優しい嘘とありがとう
どうやらジスはリアナ=ニナと考えたわけでなく、私自身がなにかしらのニナの関係者だと思ったらしい。
「だから日本食を知っていたし、俺の話も疑うことなく信じてくれた。それは、君も異世界人と交流したことがあったから。違う?」
違う。もともと私は異世界人で日本人の佐藤仁南だからだ。
「え、えーっと……実は私でなく、遠い親戚にジスラン様と同じように異世界人と話したって人がいて。その異世界人も日本人だったので、私も覚えていたんです。ほら、私、異世界の話を聞くのが好きって言っていたじゃないですか。だからその親戚からもいろいろ教えてもらっていて」
「本当に!? その親戚とやらも魔法書で!? よかったら詳しく教えてくれないか?」
ジスは目を剥いて、前のめりになって私に言う。期待のこもった眼差しを受けながら、私はこの苦し紛れの言い訳の着地点を必死に模索していた。
「ご、ごめんなさい。ものすごく幼い頃の記憶で、記憶が曖昧なんです。実はその親戚はもう亡くなってて、この話をほかの人にはするなと口止めされていまして……」
「そうか。……その人の気持ちはわかる。大っぴらに話したら、俺みたいに妄男扱いされるに決まっているから」
次第に落ち着いてきたのか、ジスは胸の上で両手を組み、神妙な面持ちでそう言った。
「……お役に立てずにすみません」
「いいや。誤解は解けた。それに、君が俺の話を信じてくれた理由もわかった。……ほかにも異世界人と繋がったことがある人がいるって聞けただけでも、君に会えてよかったと思うよ」
嘘だなんて口が裂けても言えない。しかし、私は前世から相手を傷つけない優しい嘘は、時に相手を救うと考えている。ジスがニナと繋がっていたことは事実だし、その思い出が虚像だなんて、ジスだけには思ってほしくない。
「……ずっと言えてなかったけど、いろいろとありがとう。リアナ」
「えっ……」
「昨日の晩餐もだが、使用人たちとも仲良くしてくれて、俺を気味悪がらないでくれて」
「そんな、私はただ、普通に過ごしているだけで……」
「この前も言ったかもしれないけど、この世界で俺の話ちゃんと聞いてくれたのは、君が初めてだった。……だから、ありがとう」
ふっと小さく笑うジスの笑顔を見て、前世の記憶が蘇る。
――ニナの時も、同じことを言われた。
『僕の話を聞いてくれるの、ニナだけだ』って。
私はもうニナじゃない。あの姿には戻れないし、ジスの大好きなニナとして、もう一度あなたの前に現れることはできない。
でも、リアナとしても同じことを言われて、ジスに感謝されたのは……。
「どうしよう。すっごく嬉しい……です」
唇の下で両掌を合わせて、私はふわりと微笑んだ。
「……!」
リアナも少しだけ、ジスに認められたような、前世の自分に、僅かに追いつけた気がした。
「……? あの、ジスラン様?」
目の前で、ジスがぽーっとした顔をしている。私はそんなジスをじっと見つめて首を傾げた。
「い、いや。なんでもない」
心なしか顔が赤いような? あ、またニナのことを思い出していたのかしら。
「ずるいですジスラン様! ニナとの思い出話はひとりじめしないで、私にたくさん聞かせてください! お茶会はまだまだ終わりませんよ」
「え? あ、ああ」
「それと、ジスラン様さえよければ……またお茶に誘ってくださいますか?」
せっかく同じ屋敷に住んでいるのだ。もっともっと、ジスと一緒に過ごしたい。
婚約期間を終えて、もしも正式な妻になることができなかったら、こうやってジスからニナの惚気話も聞けなくなってしまう。できることは今のうち――否、生きているうちに後悔ないようしていかないと。
「……わかった。考えておく」
絶対渋られると思ったお願いに対してのジスの返答は、思ったより前向きなもので驚く。
それからは日が暮れるまで、私はジスとニナについて語り合った
「ジスラン様は、ニナの見た目だとどこが好きでしたか?」
「全部可愛いよ。この世のものとは思えない可愛さなんだ。言葉じゃ表せられないから、伝えられなくて残念だ」
「……そ、そうですかっ」
「目も可愛いし、鼻も可愛いし、唇もピンク色で、見るだけで俺はドキドキして」
「きゃーっ! わかりました。一度休憩させてください! 恥ずかしいっ」
「……リアナ? どうして君が照れるんだ? 君から聞かせてくれって言ったのに」
一週間ぶりに聞くジスの惚気話は、破壊力じゅうぶんだった




