知らない痛み~ゆいこのトライアングルレッスンJ~
数学は、意味不明だ。沢山の記号に公式、更には証明しろなんて文章を書かせる問題もある。それ等を見ているだけで頭が痛くなってくるし、もう何がどう解らないのかも判らない。
これがひろしなら、容易に解いてしまうのだろうなと思うと、少し悔しい。だが、勉強で奴に勝てるわけがない。
俺は理解する努力を放棄して、教師の声を聞き流しながら欠伸を嚙み殺した。
きっと、ゆいこも俺と同じように、さっぱり解ってはいないのだろう。難しそうな顔を見てやろうと、俺は隣の席のゆいこを見遣った。
そして、目を見開く。
ゆいこは、窓の外を眺めていた。
細く開いた隙間から風が入り込んで、彼女の髪先を揺らす。その横顔がいつになく大人びて見えて、俺はつい見惚れてしまっていた。
そして数秒遅れてから、気づく。ゆいこの頬がほんのりピンク色に染まっているのを――。
今の時間は確か、ひろしのクラスがグラウンドで体育をしているはずだ。
ゆいこのその真っ直ぐな目が追っているのは、間違いなくひろしだ。
『私、ひろしのことが好きなんだ』
数日前に聞かされた秘密の告白の声が、耳に甦る。その時の彼女の表情は恥ずかしそうで、けれど晴れやかだった。
ちくりと、胸が痛んだ。けれど、その痛みの意味を俺はまだ知らない。
ただ、思うのだ。窓の外を眺めるゆいこの姿は、とても綺麗だと。
そして、その目が向けられるのは俺ではないのだ。そのことが、どうしてか悲しく思った。
それならせめて、この退屈な時間が終わらなければいいのに――そんな考えが頭を過った。