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第九十四話 檻の中のペインター

 情けない。実に情けない。

 俺なりに青雲の志を持って田舎を旅立った。その結果がコレだ。簡単に捕虜になってしまった。これでは勇者様に合わせる顔などあるはずがない。負けたのは、勇者様がいなかったからではない。そんなことは関係なく俺は弱い。そして敵は間違いなく強かった。


 牢獄なんてものは映画でしか見たことがなかった。今こうして入ってみると、やはり恐ろしい。

 元々そう広くはない部屋、その更に一部を四角く囲い、鉄格子で内側からは抜けられないようにした場所。人を閉じ込めておくにはシンプル構造、だがそれゆえ恐ろしい。通常この手の施設内設備は、その内部にいる者が快適に過ごせるために職人が真心込めて設計するものだ。そこへ来てこの冷たい檻を見てみろ。作り手の愛情など込める余地があるものか。人情が死滅した世界を演出するにうってつけなのがこの檻だ。

 鉄格子に触れる。とても冷たい。ここは娑婆とは全く隔離された異質な空間なのだと分かった。


 俺は色々儲けで成功し、富と名声を得た。それは確かな功績。だが、その功績に対する確かな見積もりが出来ていなかった。俺は、実際に得た物以上のもっとすごい物を得たつもりでいた。大きな勘違いをしていたのだ。具体的に言えばそれは強さについて。皆が俺を認め、見てくれる。すごいと祭り上げる。気分が大きくなる。そんなことが続く内、力も得たと勘違いした。実際のところ、俺の腕っぷしは、魔法力は、旅を始めた頃から大して変わっていない。どうしてそんなことが分からなかった?そんなことに気づかない程、俺は舞い上がって己が見えていなかったのか?それが一番情けない。魔王軍の下っ端に負けたとか、捕虜になった以前の問題。こんな色塗りを円滑に行えるだけのペイントマジックなどで、天下の魔王軍に一矢報いることが出来ると想ったその短絡的なバカ思考が恥ずかしい。情けない!


 勇者様は俺を見てなんと思うだろう。自分に成り代わって正義を執行したものの、力足り過ぎず倒れた大馬鹿と想うのだろうか。まぁそれでもいい。彼が俺を笑う。それはこの世界に彼が現れた証拠だ。なんでもいい。勇者様、早く来てくれ。俺に限ったことではない、どんな命だろうが、こんなに暗く冷たい檻の中で朽ちていくことを良しとする者があるはずがない。今こそ、恥も外聞をかなぐり捨てて命を乞う。助けてほしい。

 そうしたら俺は、田舎に引っ込んでまた建物を華やかに彩る職人に戻る。地味でも下手でも、俺にしか出来ない、出せない美を磨いてあそこで最後まで戦い抜くべきだった。次はそうする。


 ふふっ、こんな具合に、弱者の下らない心の後悔の叫びが耐えない。ここに来てどれくらい経っただろう。意識ある限りずっとこんなことを考えている。

 死刑囚が死刑までの想いを綴った手記、そんな物があれば、突飛な読み物として誰かしらの興味を引いて手に取ってもらえるかもしれない。今目の前に紙とペンと俺の姿勢とマッチする小机があれば、直ちに執筆活動に入ってもいいかもな。


「イソロクさん、何笑ってんだい?」

 

 おっと、己の情けなさを受け入れたことで起きた心の呆れ笑いが、思わず顔にも声にも出たようだ。一緒に捕まったコンドゥーのおっさんに不審がられている。こいつは無職だったところ、昔喧嘩で鍛えた腕で一攫千金が掴めるかもという甘い考えを持ってホメコヌス冒険者ギルドの門を叩いた下っ端だ。まぁ俺が人のことなんて言えないけどな。


「イソロクさんも捕まるとはな。ついてなかったな俺達」

「そうだな」

「あんたみたいな有名人までもが簡単に伸されちまうんだもんなぁ。やっぱり魔王四天王ってのは化け物レベルだぜ」

「え?お前は四天王とやりあったのか?」

「ははっ、やりあうに満たないよ。向こうもこちらもまともに顔を合わせる暇なくおしまいだよ」


 コンドゥーは四天王と戦ってここに入ったのか。俺なんて棍棒も待たない素手のゴブリンに一撃で伸された。


「魔王軍4つの頂きが一つ、怪鳥人トリヒコーヌの刹那の空中殺法でおしまいよ。こちらはしっかり向こうの姿なんて見えないさ。何かが飛んでる。遠くに見えたと想ったら、一瞬で目前に黒い影が迫り、また次の一瞬が去った後には、俺の頬は地面にぴったりくっついている。急に目線の高さが変わり、景色も変わる。で、またまた一瞬後には視界が真っ暗。再び視界が開けたと想ったらホラここにってわけさ。まるでワープ現象だぜ」

