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謎の男の訪問を受けたパナコだが・・・
「ファムードか。」
背後に気配を感じて、リーグはわずかに振り返った。
口調は普段と変わらないが、傍らの剣の柄に、手を添えていた。
リーグが、いつでも自分を斬れる状態にあることを確認したファムードは、むしろホッとして表情を緩めた。
たとえ付き合いの長い相手であっても、油断という言葉とは無縁なリーグだ。
「残念ながら、振られてしまったよ。」
「振られた?
そうか・・・」
おどけた表情もほんのひと時で、ファムードは真顔に戻る。
「魅惑の誘いは、悉くかわされた。
意図してのことであれば感嘆すべきことだが、どうもそうではないらしい。」
「ふむ。
お前の呪術が効かないとは、厄介なことだ。」
リーグの言葉と表情が、見事なまでに一致していない。
「今一つ、試してみるべきか?」
「何をだい?」
ファムードの問いに、リーグは深みのある笑みで応えた。
昼食の時間、パナコの姿は、リーグとともに食堂の中にあった。
配膳が終わると、リーグが口を開く。
『顔合わせ済みだが、正式な紹介は、まだだったな。
こちらがギニーネ、そしてファムードだ。』
お誕生席のリーグから見て右斜めにギニーネ、その向かいにファムードが座っている。
そのファムードの隣が、パナコの席だ。
パナコは二人を交互に見やりながら、ペコリと頭を下げた。
『わたくしの魔弓を初見で回避できた方は、そう多くはおりませんのよ。』
相変わらずフェロモン満々という感じで、ギニーネが微笑む。
同性ながら見事な双丘に思わず視線を惹かれてしまい、俯いたパナコは、小さくため息をついた。
『先刻は寝所に忍び入り、失礼いたしました。』
いきなりとんでもないことを口走り、穏やかな笑みを浮かべた男の顔に、ハッとしてパナコは自分の身体を抱きしめる。
リーグも、ギニーネも、ファムードも表情は柔らかいが、パナコの反応の一つ一つを吟味している気配だ。
ものすごく、居心地が悪い。
そんなパナコの表情の変化には無頓着に、
『そして今一人、そちらがリリジュだ。
これからしばらくの間、お前を預かってもらう予定だ。』
パナコの正面の席に座っているのは、パナコより年下にしか見えない少女だった。
リリジュは、満面の笑みを浮かべた。
真っ赤な唇の間に覗くのは、艶めかしく輝く犬歯、そしてその瞳は、真紅の輝きを帯びていた。
『貴女の命は、美味しいかしら?』
鈴を転がすような可憐な声音なのに、その言葉の意味は剣呑だ。
思わずリーグに目をやるパナコだが、リーグはそんなパナコの反応さえ観察対象と決め込んでいるようだ。
「あ、あの、わたしの・・・」
命なんて、おいしくないと思います・・・と、語りかけようとした時には、リリジュの端正な顔立ちが、目前に迫っていた。
『怖がらなくって、いいの。
なるべく痛くはしない積もりだから・・・』
いつの間に移動していたのか、パナコにお姫様抱っこされている格好のリリジュだが、膝の上には確かに柔らかな感触があると言うのに、ほとんど重さを感じていない。
「で、でも・・・」
『いただきまぁ~すッ!』
リリジュにぎゅッと抱きしめられたと思った瞬間、首筋の横にチクリと痛みを感じた。
じゅるッと音をたてて、柔らかいものが肌を撫でる。
痛みよりも、心地よさが上回った。
ひどく長い時間にも、ほんの瞬き程の時間にも感じられる時の流れの後、ようやくリリジュの抱擁が緩んだ。
知らず閉じていた瞼を上げると、恍惚の笑みを浮かべたリリジュと目が合った。
『美、味・・・』
鮮血に濡れる唇を、ペロリと舐める。
『あぁ・・・』
膝の上に腰かけたまま、リリジュは仰け反る。
転げ落ちそうなのに、絶妙なバランスを保ったまま、ビクビクと身体を震わせる。
リリジュの身体が触れている部分が、やたらに熱い。
『あ、あ、あぁ~ッ!』
ひと際悩まし気な声を放った瞬間、リリジュは少女から美女へと変化した。
「へっ?」
淫靡な眼差しが、すッと近づく。
蕩けるように柔らかく、滑らかな抱擁。
予期した痛みの代わりに、チロリと首筋を滑る、リリジュの口づけ。
『こんなご馳走、いったい、何百年ぶりかしら?』
怖ろしくも心地よい温もりに包まれながら、パナコの意識は暗転した。
作者より一言:大きさだけが女性の価値のすべてやないんやで。