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第九十九話 穏やかな夜空の下で上がる次なる試練の狼煙

 アメリカの地はだだっ広い。住んでみれば実感する。対してここフラッシュコブラシティと来たら狭いのなんの。でも不思議なんだよな。あれだけ広いアメリカで見上げる夜空よりも、この狭い田舎で見上げる夜空の方が、どういうわけか広々と見えて綺麗な気がする。まぁそんなことはないのだろうけども、どこにいたって空の広さは同じなんだろうけども、きっと気分の問題でそうなっているのだろう。


 体力の限り好きなだけ駆け巡って問題ない広大な地はそりゃ良いさ。俺は広々とした所が好きだ。広ければ狭い場所では出来ない色んなことが出来る。でも真逆の狭い所にだって良い思い出がある。

 たまに田舎のじいちゃんの家に遊びった行った時だ。俺は狭い押入れに入り、襖を締め切る。そうして出来た暗闇の中で丸まって寝るのが好きだった。あんなに狭くて何も出来ない場所なのに、なんとも言えない居心地の良さがあった。結果、俺はどこで何をやっていても楽しんでしまう。そんな順応性万能なナイスガイ、それが俺こと権之内貴一なのだ。


 俺は今、夜空を見上げて星々を数えようと思ったけど、多すぎるから止めたところだ。とりあえず今言えることは、だだっ広いアメリカで見上げる夜空よりも、この狭い田舎で見上げる夜空の方が俺は好きなんだなってこと。


「いいなぁ~。もう暑くはない。かといってものすごく寒いわけでもない。冬寄りの秋くらいのこの時期が、夜の野外活動に丁度良い!」


 ここは田舎の中ではかなり高さのある3階建ての建物の屋上。天体観測仕放題な良好な空の下、俺は星々がすっきり良く見える高品質な天体望遠鏡をセットし終えた。


 田舎だと星を見るのにこんなに良い場所はない。そして今日は良い夜。であれば、他の客人があってもおかしくはない。

 寒がりなのか、黒いローブを身にまとった老人が一人いる。田舎の民にしては変わった格好だ。まるで一世が好きなファンタジーRPGにでも出てきそうな格好をしたじいさんだな。


「良い夜ですな。星を見る趣味がおありで?」

「まぁな。趣味でもあるけど、今日は課題としてでもある」

「ああ、学生さんかい。星の勉強とは良い心がけで」

 

 俺の課題じゃないけど。星を見るのを課題にしている本日の相棒がそろそろここに来る時間だな。


「ふむふむ、空に輝く星も良いが、高い所で闇夜を過ごす楽しみは地上にもあるものですぞ」

 

 じいさんは地上を指差す。昼なら何でもない自然が見えるところだが、今は違う。

 自然の作った闇の中を人工的な光が行ったり来たりする。光の正体は車や自転車のライト、懐中電灯、夜行襷の反射などなど、大体がなんてことのない人間の日常から漏れ出るちょっとした光。でも、方々で合図無く、規則性も無く大小様々な光が見えるこの感じには、ある種趣があるとも言える。音無き光のオーケストラを見たかのようだ。下を見ても確かに面白いぞ。


「ふっふ、面白いと言えば……ほれ、あちらの、あれは恐らくバイクの光」


 じいさんが言うので、道行くバイクのライトの動きを目で追う。


「なんだかフラフラ、それにやけに動きも速い。あれはエンジンの調子でも……いやブレーキの調子でも悪いのか……」

 


「え?何だって?」

 じいさんは急に穏やかでないことを言う。ここからなら20メートルくらい先の道か。俺はバイクが放つ光のみを見る。確かに……確かにあれはおかしい。どんどん加速する。もう曲がり角が近いぞ。減速するつもりは全くないようだ。


「で、対してバイクの一つ隣の筋を見てみよう。こちらは仲良く並んだ二つの光がゆっくりと進んでいく。きっと部活帰りの女子高生あたりが自転車を漕いでいるのだと予想出来る」

 

 じいさんが言うので、意識的に視力を上げる。確かに、あれは自転車に乗った女子高生だ。でも片方は男が乗っている。アベックだった。


「バイクと自転車、二つの光が一つになるであろう地点があそこ」


 並んだ二つの道は、やがて合流してもっと太い道に姿を変える。じいさんはその合流地点を指差す。


「あ!え!!」

 

 じいさんが言う二つの道の合流地点で、丁度二つ、でなくて三つの光が同じタイミングで交わる……気がする。俺のリズムの計算で行くと……やばい!このままだと衝突する。

 あそこの合流地点は見通しが悪い。ライトがあれども、両者が接近に気づくのには時間がかかる。かかりすぎた時間が、酷い未来を生むこともきっとあるだろう。


「バイクは……ブレーキが壊れているようだな。なんとか当人達にぶつかるぞと教えてあげたいものだが……」そう言って老人がちらりと隣を見た時、もう権之内の姿はそこには無かった。


 三階建てビルの屋上から勢い良く飛び出した影は、やがて夜の深い闇に消えて行く。


「ほっほ、元気なことで。若者はこんな高さからでも飛び降りることが出来るなんて羨ましい限りだ」


 老人は笑うと、権之内が残して行った天体望遠鏡を覗き込んで優雅に星見へと洒落込んだ。


 権之内は凄まじい加速をつけ、脚力の限り踏み切って空へダイブした。飛距離はかなり稼いだ。やがて重力のままに権之内の足は大地に引き寄せられる。


 ズシリと重い音が大地に響く。超人権之内は、常人が一瞬で移動することが叶わない距離を、超人の特権を使って一瞬で飛んだ。

 自転車カップルは権之内の目前に迫っていた。二人はびっくりして天から降りし大柄の男を見ている。バイクが迫る。老人の言った通り、どこまでも加速するばかりでスピードを緩めることはしない。このままだとバイクは道を曲がりきれず、壁に激突してしまうだろう。


 権之内は手足の筋肉の拘束を解く。張り付いたように足は地面を掴む。そして開かれた両手は、迫るバイクに向く。

 すぐだった。一瞬のこと。エンジンの限界能力が生んだ暴力的なまでの運動エネルギーが権之内に叩き込まれた。

 一陣の風の後、向こう1キロにも届く轟音が響いた。大交通事故が起きた合図である。

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