 

 こんなことになってもコンドゥーは外にいた時同様減らず口を叩く。こいつはおしゃべりなのだ。まぁ今はそれも救いになるか。他に捕まった者が、ヤツの明るいおしゃべりを聞いていくらか憂鬱な気分から回復したように見える。


「俺は、あの万能演算機ともコンプリートキルサイバーハンターとも呼ばれた四天王の一角、ピコットミコットと対戦したぜ。実にすげぇマシンだったよ。所詮機械だし、人間様が機敏に動いて不意でも突けば簡単に壊せちゃうと想ったが、まぁ無理だったわ。やっぱりメカには敵わん。まずこれより上があるのかってくらいボディが硬い。そして腕が伸びる伸びる。熱反応を追ってるようでヤツの視界から隠れても捕まってボコボコにされちゃうんだ。負けたのは情けないが、あれは仕方ないよ。とりあえず物理の限界を越えた神秘の力でも引っ張り出さないと攻略は無理って感じ」


 同じく野良の喧嘩屋だったイトゥーがピコットミコットとの戦いを語る。こいつも四天王とやったのか。


「俺は夢笛ザウルスさ。あの笛の音はうっとりするものだったが、恐怖の旋律でもあったぜ。なんだかおかしいんだよ。ヤツの演奏を聴いてからは、精神がかき乱され、視界が真っ赤になった。もう立っていられないんだ。コンドゥーと同じで気づくと俺もここだ。それにヤツはあのデカい図体だ。笛の魔力なしでも腕力は一級品。目の前で何人もの仲間がヤツのエルボーに倒れた」


 次は夢笛ザウルスの驚異的力の前に倒れたサイトゥーからの報告だった。こいつは刀鍛冶の息子で妻子持ちだったが、刀を打つばかりでなく自分でも振って冒険者として功績を上げたいという欲が出たばかりにここでこんな惨めな目にあっている。


「となるとイソロクさん、あんたはあと一人のダークネス向井あたりにやられたのか?ヤツの闇魔法が相手なら、いくらあんたのペインターマジックでも対抗は難しいよな?」 


 コンドゥーがそんなことを言うものだから、俺は会ったこともないダークネス向井にやられたと話を合わすしかなかった。


「ま、まぁな。七色の力を持ってしても、どこまでも濃い黒一色の闇を上塗りとはいかなかったぜ」

「イソロクさん、倒れちまっても美の職人の心意気は忘れちゃいねぇな。ペインターらしく鮮やかな言い回しをしやがる」


 おお!なんか偶然気の利いた嘘まみれの返しが浮かんで良かった。


「イソロクさん、こんなに暗い闇に覆われた城の中の、それも電気もつかない部屋にいたんじゃ気分も真っ黒になっちまう。地獄に来たら仏でもそれ以下のなんでもありがたみのある物を人は探すもんだ。この暗い気分を晴らすため、あんたの七色を見せてくれよ」

 

 イトゥーがささやかなオーダーを口にした。俺はこれを叶えることにした。


「ははっ、やっぱり職人だな。よっ新時代の美のカリスマ!……グスッ、そうだな、希望だよなぁ……」

  

 サイトゥーは、まず笑い、次には涙して俺の作品を口で表した。


 俺は黒い壁に七色を用いて「希望」の文字を描いた。


 俺が即興で産んだこんな作品一つに対して、こいつらの心は動いた。希望、その言葉が、概念が、沈む彼らの心を再び浮上させた。


 出来るんだ。俺には、人の心を豊かにして救うことが出来るんだ。俺は、ペインターとして冥利に尽きるありがたい瞬間をこんな地獄のような場所で迎えた。これもまた俺には希望だった。

 俺はペインター、自分の色、自分の美を用いて人々の心を幸福にするペインターイソロクだ。剣には敵わない微々たる力しか持っていない。でも、素手には勝る美を生むこの筆がある。それしか無い。でもそれだけあれば俺は大丈夫なんだ。大丈夫なんだ……

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