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気が付いたら異世界転生してしまっていた華子ですが・・・
『まずは、実力を確認させてもらおう。』
リーグと名乗った男が放る木剣を、パナコは胸に抱きしめるように受け止めた。
この世界で初めて会った人物・・・いや、魔王直属の剣士で、パナコ召喚の責任者とのことだ。
召喚に使われていた礼拝堂からの道中に、パナコはリーグから、今現在に至る顛末をザックリと説明された。
もちろん、ごく短時間のことだから、本当に大まかな概要だけではあったけども。
来るべき大戦に備え、魔族たちは、武力の大幅な増強を目指しているのだとか。
そのために取った手段の一つが、古の召喚術を利用して、新たな戦力を呼び寄せることだった。
(うぅ。
なんか、期待が重いんだけど・・・)
確かに、今のパナコは魔族(?)の姿をしているようだが、中身は普通の女子中学生だ。
剣の扱いどころか、戦う方法なんて、全然分からない。
そんなパナコなのに、広い道場みたいな場所で、剣を構えた魔族の男と対峙させられている。
説明も、状況把握も不十分な状態で、たった一人、未知の世界に放り出されてしまった感が強まってくる。
『行くぞッ!』
不意にリーグが、道場(?)の床を蹴った。
『えっ?』
瞬きをする間もなく、ガツン!と、頭の天辺に衝撃を受けた。
グリンと、視界が廻る。
木剣とは言え、おでこへの一撃なんて、乙女の体に傷が残ったらどうしてくれんの・・・なんてことをぼんやり思いつつ、パナコは意識を手放した。
(ふむ。
寝顔は幼な子のようだな。)
鋼のようなリーグの顔に、僅かに笑みが浮かぶ。
その視線の先に、緩み切った表情のパナコの顔がある。
(だが、先ほどの剣技、あれは偶然ではない。)
リーグの瞬撃は、確かにパナコの木剣で受け止められた。
もっとも、弾かれたパナコの木剣が、パナコ自身の額を強打し、意識を失ってしまったのだが。
恐らく、パナコの腕力は見た目通り、魔族一の剛剣と謳われるリーグには、遥か遠く及ばないのだろう。
リーグ程の剣技の達者であれば、相手が剣を構えた時点で、経験や力量は自明の理となる。
そんなリーグの見立てでは、パナコには戦闘の経験は無く、才もない。
それなのに、初見では防がれたことすらないリーグの瞬撃を、パナコは曲がりなりにも剣で受けた。
リーグ自身の戦いの経験と、リーグの勘とが、まったく正反対の答えを返している。
(戦力増強は急務ではあるが、今日明日中に結論を下すこともなかろう。)
いずれ、パナコの秘めた能力を詳らかにしてくれようと思った、リーグだった。
(あー、夢じゃなかったかぁ~)
目が覚めたら夢でしたというオチを秘かに期待していたパナコだったが、持ち上げた腕の表面を覆う青黒い体毛が目に入り、まごうことなき現実を思い知らされた。
(てか、なんでわたしが転生?)
この頃流行の異世界転生モノだと、だいたいは前世で死んだ後、異世界に生まれ変わるというのが、お決まりのパターンだ。
だけどパナコには、そもそも死んだ覚えがない。
いや、正確に言えば、前世の最後の記憶は、なかなか寝付けなくて、布団の中でモゾモゾ身体を動かしていたところまでだ。
勉強も運動も容姿も、まったくもって取り柄らしいもののないパナコだけども、大病を患ったことはなく、身体に特別弱い部分があるということもなかった。
だから、寝てる間に突然心停止とか、窒息みたいなことはなかったんだと思う・・・いや、そう思いたい。
眠っている隙に、いきなり誰かに殺されるなんてことも、平和な日本の一般人なら、可能性はほぼゼロだ。
部屋に作り付けのクローゼットだから、夜中に突然大地震とか起きたとしても、家具に押しつぶされるってこともなさそうだし・・・
(う~ん、考えても仕方ないか~)
リーグと名乗った男は、『召喚した』と言った。
状況からして、その言葉を素直に受け入れるしかないだろう。
『戦力として、期待している』とも言った。
でも、リーグの剣の一振りで、パナコは気を失ってしまった。
(あれ?
転生先で戦力にならない場合って、どうなるんだっけ?)
役立たず判定された場合のペナルティって、そう言えば聞いてなかったような気がする。
とは言え・・・
気を失った後、ちゃんと寝台に運ばれていると言うことは、すぐに殺処分されたりと言うことはなさそうだ。
(こっちの世界って、人権って、どうなってるんだろ?)
人権・・・いや、魔族だから、魔権?それとも、魔族権?
いきなり戦力云々と言われるような世界だから、力こそ正義?、みたいな?
起き上がり、自分の手のひらを見下ろす。
前世と同様、ほっそりした小づくりな手だ。
とても、荒事に向いているようには見えない。
しかも、戦うとなれば相手がいる。
リーグは魔王直属の剣士と言うことだから、当然、敵を斬っているはずだ。
恐らくリーグには、殺生に対する躊躇はないだろう。
リーグが召喚の責任者なら、パナコの行く末は、リーグの気分次第と言うことになる。
期待を込めて召喚した者が、こと戦いにおいてはまったくの役立たずということが明らかになったなら・・・
ヤバイよヤバイよが口癖の、某お笑い芸人のセリフが、パナコの頭の中でリフレインしていた。
作者からパナコへ一言:とりあえずスルーしとるけど、君、すっぽんぽんやで。