紳士たちの談話室
文章が定まらなくて3回書き直していたら恋愛要素が虫の息でした。
以前の短編と同じ国の話ですが単品で読めます。
深く考えず楽しんでいただければ幸いです。
王都の有名ブティックが並ぶ通りに、その建物はあった。
表に看板も何も無いのだが、国立の学園卒業生、それも成績上位者の男子のみが出入りを許される社交の場所。
『紳士倶楽部』のサロンである。
今日も暇を見つけた紳士たちが交友のため、あるいは情報収集のために立ち寄っている。
ジュリアン・フローライトもそのうちのひとりであった。
「そういえば、オレリア嬢が王宮に移動したっていうのは本当かい?」
仲間内のチェスの観戦をしていたうちのひとりが、同じく観戦中のジュリアンに問いかけた。
「ああ、三日前にね」
「そうか、とうとうご結婚か」
「王家もやっと安心できるな」
「式典の公表はいつなんだろうな? 早く知らせたほうが良いだろうに。出し惜しみする必要もないし」
「殿下が乗り気ではないとか?」
「まさか。フローライト侯爵が怒り狂うぞ」
フローライト侯爵令嬢オレリアと王太子ベンジャミンの婚約が発表されたのは今から七年前。それはもう、波乱の婚約だった。
そもそもの原因は、王家の三回に及ぶ婚約破棄事件である。
まず初回。他国と組んだ某男爵家が娘を使って当時の王太子を篭絡し、その隙を突いての反乱を目論んだ。だが王太子が婚約者に王家主催の夜会で婚約破棄を言い渡したことで調査が行われ発覚。男爵家は取り潰されたし一族処刑。王太子も廃され幽閉された。
二回目。「真実の愛」とやらを求めた王弟があちこちで浮名を流し、学生の身分で婚外子をつくってしまい婚約者がブチ切れ。周囲が庇いきれなくなり表向きは婚約解消、実際は婚約破棄で王家が違約金を払う事態に。
そして三回目。先代で二回もやらかしているので今度こそと思い、神殿も法務局も巻き込んでガッチガチに固めた婚約をしたのに、王太子が馬鹿……頭がカラ……難しいことが考えられない男で、浮気した挙句に卒業式で浮気相手と寄り添いながら婚約破棄をしてしまった。勿論王太子は廃された。これが八年前である。なお、その卒業式にはジュリアンも出席していた。
王太子はスライドして当時十五歳だったベンジャミン王子になったのだが、被害者となった令嬢の父親――ガーネット侯爵が、娘を嫁がせることを断固拒否した。
国が興った当初から仕えてきた六侯爵家の筆頭であるガーネット家。三回続けて教育を間違えた王家は強く出れない。
他の侯爵も巻き込んで一年も話し合った結果、フローライト家のオレリアが婚約者に決まった。
もっともフローライト侯爵家は最初反対した。何しろ、初回の婚約破棄で迷惑を被った令嬢は、フローライト家の娘――ジュリアンの伯母だったのである。二度と王家に巻き込まれるのはごめんだ、と当時の侯爵が吐き捨てたなんて話が残っているし、当人もまだ健在である。
ジュリアンはフローライトの分家、しかも養子だったが、卒業式に出席していたため事情を聴きたいと言われで話し合いにも何度か出席していた。ジュリアンでもわかるくらい、王家側の参加者は針の筵であった。
ちなみに、この三回の婚約破棄で王家は六家のうち四家を敵に回している。残りの二家も庇う気はゼロだった。
それでも国の為、とそれぞれが己に言い聞かせ、なんとか纏めたのがオレリアの婚約だ。
その代わり、ガーネット家の令嬢は昔取り潰しの憂き目にあった侯爵家を再興、フローライト家は次女が跡を継ぎそれぞれ女侯爵に、そして結婚相手は王家は口を挟まないという誓約がなされたが。
また、王家の教育方法にも介入することになった。これはむしろ遅すぎたと言っていい。
「ニコラス、君の奥方に再度の出仕の依頼があったらしいじゃないか。オレリア嬢の侍女になってくれないかと」
「あったが出すつもりはない」
無表情で言い切った彼の妻は確か、女性で最高順位の四位で学園を卒業した才女だった。卒業後二年間王妃の侍女として出仕していたはずだ。
