-06-
目が覚めたら隣に美女が・・・
怖いもの見たさという言葉がある。
『怖い』と『興味』の天秤は、結局、後者に傾いた。
「リリジュさんにとってのわたしって、いったい何ですか?」
単刀直入な質問に、リリジュはすぐには応えなかった。
腕を軽く組んで、考え込む仕草をする。
相手の心を読もうとしているかのような眼差しに負けないように、パナコは瞳に力を込めて、リリジュを見つめ返した。
「そうね。
興味深い、観察対象・・・かしら?」
存外に理知的な回答に、パナコは瞳の力をすぐに緩めた。
「あら、油断をするのは時期尚早ですわね。」
いつの間に接近していたのか、リリジュの顔が、息がかかる程に間近にあった。
いや、それだけではない。
リリジュの手のひらが、そろりとパナコの背中を滑る。
「また、血を吸うんですか?」
返事の代わりに、リリジュの唇がパナコの頬にそっと触れた。
身を固くして震えているパナコに、
「あら、誘ってくださいますの?」
「いや、そうじゃなくて・・・でも、そうしたいなら・・・」
消え入りそうなパナコのつぶやきに、リリジュが、小さくため息をついた。
「わたくしがそう願うなら、貴女の命をすべて吸い尽くしても、構わないと?」
そう言った、リリジュの気配が変わっていた。
嫋やかなお姉さんの雰囲気から、獲物を目前に舌なめずりをする猛禽へと。
「いや、それはちょっと、困ります。」
にじり寄るリリジュの胸を押し返そうとして、「あっ!」と、小さな声をあげるパナコ。
パナコの手のひらに、リリジュのたっぷりと柔らかな感触がある。
「ご、ごめんなさい。」
狼狽のパナコに、恐怖心の欠片もうかがえないことに気が付いて、リリジュは優しいお姉さんの顔に戻っていた。
「謝ることなんて、ありませんわ。
わたくしの方から、貴女に近づいたんですもの。」
「あの、さっきの質問の続きなんですが・・・わたしを観察する目的って、何でしょう?
わたし、戦力にはならないと思うんですけど。」
「リーグは、そうは考えていないようです。」
「えっ?でも・・・剣技では気絶しちゃいましたし、魔技・・・でしたっけ?
それも、使い方は全然分かんないんですけど。」
「使い方が分からない?」
意表を突かれたという顔をする、リリジュ。
魔族が、魔族たる所以。
それは、魔技の達者であること。
しかし、パナコは・・・
ふたたび、小さくため息をついたリリジュが、
「どうやら、わたくしたちは、根本から考え違いをしていたようですわね。」
優しい笑みを浮かべるリリジュだが、その目だけは笑っていないように、パナコには思えた。
「パナコには当面、わたくしの学校に通ってもらうことにします。」
リリジュの語った言葉の意味がすぐに分からなかった、リーグである。
「学校・・・ですか?」
ファムードが、興味深げな表情を浮かべる。
パナコの直接の担当ではないにも関わらず、なぜかリーグの私室にいつも居合わせているファムードだが、彼の神出鬼没は、しごく当たり前のことだった。
「パナコがこの世界で生きてゆくためには、まだまだ知らないことが多すぎます。
ですから、まずはわたくしの学校に通い、この世界のありようを知り、自らの行く末を、自分自身の判断で選択できるようにならねばなりません。
我々が、戦力としてのパナコの使い勝手を考えるのは、それからでも遅くはないでしょう?
そもそも、いくら異世界から召喚したと言っても、あんな小娘一人の肩に、魔王国の命運を託すつもりはないでしょうから。」
リーグの返答は分かり切っているとでも言いたげな、リリジュだった。
「パナコの扱いに関しては、其方に一任している。
其方のしたいようにすればよかろう。」
生真面目な表情のまま、リーグは応えた。
作者から一言:リリジュさんは、見た目は普通の人間です。