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弓使いの美女と対決したパナコだが・・・
疑念は確信に変化した。
ギニーネの魔弓は、すべて紙一重で回避された。
いや、正確を言えば、最後の一本だけは、パナコを捉えていた。
振り返ったパナコの乱杭歯が、ギニーネの放った矢を弾いたものの、その拍子に矢羽がパナコの頬をビンタして、パナコは意識を失った。
(一度目は、偶然だったかもしれない。
だが、二回連続して同じことが起ったならば、それは、もはや必然だ。)
すっかり見慣れたパナコの寝顔は、前回と同様に、緊張感とは無縁のものだ。
(ふむ。
詰まらない役目を押し付けられたかと思っていたが、退屈しのぎ程度には楽しめそうだな。)
手を伸ばし、パナコの髪をそっと撫でるリーグの眼差しには、厳しさと優しさが同居しているようだった。
程なく目を覚ましたパナコが身体を起こすと、ポタリと何かが口元から落ちた。
拾い上げてみると、手の中で双つに割れた。
それは、パナコの乱杭歯のなれの果てだった。
思わず口元に手をやると、確かに、右上の牙がない。
いや、正確には、短い歯が半分ほど顔を出していて、何だかむず痒い感触がある。
(この年で、乳歯ってわけじゃないだろうから・・・)
魔族の身体は、再生能力が高いらしい。
体のあちこちを矢じりが削っていった筈だが、今は痕跡もない。
(痛くないのはありがたいけど、人間辞めた感が強すぎるなッ!)
問題は、そんな自分の境遇を、決して嫌なものだとは思えないこと。
何事もなければ無難に、人としての凡庸な一生を終えられた筈(?)なのに、気が付けば知らない世界で魔族の身体を得て、強制的に戦いに参加させられようとしている・・・らしい。
めんどくさいことになったな~と思う一方で、未知の世界への興味も湧いてきた。
(そう言えば、リーグさんは魔技とか言ってたっけ。)
魔技。
言葉自体は分からなくても、言っていることの意味は分かるという状態だから、魔技と言うのが、魔力を使う何かの技だということは理解した。
でも、それが具体的に、どんなものかは不明だ。
異世界ものと言えば、剣と魔法の世界と相場は決まっているけど、今のところ、剣と弓は目にしたけども、それは普通に、前世の中世とかと、似た感じだと思う。
もっとも、剣も弓も、それを扱う二人の姿は、まさしくファンタジー世界の登場人物だったけども。
そう言えば、弓使いの美女の名前は聞いてなかった。
リーグとの会話からすると、美女はリーグに気がある(?)ようだが、リーグにはまったくその気はないようだ。
それでいて、先に闘技場で待っていたり、リーグの言う通りに行動しているところを見ると、明らかに上下関係があるらしい。
魔王城という言葉をリーグは口にしていたけれども、魔王配下の者たちの中で、リーグやあの美女は、いったい、どのくらいの立場なんだろう?
朝食の時に使った部屋の広さや、闘技場を占有して使えると言うことから察するに、下っ端の方じゃないと思うけど・・・
色々と考えを巡らせてみたが、現状では、とにかく情報が少なすぎた。
正直、リーグが求める戦力にはなれなさそうだけど、まだ見捨てられてはいなさそうだし、なるようにしかならないか~と思って、改めて寝台に横になる。
(・・・えっ!?)
目の前に見知らぬ男の顔があって、息が止まった。
「だ、誰?」
言葉は通じていない筈なのに、意図は伝わった・・・らしい?
端正な顔立ちが、ゆるりと笑みをつくる。
ゆっくりと顔が近づき、おでこがほとんど接触するところで止まる。
深緑色の前髪が、パナコの額にかかって、こそばゆい。
見下ろす淡い緑色の瞳からは、何を考えているかまでは読み取れない。
どうしたらいいのか分からないまま見つめ合っていると、不意に男の輪郭が揺らいだ。
(な、何?)
見る間に男の姿は透き通り、フッと消えた。
(いったい、何だったんだろう?)
パナコの額には、まだ、先の男の髪の感触が残っている。
どうやら、夢や幻ではなかったようだ。
だとすれば、あの男はいったい何をしに、パナコの部屋に来たのだろうか?
ゾクリと寒気を感じて、パナコは自分の身体を抱きしめていた。
作者から一言:なんだかんだ言って、マイペースなパナコです。