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第九十二話 勇、なぜ動かん

「考えてみればさ、こうしている間にも世界は魔王に侵略され、皆が困ったことになっているんだよな」

 一世は床に横になりアニメ雑誌のページをめくっていた。彼の言うこうしている間とは、こうしている間である。


「で?それが何か?」

 勇はみかんの缶詰にスプーン突っ込んで食いながら一世の話を聞いていた。これは今日のおやつである。


「勇、それいいな。俺にもくれよ」

「駄目だ。お前にはアニメ雑誌があるだろう?」

「勇、お前、アニメ雑誌がみかんの缶詰に勝るとでも?」

「そうじゃないのか?」

「まぁそりゃアニメ雑誌に勝るものはないよな~」

 へらへらしながら言うと、一世は再びアニメ雑誌に目を落とした。


 勇の部屋にしばし無言の時が訪れる。


「……何でそうまで頑なに異世界に行きたがらないかな~」

「何だよ」

「いやぁさ。思うんだよね。勇が来ない間、たくさんの人々が苦しんでいるのではなかろうか。そうでなくとも、とりあえず笑えてはいないのではないかってね」

「思わなくていいよ。お前はラノベとアニメ見て笑ってなよ」

「それは友の幸福を想っての嬉しい言葉か、それともこの話題を進めるのが面倒ゆえに出た突っぱねた意見なのか」

「どちらも含まれるかな……」


 ここで勇はスプーンを置いた。缶詰の中にはみかんの小さな粒と甘い汁だけが残っている。


「一世、これ飲むか?」

「おうよ、飲むぜ!甘い汁、美味いもんな!」

 一世は缶詰の甘い汁をがぶ飲みした。


「ぷはぁ、美味いよなぁ!……で、なんで行かないの?」

「しつこいよなお前も」

「勇、俺はお前の嫌がることはしたくない、言いたくない。でもこのことは嫌がられても本当のところを知りたい。確かにお前は向こうの世界に無関係な人間だ。でもさ、優しいところもあるお前なら、困っているならちょっと助けてやるかってなるとも思えるだよね。でもそうならないからそれは何故だろうと思うわけだ。知りたいんだよお前を、この世の真実を」

 勇は一世の目を見る。この問いを口にした一世はふざけているのか、それとも真面目に言ってるのか、長い付き合いがあるのにいまいち分からない。


「ゴライアスに聞いたことがある。俺達がいるこの世界と魔王に攻め込まれている異世界、二つはどこまて行っても本来没交渉だったはずのものだ」

「うん、だよね。自由に行けるなら異世界大好きな俺はきっと向こうにお邪魔しているぜ」

「で、例えばの話をしよう。隣の国で怪獣が暴れているとする。今は良いさ、でも隣の国を潰した次には、俺達の国を潰しに来るだろう。であれば、他所様の困り事でも、自分の困り事と同等に考えて助けに行く。その心理は分かるだろ?なぁ怪獣好き」

「おうともさ、俺は怪獣好き。そして今のお話はよく分かった。Gから始まるジラがアメリカにいたとして、次には日本にも来ると予想できるのなら、アメリカに加勢してなんとかした方が後々面倒が無いってわけだな」

「Gから始まるジラ?」

 一世は怪獣好きだった。


「まぁGのことはいいとして、さっきの話は、どこの困り事だろうが、同じ世界で起きていることならいずれは俺達にも関係するかもしれないってことだ。そこへ来ると、異世界ってのはどこまでも無関係なんだよ」

「え?というと?」

「まぁ言ってしまえば、どちらの世界から見ても、自分にとって異世界で起きた騒ぎは、自分の生活とは何も関係ないってことなんだよ。だって干渉し合うことがないんだから」

「なるほど。飛び火の可能性はゼロの完全なる対岸の火事である。だから自分が骨折る必要はないと。お前は理知的で現実的な男でもある。優しさという概念を離れた先でなら、その意見が出るのは実に勇らしい」

「そうだ。だから放っておけば次は魔王がこっちの世界を侵略しに来るなんてことはありえないんだ。こんなことを聞くと、打算的な冷たい男と思ったか?」

「いいや、お前が冷たいものか。全球凍結を食い止めるこの星最後の温もりがお前くらいに思っているぜ」

「なんだそれ、一見格好良く褒めているようで、しっかりバカにも出来ていないか?」

「はっは、そんなことないない」


「それにだ。もうひとつ考えがある」

「是非聞かせてくれ」

「よその世界にいる俺なら、簡単に騒ぎを解決できる。それは保証するとゴライアスは言う。だがそれで良いのか。俺はよそ者だぞ。よそ者に世界の最後を託すような世界なら、それは滅びるべくして滅びる世界だってことじゃないのか」

「なるほど確かにな。一理ある。ファンタジーの力を使ってまでリアルを捻じ曲げる。そうまでしないと存続出来ない弱き世界なら、残しておいてもその先に希望があるのか……。これは考えてしまうなぁ~。勇、お前やっぱり考えの深い人間だなぁ~」

「お前、何を言っても面白いくらい都合よく解釈出来る愉快な頭してるんじゃないのか?」

「思考が柔軟、それか賢いオタクだと言ってくれよ」


「まぁ勇よ、お前にも深い考えがあると理解出来たよ。勇が勇者をやれば、多くの人を助けることになるけど、単に人助けをしましたで終わる話ではない。本来あるべき未来を無理やり変えてしまったわけだから、それはそれで責任が重くのしかかるってわけだ。その未来を用意したことが、世界にとって、人間にとって後々良かったことだけで済まない場合もあるものな。お前の意見を聞くと、誰でも彼でもホイホイ異世界送りにして勇者をやらせる中身すっからかんなラノベ作品との今後の関わり方を考えてしまうぜ」

「いや、まぁ、お前の指摘するラノベの評価は間違ったものでもないのだろうけどさ。たまにお前って鋭くて痛い指摘をするから、本当にそっち系のものが好きなのかって思うことがあるのだが」

「はっは、好きさ。好きだからこそ、甘い採点はしないんだよ。良いものは良い、クソはクソなんだよ。この手のジャンルのファンだろうが、そうでなかろうが、そこのところのアンサーはクリアな思考で公平に行わなければならない。オタクは盲目じゃ出来ない。高い見識と高潔な魂を持ってこそ楽しめるってものさ」

「お前はほんと、オタクの鑑だな」

「その言葉、光栄の極みだね」


 こうして今日も勇の部屋には平和な時間が流れる。そしてやはり勇者はその場を動かないのだった。

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