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惚気、ごちそうさまです

 それからたまに、私はジスとお茶をするようになった。

 私から誘うこともあれば、ジスから誘ってくれることもある。お茶をしない時は、夜に書庫室で話すこともあった。

 ジスは、私の親戚が自分と同じように異世界人と会ったことがあるっていうのが相当嬉しかったようで、それをきっかけに、私が面白半分でなく本当にジスの話を信じていると確信できたと教えてくれた。あの日以来、ジスは私に心を開いてくれているように思う。


 公爵からも、ロイドからも、使用人たちもみんな、口を揃えて「奇跡だ」と言っていた。

 ジスと私の婚約関係がうまくいっていることも、ジスが現実を見るようになったことも、全部奇跡なのだと。

 ……私からすると、私とジスがこうやって出会えていることのほうがよっぽど奇跡なんだけどね。


 私とジスが話す内容は、ほとんど日本のこととか、ニナのことだった。

 日本の話を想像でするジスは可愛いし、たまに合っていて心の中で拍手を送る。ニナへの惚気にはだいぶ耐性がついてきたが、やっぱり聞いているとむずむずしてくるのは変わらない。


「リアナ様はジスラン様にいつもいつもほかの女性の話をされて嫌ではないのですか?」


 マガリーにそう言われたが、そんなことは杞憂だった。というか、ほかの女性であって自分自身でもあるっていう、私は特殊な存在なので。


「ううん。全然! むしろきゅんきゅんしちゃう」

「……変わっていますねリアナ様。まぁ、おふたりが仲睦まじいのはいいことなんですが」


 今の私――リアナに関する質問や興味はほとんどなさそうだったが、全然それでよかった。

 私はあくまでも、ジスがこれまで信じてもらえなかった大事な思い出話を受け止める役。そして、ジスがニナより好きな人ができるまで、そばで支える役。その代わりに、前世の私への惚気を盗み聞きさせてもらっているのだから。


「あ、それとね、ジスラン様とこの前畑に行ったら、魔法で土を耕してくれたの。水やりも全部魔法で! 魔法って本当に便利よね。私たちはあんなに手を土まみれにしたっていうのに」

「それはそれは。というかジスラン様と畑っていうのが想像つかなくて、それだけでも面白いです」


 ジスに関する他愛もない話でマガリーと笑い合う。今頃ジスは部屋でくしゃみをしているに違いない。ついでに『俺の魔法をこんなことに使うのは君くらいだ』って呆れ笑いされたことは内緒だ。

 


***


「フリードリヒ王子の生誕祭?」

「ああ。今週末に王宮で開かれるそうだ」


 昼食を終え、今日はカミルと新たな日本食研究でもしようかと思っていると、ジスに呼び止められた。どうやら今週、この国の第二王子であるフードリヒ王子の生誕祭があるようだ。

 王族の生誕祭はとても豪華で様々な貴族が集まるって、参加したことのあるお父様が言っていたっけ。私は前世からそういった派手な場所は得意ではないから、一度も参加したことがない。


「そうなのですね。いってらっしゃいませ」


 だが、当然クラルティ公爵家は参加するだろう。屋敷を留守にする旨をわざわざ伝えきにきたのだろうか。


「……なに言ってるんだ? 君は俺の婚約者として出席してもらう」

「えっ、私が王宮に!?」

「当然だろう」


 そ、そうよね。逆に何故、自分は行かなくていいと思ったのか。伯爵家にいる時は両親だけ社交場に参加するなんてこともあったから、ついその癖が出たのかもしれない。

 ……王族なんて、関わることない雲の上の存在だと思っていた。変なことをしたら不敬罪でどうなることやら。ああ、緊張する。できることなら屋敷に残って侍女たちとダラダラパジャマパーティーでもしていたい。


「こういう場は苦手?」

「……はい。そうですね。不慣れなので」

「大丈夫。俺も得意じゃあない。そんなに気を張らなくていい」


 私を安心させるように、ジスがぽんと優しく肩を叩く。


「ありがとうございます。ジスラン様と一緒なら平気です」

「そうか。よかった。それと……人前では最低限、ちゃんと婚約者として振る舞うから安心してくれ。エスコート役もする」

「あ、はい……」


 最初の冷たいジスなら、エスコートもしないで放置しそうだったものね。わざわざ当たり前のことを言ってくれるのは、私にそういった勘違いをさせないため?


「ついでに俺の婚約者という立場だから、男側から口説いてくることはないだろうが、もし君に気になる令息ができたのなら話しかけてもらってもかまわない」

「できないと思いますけど、わかりました。……あ、それなら」

「なんだ?」

「ジスラン様気も気になる女性がいたら、話してもらってもかまいませんからね!」

「……は」


 生誕祭はたくさんの人が来る。その中に、ニナへの想いを断ち切れるような素敵な女性がいるかもしれない。まだジスはニナのことしか頭にないだろうけど、こうやって言っておくことで、私のことも気にしないでいいですよ~ってアピールになる。


「あ、もちろん、ジスラン様がニナだけを想っているっていうの前提で! もしもの話です。私がいるからほかの女性と話さないとか、そういうのはお気になさらず」

「……そういうことか。一瞬、君の頭がトチ狂ったのかと思った」


 どれだけニナを好きか散々語ってきた相手(私)が、急にべつの女性と話してなんて言ったらそう思うのも無理はない。

 私からすると、この生誕祭で少しジスを試したい気持ちもある。周りにたくさん綺麗な令嬢がいても、ジスは本当に興味がないのかどうか。そうだったらそうだったで、これから先が心配になる気もするけど。一体どんな女性なら、ジスの初恋を越えられるのかって。


「だが、よけいな気遣いだ。俺はニナしか見えないからな」

「はぅっ……! ジスラン様、さすがです……」


 決め顔のイケメンセリフにいつも通り胸を打たれる。ジス、今日もごちそうさまです。



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