僕は好きな女の子の幸せのため、彼女から距離を取る決意をする
まだ小さい頃、僕は年相応に友達と砂場で砂遊びをしたり、かけっこしたりしていた。
「あーそぼ!」
「うん!」
僕がそうだったように、あの時遊んでくれていた彼女は、僕のことを友達だと思ってくれていたと思う。
だけど、今はそんな彼女の顔を靄がかかったようにボンヤリとしか思い出せない。それどころか、名前すら覚えていない。
10年近く前になる。
引っ越しをきっかけに僕が他人とあまり話せなくなったのは。
住み慣れた田舎を離れ、都会に移り住むというのは小学生になったばかりの僕には相当なストレスだった。
転校先のクラスには、既にグループが出来上がっていて、中々声をかけられない。
他人に話しかけようにも言葉が出ず、喉につっかかって挨拶すらロクに出来ない。
案の定、僕はクラスで孤立してしまった。皆にとって別に嫌いでもなければ、好きでもない、どうでもいい存在に僕はなってしまったのである。
学校で行事があっても、蚊屋の外。文化祭で劇をするとなれば、余った役に適当に放り込まれる。
ただ、そんな僕にも親しく接してくれる人がいた。
彼女の名前は、柿崎麗美。麗美は引っ越し先の隣の家に住んでいた。
面倒見のいい彼女は、何かと世話を焼いてくれた。クラスは別だったけれど、昼休みは教室に来て一緒にご飯を食べたりしてくれた。
彼女のおかげで、クラスに友達がいなくても寂しくなかった。麗美さえいれば、それでいいと僕は思っていた――。
「…………」
「どうしたの?」
学校からの帰り道、隣を歩く麗美は暗い顔をしていた。
「ううん、なんでもない!」
僕と麗美が同じ高校に入学して2ヶ月経つ。彼女がこうなり始めたのは一週間ほど前。
入学当初はこんな感じではなかった。何があったのか訪ねようにも、彼女は口を閉ざす。
麗美と長い付き合いのある僕でも原因はわからない。また、探りを入れるだけの交友関係も僕にはない。
「本当に?」
「うん、大丈夫だから……」
何かしてあげたい。そうは思うものの、現状何もできていないことに苛立ちを覚える。
彼女は僕の恩人、思い詰めた表情なんてしてほしくない。麗美には笑っていてほしい。
…………やるしかない。
人とのコミュニケーションを拒んでいた僕だったが、覚悟を決める他ない。麗美が話してくれないのなら、彼女の友達から聞くしかないのだ。
「よし!」
気合いを入れなくちゃいけない。
固く握り拳を作り、それを思い切り自分の頭に叩きつける。
「ふぇ! 何やってんの!?」
いくら気分が重くても、麗美は周りが見えてない訳ではないらしい。僕のおかしな行動を見て、彼女はキョトンとしていた。
僕がした行為は、今までの自分への戒め。自分自身に発破をかけるためのものでもある。
「ちょっと頑張ろうと思ってね……」
「なんかよくわからないけど、無理はしちゃだめだよ。源って1人になると、変なことするし」
「変なことって何さ。大丈夫だよ」
「大丈夫ならいいけど……」
麗美は優しい。自分が辛い状況にあるにも関わらず、僕のことを気にかけてくれている。
だけど、それに甘えちゃいけない。彼女を救える――烏滸がましいけど――のは僕かもしれないのだから。
それから僕はしどろもどろになりながならも、麗美の友達に積極的に話しかけた。
最初は不審がられたけれども、今では少しは話ができるようになった。
とは言っても、連絡先を交換するような仲になれたと言う訳じゃない。顔を合わせれば軽く雑談する程度。
彼女達と話すことと言えば麗美のこと。
麗美の趣味だとか、好きな食べ物とか、ありきたりなことは彼女達から聞けた。
しかしそれらは僕も知っていることであり、麗美が何に悩んでいるのかは聞けてはいなかった。
彼女達も知らないのかもしれない。
諦めかけていたその時、麗美の同じ部活の藤井さんがこんなことを僕に言ってきた。
「西谷くん知ってる? 麗美が先輩に告ってフラれたって。あの二人仲よさそうに見えたのになぁ……」
知らなかった。麗美に好きな人ができていたなんて。
藤井さん曰く、その先輩と麗美がいつ付き合うのか部活内で話題になっていたとのこと。
麗美は想い人がいることも、告白してフラれたことも僕に話してはくれなかった。
僕と麗美との間で隠し事はない――なんて言うつもりはないけれども、なんで麗美は打ち明けてくれなかったんだろう?
フラれたことが恥ずかしかったから?
………いや違う。
わかっている。僕には心当たりがある。
――僕のせいだ。
きっと先輩は麗美のことが好きだったのだろう。でもだからこそ気になってしまう。麗美の近い距離にいる男――僕と言う存在が。
僕自身、麗美に好きな人がいると知った時、心が痛んだ。
恋人のそれとは違うが、麗美と僕は親しい関係にある。両想いであっても、先輩からしたらいい気はしない。
麗美が先輩と付き合うには僕と距離を取るしかない。でも彼女がそうしなかったのは、僕が一人ぼっちになってしまうと、僕を気遣ってのこと。
………………。
別れの時が来た。麗美との。
本当は麗美とずっと一緒にいたい。されど、僕が傍にいることで彼女の恋は一生実らない。麗美を不幸にしてしまう。
僕はそれは望まない。麗美は幸せになるべき人間だ。
麗美が僕と距離を取ることを躊躇するならば、僕が麗美から距離を取る――。
「麗美、あのさ……」
「うん?」
「もう……一緒に帰るのやめよう」
「え?」
いつもそうだった。麗美はどんなに忙しくても、僕と一緒に登下校してくれた。僕が寂しくないように。
「先輩に勘違いされちゃいけないし」
「それは……」
節目がちになりながならも、彼女はYESとは言わない。
「先輩のこと好きなんでしょ?」
「そうだけど……でも源は、それでいいの?」
よくない、と言えたらどれだけいいことか……。
僕だって胸が引き裂かれそうなんだから。
「僕のことは気にしなくていい」
「わかっ……た……」
これでいい。これでいいんだ。
頬を伝う熱いものは、悲しさから来たものなんかじゃない。
嬉し涙だ。好きな女の子が恋を叶える一歩を踏み出したことへの。
ただ、一つだけ思うことがある。
麗美がいなくなってしまった今、僕を想ってくれる人はこの世界にいない。
このままいけば、僕は孤独な人生を歩むことになるだろう。
人生は長い。もしかしたら、将来そんな人と出会えるのかもしれない。
いたらいいな。僕を想ってくれる人――。
「ねえ、合コンあるんだけど一緒に行かない?」
「うーん……私はいいかな……」
「まだ引きずってんの? 小学生の時に転校した男の子だっけ?」
「引きずってる訳じゃないよ。頭の中から離れないっていうか、単純に彼のことが好きなだけ」
「もうその人もアンタのこと忘れてるって。最後に会ったの10年近く前なんでしょ?」
「そうかなあ……。源くんなら覚えててくれる気がするんだけど……」
最後まで読んでいただきありがとうございました。