「やめてやれロナルド。そいつの愛妻家ぶりは有名だろ」
「いや、僕がそんなこと言ったら『やはり私は未来の伯爵夫人として相応しくないんですね……わかりました! せめてニコラス様のお役に立つため行って参ります! 定年退職後にお会いしましょう!』とか言いかねない」
「何でそうなる?」
「僕が聞きたい」
……世の中の夫婦にはいろいろあるようだ。
「まぁ、オレリア嬢の侍女は侯爵がなんとかしているだろう。ジルコン侯爵も正式に叙爵されたし、残る懸念はフローライト家の跡継ぎだけか。その辺はどうなんだいジュリアン」
「どう、と言われても……俺は分家で、しかも養子だ。そこまではわからないよ」
ジュリアンが肩をすくめると、何人かが首を傾げ、数人が妙な視線を送ってきた。
「……? なんだ?」
「君、よく分家だの養子だの言うけど、フローライト大臣の養子だろ。謙遜しすぎると嫌味だぞ」
「このくらい言っておかないと、『浮浪児だったくせに』と陰口を叩く人がいるんだよ」
「嘘だろ、誰だその命知らず……」
とうとうチェスをしていた片方が会話に入ってきた。盤上を見ると滅茶苦茶な布陣である。とっくに集中力は切れていたらしい。
「法務大臣が養父、それに伴ってフローライト侯爵が従兄弟、前宰相が伯父。本人は財務大臣の秘書。欠点を探したい気持ちはわからなくもないが、最早馬鹿じゃないのかそいつ」
「わからなくもないのか……? なら『君は養子か。なら万が一賄賂や改竄に手を染めても法相が庇うことはゼロだな。ある意味真っ白で使いやすい』って言われて秘書になったことを広めたほうがいいか?」
「なんという信頼方法」
「後日父上は『実の息子だったとしても罪を犯したら普通に裁くよ! 失礼な!』って抗議を入れていた」
「抗議内容はそれでいいのか?」
ちなみにジュリアンを拾った際の養父の言葉は『僕と一緒に来れば、三食ちゃんと食べれるし、綺麗な服も着れるよ』だった。人買いのセリフだろそれ、と今まで五度突っ込まれた。
少々微妙な雰囲気になったところで、新たに一人サロンに入ってくる。
周囲を見渡しジュリアンを見つけると、まっすぐこちらにやって来た。
「フローライト。表で馬車が待ってるぞ」
「……? 俺は馬車は呼んでないけど」
「だがお前に言付けを頼まれた」
「えぇ……?」
「中にいたのはキャサリン嬢だった」
一瞬、全員の動きが止まる。
キャサリンは、フローライト侯爵の次女である。つまり、次期侯爵となることが決まっている女性だ。現在十六歳。
「待たれるようなことをした覚えはないんだが……」
「本家で食事会でもあるのでは?」
「無いから此処に顔を出したんだ」
「――ああ成程。強行手段に出たわけだ」
突然納得したような声を発したのは、ジュリアンの同期である。
「どういうことだ?」
「キャサリン嬢は今まで婚約者も居なかっただろう」
「そうだな」
「学園では勉学に集中しているという話だな」
「だが、もう優秀な男はとっくに相手がいる」
「……まぁ彼女は結婚相手は好きに選べる立場だから、多少問題があっても構うまい」
「そうだな。だがここにひとり、売れ残っている男がいるだろ?」
その言葉で、全員がジュリアンを見た。
「え」
「ああ、確かにそうだな」
「貴族の血は無いが、立場は問題ないな」
「叔従父だが、九歳違いならありえる話だな」
「血も繋がってないしな」
「そういえば昔、ジュリアンに来た見合いを侯爵が潰したって話があったな」
「そうか、親公認か」
飛び出てくる会話に呆けていたジュリアンだが、慌てて声を上げる。
「待て! 俺はそんな話聞いてない!」
「聞いたら逃げると思ったんじゃないか」
「いや、もしかしたら言っても気付かなかったんじゃないか?」
「必死にアプローチしてたけど柳に風だったんだろうな」
「で、ここで待ち伏せか」
周囲を見回しても、誰も否定しない。
やがて同期が笑ってジュリアンの肩を叩き、言った。
「友よ、すでに逃げ道は塞がれているようだぞ?」