囲んできたって話、今でも覚えているもの。その時に、エスコートの仕組みを教わったのよね。
「ふん。俺は剣しかエスコートしないって決めてんだよ」
……かなりのドヤ顔で言っているが、言っていることは相当アホだってわかっているのかしら。
そのままロイドに公爵家御用達の仕立て屋のいる店へと案内してもらう。
着くとおだて上手の商人夫婦が私たちを迎え入れてくれて、さっそくドレス選びが始まった。私に似合うものを次から次へと運んできて、試着するだけで日が暮れそうだ。
「あ、これいいかも」
持ってきてもらった中で、特に目についたものがあった。淡い水色を基調とした、女性らしいマーメイドラインドレスだ。可愛い色合いだが形は大人っぽくて、ものすごく上品に見える。
「さすがリアナ様! 好みをばっちり把握されているのですね!」
私がそのドレスを手に取った瞬間、夫人が興奮気味に手を合わせてそう言った。好みって……?
「そちら、つい先日ジスラン様が当店にいらっしゃった時に眺めていたのですよ」
「へぇ。ジスラン様がこれを……」
いつのことかわからないけど、たぶんニナに着てほしいって思ったのかな。だったら私が着るのはあんまりよくないような。
「うーん。やっぱり私には控えめすぎかしら。ほかのものを……」
「いいえ! リアナ様にとってもお似合いです。それに、これだけあってこちらの商品がいちばん目を引いたのでしょう? それはドレスとの運命の出会いです! このドレスもリアナ様に着てほしいと願っておりますわ!」
「そ、そう……? そこまで言うなら……」
「お買い上げ、誠にありがとうございます!」
結局、夫人の押しに負けて水色のドレスを買ってしまった。ジスにはちょっと申し訳ないけど、私も気に入ったのは事実なんだから仕方ないわよね。それに、前世のニナの姿だったらこれはうまく着こなせなかったと思う。リアナのほうが背も胸もくびれもあるし、シルエットは綺麗に映るはずだ。
「ねぇ見て。クラルティ公爵家のロイド様と……あちらは?」
「たしかリアナ嬢じゃなかったか。ほら、何人目かのジスラン様の婚約者」
ドレスを買い終えてロイドと町をぶらぶら歩いていると、そんなひそひそ話が私たちの耳に入って来た。隠れて話すなら、もっと小さな声で話せないだろうか。クラルティ公爵家の侍女たちといい、どうしてこの世界の人たちはこうも内緒話が下手なのか。
「でも、ジスラン様の婚約者ならジスラン様と一緒にいるはずだろう?」
「いるわけないじゃない。ジスラン様はまだ妄想の病気が治っていないんだから」
「だからロイド様に構ってもらってるのか……」
ひどい言われように、おもわず言い返してしまいそうになるのをぐっと堪える。
「ロイド様も未だに婚約者をお決めになっていないようだし、クラルティ公爵もたいへん――ひっ!」
ひそひそ話をしていたうちのひとりが、悲鳴に似た声を上げる。聞くに堪えなくなり、限界を迎えたであろうロイドに睨まれて怯んだようだ。
「……はぁ。暇な奴らだよな。他人の話でしか盛り上がれないって、自分たちにはおもしろいことがなにもないって言ってるのと同じだろ」
後頭部で手を組みながら、ロイドが呆れた表情を浮かべる。
「ふふ。それもそうね。よく言えばなにもなくて平和なんだろうけど」
「心穏やかに平和で過ごせてるやつは、他人の下衆な話題で喜ばねぇよ」
「うわ。たしかに。私、ロイドの言葉で今のがいちばん響いたかも」
ロイド自身もジスを妄男呼ばわりするけれど、他人に言われるのはまた違うんだろう。それはロイドがこの前言ってた、ジスが病んでたって話が関係しているのかしら……。だとしたら、なんの事情も知らない人に言われることに抵抗があるのもわかる。
「でも、今の人たちちゃんと的を得たことも言っていたわ」
「ジスランが病気ってやつだろ」
