第九十一話 万策尽きぬ未来は我にあり!
国が船だとすれば、その船が進む荒波立つ海を時代と例えることが出来るだろう。どこの世界のどんな国にも、時の航海を無事に終えるための舵取り役がいるものだ。それが国のリーダーとなる者達だ。彼らが取り組む仕事が政治というものである。勇達が住む世界にもゴライアスの管轄である異世界にも政治が存在していた。
現在、異世界の政治家達は、魔王ドブジルの侵攻に対してどう出れば良いのか頭を悩ませていた。どこのどんな人間が直面しても困った事態を引き起こしてくれのが恐怖の魔王だった。
世界の中心となる大都市「ガメ・オベイラ」の王宮の一室には、国のトップである王様をはじめ、その他御歴々が大集結していた。今こそ国にある全ての知恵を集結させて大問題を打ち崩さなければならない。一同がその想いを胸にこの場に臨んだ。
「大臣、現在世界の状況はどうなっておる?」
「はい王様。まずはコレをご覧下さい」
大臣はスクリーンに地図を出した。
「これは魔王の悪事により、例の植物が異常発生しまくって、人の足の踏み場がなくなってしまった箇所を表しています。この地図の赤くなっている部分がそうです」
例の植物とは、ご存知エターナルモシャリシャスのことを指している。勇達の世界で言うところのトウモロコシにあたる植物である。そしてそれの全国分布図はえらいことになっていて、地図をみると世界のほとんどは赤く染まっていた。
「世も末じゃ……」
王様は終末の訪れを感じながらため息交じりに言った。
「信じられません。あのような植物が世界を覆い隠すなんて。ここまで世界に足の踏み場がまともにないだ異常時など未だかつて前例がない」
「王様、どのようになされますか?」
「もうすでにデッドラインすれすれ状態なのに、このまま手を拱いては世界は終わってしまいます」
一同は口々に不安と不満を漏らす。これも今は仕方ない。胸にあるこのような想いは、一旦吐き出さないと建設的な考えを生む次なる段階に入れない。というのが多くの人が持つ心理なのだ。
「狼狽え終えたかい?お偉いさん達」
弱った声帯から絞られた不安の声が飛び交う中をつんざいて響く若き声に皆は注目した。その男はここにいる者達の中で明らかに若い見た目をしていた。
「お主はホメコヌスの?」
「そうですよ王様。私のような若輩者が、王様程の方にお目通りが許されたのも、世界がこんなに狂ってしまったお陰だ。幸か不幸か訪れた栄誉ですね」
ホメコヌスの地には、大規模な冒険者協会がある。この若き男は、戦士達の台所であるホメコヌスの冒険者ギルドのオーナーだった。その名をバンサク・トミノという。
「トミノ氏、お主は戦士たちを統括するカリスマだと聞く」
「王様、もっとフランクにバンサクとお呼び下さい」
「うむ、ではバンサク。そうしてお偉方に大きく出た手前、何か世界を良くする案があるとでも?」
「いいや、私のような世界の端っこにいるちっぽけな魂が世界をどうこう出来るなんて思っていません。ただ、私の管轄となるホメコヌスの冒険者ギルドには、現在魔王打倒を目的に立ち上がった歴戦の兵共がこれでもかという数集結しています。丁度国の舵取り役が集結したこの部屋のような状態ですよ」と言ってバンサクは高級な会議室の机をこつこつと叩いた。
「この者達が今に何かしてくれるはずです。強大な悪が徒党を組んだのなら、それに対抗する手はただ一つ、正義である我々もまた徒党を組むのですよ」
バンサクは悪を打ち崩し正義が勝利する方程式を説いた。
「おお!これは逞しい!」
「そうだ。向こうが大きな悪なら、こちらにはもっと大きな正義があるではないか」
「バンサクに任せておけば安心だ」
年長者達は落ち着きを取り戻して口々に言う。
「だが、絶対はありません。私を含めた彼ら正義が、もしも悪の前に膝を屈することがあれば、その時はあなた達含め世界が終わる時だ」
バンサクの声に部屋の雰囲気が凍りつく。
「そ、そんな……正義が悪に屈するなど前例がない……」ちょびヒゲの地方議員は顔を青くして言った。
「当たり前ですよ。こんな馬鹿げたことをかつての世界が許したはずがない。我々は今、前例のないものを前に、前例を作るための仕事に追われているんでしょうが」
バンサクは鋭い目つきで部屋全体を見回した。
「良いですか。私は世界を諦めない。私に出来る全部を持ってしてあなた達が持つ不安を消し去る努力をしてみせます。だが、はっきり言っておく。あなた達の失策も確かに目立つものだったと!」
