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10話.[性欲よりも食欲]

「崇……」

「は、腹減ったな」

「そ、そうね……」


 父が作ってくれるということだったから帰宅するのを待っているわけだが、何故か今日に限って一切帰ってこないのだ。


「ああ、崇を抱きしめていると少し気分が楽になるわ」

「……いまそんなことをするな、襲うぞ」

「崇ならいいけど」


 ああ、実際にここまで腹が減ると性欲なんてどうでも良くなるんだなって初めて分かった。


「崇……」

「ん?」


 おいおい、なんつー顔をしているんだよ。

 先程まで腹が減りすぎていてそれはそれで酷い顔をしていたが、この顔はあまり見せていいものじゃない。


「もしかして……」

「食欲とかどうでも良くなった」

「それなら部屋に行こう」


 彼女をベッドに寝転ばせてその上にまたがる。

 依然として冬だから既に真っ暗で恥ずかしくもならない。


「ただいまー!」


 と、なにかをする前に父が帰ってきてくれて助かった。

 階段を上がってくる音が聞こえてきたから落ち着いて下りて、違和感がないように電気も点けておいた。


「ただいま!」

「おかえり」

「おかえりなさい」

「また来ていたのか、ん? あ、お楽しみ中だったな?」

「まだなにもしてもらえてないわよ……、宏崇さんの帰ってくるタイミングが悪すぎ」


 彼女は滅茶苦茶拗ねたような感じでそんなことを言う。

 父は逆に笑って「はははっ、悪いな、いまから作るから待っていてくれ」と言って部屋を出ていった。

 普通こんな空気のまま出ていくか? と聞きたくなるぐらい。


「あ、ちなみに今日はステーキだぞ」

「「ステーキ!?」」


 いまの俺らは正に肉食獣みたいなもの。

 やはり性欲より優先するべきなのは食欲だと分かった、時点で睡眠欲といったところか。


「崇、行きましょうっ」

「ああっ、行こう!」


 ちなみにじゅーじゅー音が聞こえている状態で待機をするのが一番辛かったが、柔らかく大きな肉を食べられた瞬間に吹き飛んだのは言うまでもなく。


「はぁ、これで後は寝るだけって幸せだな」

「そうね、あ、私は帰らなくちゃいけないけど」

「あ、そうか、送っていくわ」


 いまは抱きしめ程度に留めておくのが一番だ。


「由姫乃」

「わぷ……なるほどね」

「明日もまた一緒に行こうな」

「ええ、待っているわ」

「おう、それじゃ」


 ……胃が驚いていて少し痛いぐらいだったからというのもある。

 キスはもっと雰囲気がいいときにしたいことだから。


「ただいま」

「おかえり」

「帰ってくるのが遅えよ」

「はは、すまん」


 あと三十分遅かったら止まっていなかったかもしれない。

 だが、そこでタイミング良く帰ってくるあたりが父らしいなと思ったのだった。

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