「それは勘違いじゃない! 私がロイドに構ってもらってるってやつ」
実際今日だって、鍛錬中のロイドを強引に連れてきた。それ以外にも、いつも暇な時はなんだかんだ相手をしてくれている。
「いつも構ってくれてありがと。ロイド」
私はロイドがいなければ、ここまで平穏に日々を過ごせなかったかもしれない。改めて言うのは恥ずかしいが、感謝は伝えておこう。
「……べつに。こっちからしても有難いからな」
「有難い? なになに? ロイド、私といるの楽しい?」
さっきロイドにからかわれたお返しをするように、にやにやして言ってみる。
「! 初日にジスランにも俺にもひどいこと言われたのに、こうやってへらへらして未だに婚約者やってるお前は公爵家にとって利用価値があって有難いってことだよ!」
「はいはいそうですか。利用価値ねぇ」
ロイドの性格的に、利用してるだけの相手にここまで優しくしないだろう。ロイドみたいな性格のキャラ、乙女ゲームでよく見たからわかる。ロイドは完全のツンデレキャラ! 顔を赤らめて反論している時は、基本的に図星を突かれた時だと思っていい。
「さっさと帰るぞ。こっち通るほうが馬車を停めてあるところに近い」
「えぇ!? ……見るからに治安が悪そうなんですけど」
ロイドが指さした道は細い路地裏で、暗くて視界も悪い。ここだけスラム街のような雰囲気を醸し出している。通ったら不良に絡まれて金品を奪い取られそう。勝手なイメージだけど。
「治安が悪かったらなんだ。なんのために俺がいると思ってんだよ」
「……!」
そうだ。私が今日ロイドに同行を頼んだ理由を忘れていた。
「俺は剣を愛し愛された男、ロイド・クラルティだぞ」
「か、かっこいい!」
めちゃくちゃださいから今すぐその紹介文を変えたほうがいいと思ったが、ロイドが満足げな顔をしているので黙っておこう。
当たり前に怖気づくことなく、ロイドは路地裏をずかずかと進んでいく。私はロイドの右腕を掴んだまま、恐る恐る足を動かしていた。
……妙な空気感。小さな通路なのにやたら冷たい風が吹いている気がするし、あまりに静かなのも逆に怖い。
すると、壁際に人影が見えた。よく見ると黒いローブを纏っており、顔もよく見えない。
「……お兄さん、お姉さん、なにか困ったことはないかい?」
「……え」
怪しげな人は囁くような声で、私とロイドにそう問いかけた。
「お願い事、なんでも聞いてあげるよ」
お願い事? なにか商売をしている人なのだろうか。だとしたら、どうしてこんなひとけのない路地裏で? その時点で絶対に怪しい店なことには違いない。
「ロイド、あの人なにか言ってるよ」
「無視しろ。あれは〝二番街の魔女〟だ」
「二番街の魔女?」
「この二番街の路地裏に神出鬼没に現れる。タダで願いを聞くふりをして、願いを言ったら最後。ものすごい代償を支払う羽目になるって話だ」
ものすごい代償って……死、とか?
話を聞いているだけで背筋にぞわりと悪寒が走る。
「あれ……あなた」
魔女がフードの隙間から、じっとしとした目で私を見上げた。
「……面白い。こうもはっきり前世の記憶がある子」
「……っ!」
今、なんて?
この魔女、私の前世を見抜いている?
心の内――なにも知らないふりをしてジスと一緒にいることも含めて、全部を見透かされているような気がした。ローブの下にある瞳に見られていると思うと足がうまく動かなくなって、もつれてこけそうになる。
「おい。もう出たぞ。……そんなにしがみついてどうしたんだよ」
気づけば路地から明るい場所に出ていて、顔を上げると眉をひそめたロイドがこちらを見ていた。
「ご、ごめん」
「? 行くぞ。怖がり女」
ぎゅうっと掴んでいたロイドの右腕を急いで離す。ロイドには、さっきの魔女の言葉は聞こえてないみたい……。
振り向いてみると、魔女の姿はもう見えなくなっていた。




