-05-
リリジュに血を吸われてしまったパナコだが・・・
あーまた、気絶してしまった・・・
三度目ともなると、すっかり慣れっこだ。
いや、こんなことに、慣れたくはないんだけど・・・
ほわんと温かい感触に目をやると、パナコの左手が、リリジュの胸の谷間に埋まっていた。
「んべっ?」
思わず変な声が出てしまってから、自分の口を右手で蓋をする。
(ヤバい、全然、覚えてない・・・)
意識を失う前の最後の記憶は、リリジュの抱擁だった。
あれから、どのくらいの時間が経過したのだろう?
窓の外は明るいが、それは夕方なのか、明け方なのか?
それに加えて、周囲の様子はパナコには馴染みのないものだ。
そう言えばリーグは、パナコをリリジュに預けると言っていた。
だとするとここは、リリジュの寝所なのだろうか?
リーグの言った、『預ける』という意味って・・・
『あら、そんなに寝顔をまじまじと見つめていただけるなんて、わたくしのこと、受け入れていただく用意ができたということなのかしら?』
パナコの左手を抱きしめたまま、リリジュが上体を起こす。
魔族になっても体形が変わらなかったパナコに対して、長身のリリジュの目線はだいぶ上の方にある。
リリジュの伸びやかな両手がパナコの頬を包み込み、真紅の瞳がパナコの顔を見つめてくる。
『このまま二人だけの時を愉しむことも魅力的ですけども、せっかくだもの、お互いの想いを語らいながら過ごしたいものですわ。』
そう言うとリリジュは瞳を閉じ、パナコの額に自分の額をコツンと当てた。
同時に、言葉の奔流がパナコの意識に流れ込む。
パナコの記憶の中の言葉が、日本語から別の言語に、片っ端から置き換わってゆく。
いったい、どのくらいの時間が経過したのだろう?
パナコを見つめるリリジュが、なぜか少し、困ったような顔をしていた。
「わたくしを受け入れてくれたことは嬉しいけれど、あまりに無警戒過ぎるというのも考え物ですわね。」
リリジュの言葉が、思念ではなく言語として聞こえた。
「言葉・・・分かる?」
「最初のうちは発音が、すこぅしばかり、難しいかもしれませんわ。
慌てず焦らず、すぐに慣れますから、大丈夫ですよ。」
そう言って、リリジュの指が優しくパナコの前髪を撫でた。
リリジュの気づかいに、ホロリと、パナコの目から涙が溢れた。
自分では気が付いていなかったが、突然未知の世界に放り込まれたことで、随分と心細さを感じていたようだ。
「う・・・ぐすっ・・・」
涙とともに、感情も歯止めが効かなくなった。
ポロポロと、零れる涙が止まらない。
「あらまぁ、泣き虫さんですわね。」
リリジュの胸に頭を預けるようにして、パナコの嗚咽は、しばらくの間止まらなかった。
リリジュの従者たちへの顔合わせと館の案内で、その日は終わった。
詳細は不明だが、リーグ、ギニーネ、ファムード、リリジュは、それぞれ独立した館を持っているらしい。
館の規模、従者の数から察するに、四人ともが、それなりの地位に就いていることが窺えた。
従者たちの教育は行き届いているようで、パナコへの接し方は、大切な客人に対するものと、変わらないようにパナコには思えた。
(わたし、これからどうなるんだろ?)
異世界への転生で良くあるパターンとしては、神様のようなものが現れて、チート的な能力を授けてくれることが多かった。
神様が現れない場合でも、チート級の特殊能力が身につくのは、お約束中のお約束だ。
パナコの場合、見かけは異世界にふさわしい姿になっていても、とんでもなく力が強くなったり、大規模な魔法みたいなものが使えたりはしないようだ。
あ、いや、リリジュの魔法?で、言葉が分かるようになる前、思念を感じられていたのは、一種の魔法みたいなものだったのかもしれない。
もっとも、言葉に込められた思念は理解できても、自分から言葉を発せられない、一方通行な能力では、何だか中途半端にすぎたと思う。
(やっぱりわたし、どこに行っても、半端なパナコなのかもしれない。)
リーグ達には分不相応な期待をされているみたいだけども、こんな半端モノでは、いずれ、がっかりさせるだけのような気がする。
幸い、リリジュにはずいぶんと気に入られているみたいだけども、今のところはリリジュに、幾ばくかの血液を提供しただけだ。
『こんなご馳走、何百年ぶりかしら?』
不意にリリジュの言葉を思い出して、パナコの背中に冷たいものが奔る。
まさか、わたしの価値って、美味しいオヤツ代わりってこと?
それ以上考えるのが怖くなって、パナコは布団をかぶって目をつぶった。
作者から一言:とりあえず、タイトル回収。