若き怒声に老いた命は怯んでしまう。単純なパワーバランスにおける自然な反応だ。老いと若いでは、やはり若いが強い。
「前例が前例がとそれを盾にし、簑にし、あなた方は剣や矛を構える苦労を怠った。そりゃ攻め込むよりも待っている方が楽だ。しかし、それじゃ政は大成を迎えない。その結果がコレだ。魔王に良いようにされ、これまで国を取り仕切っていた御歴々がこんな会議室でオロオロしている。こんな状況を見れば魔王が喜び笑うでしょうね」
事実として、魔王の侵攻を前に国は目立った動きを見せなかった。正確に言えば見せられなかった。まともな対応を取れる者がいなかったからだ。
「おい!バンサク!貴様、若造のくせして口が過ぎるぞ!」腹の出たアゴヒゲの地方議員が言う。
「若造だからこそ叩ける無礼な口ですよ。仮にも王様が出資して作った一流の学校で高等教育を受けた身。失礼は重々承知だ。それでも言わせてもらったんだ。あなた達と長年肩を並べてやってきた同級生の議員の方々では、こんな槍のように鋭い真実を口にすることは出来やしませんよ。賭けたって良い。そこまで長くその立場にいたら、身の保身の考えを念頭から外した行動はできやしませんよ」
痛い。生意気を聞いて皆が胸くそ悪い想いをしたが、同時にバンサクが言う御歴々だからこそ持つ心理は、痛いほどに的を得たものだった。
「というのが、街に溢れる一般人達の意見の総意ってところです。私は身を危険に晒したくないですよ。王様のために出来る限りの働きをします」
槍のごとく痛い批判を終えた後、バンサクは大人しく国の犬として働く声明を出した。
「うむ、苦しいことだが、バンサクの言う通りだ。我々は魔王の掌で踊らされていた。確かに前例のないこと。対応は難しい。だが、頭を悩ますだけで何も出来なかったからこそ、今のこの情けない真実がある」
「王様、その反省は、この先訪れるであろう平和な世界のために役立てて下さい。なんだかんだ意見を言ったところで、私に国を回す腕も頭もゼロなんですから。我々が人並み以上に持つのは、正義の心を宿す武力のみです。何度も言いますが、出来る限り全ての力で魔王軍に対抗します。今、ホメコヌスに集まった者の中から更に精鋭達を選びぬいたパーティーを作り、その者達に悪を打倒してもらいます」
「それは心強い。しかし勇者の到来がまだだと聞く」とある老議員は勇者の話題を出した。
「そりゃ聞いた通りですよ。勇者様はまだ現れない。そこが落とし穴だったんです。勇者が来ればなんとでもなる。でも来なかったからこうだ。勇者様の訪れはこっちも歓迎するし待望のことです。しかし、現在いない者を頭数に入れて我々は何とかなると高を括っていたのです。それでは駄目だ。もう攻め込む所まで攻め込まれています。立ち上がるんですよ。戦士たちはもちろん子供も年寄りも。それしか生き残る道はない。戦うのか、大人しくやられるのか、二択しかないんですよ。じゃあ戦うでしょうが!」
追い詰められた世界の人々の想いを代表してバンサクが熱弁した。
「こうなってしまったら、結局我々老いた者達では何も出来ない。後は君たち若き力にすがるしかない。情けないことだが、お願いする。バンサク、君が指揮を取り、歴戦の戦士達と共に戦ってくれ」
「言われるまでもなくそのつもりです。王様が国を守りたいように、我々冒険者協会の全員がそれを願っている。我々は役職、役割が違う。だが、心は一つということでいいですね」
「もちろんだバンサク。王を含め、国民全てにとって国は良き住処としてあるべきものだと信じている。ここにいる皆がそう思っている」
王様の言葉を受け、集まった皆が頷く。
「それが聞けて安心しました」
バンサクは安心したところで重たい部屋の窓を開けた。
「聞こえたか野郎共!王様は世界の明るい未来を所望だ!じゃあ全力で答えるしかねぇよなぁ!」
「うぉおおおお!!」
王宮の門の外には、バンサクが束ねる屈強な戦士軍団達が待機していた。リーダーの掛け声を受け、全員が声が上げる。これにより指揮が高まる。
「では王様、我々も進軍します。我々は武力を、あなたがたは政治を、それぞれが出来ることを出し切ってこの混迷の時代を戦い抜きましょう。そして明るい未来でまた会いましょう」
「ありがとうバンサク。世界に、君たちのような希望が散りばめられていて良かった。そして、それが集結することが出来て良かった。王としてこの奇跡に感謝する」
「感謝は最後に取っておいて下さい。それでは皆様、失礼を重ねました。皆様の健康を願い、この若輩者は退室させてもらいます」
動き出した時代はもう後戻り出来ない。またそこに戻りたいのなら、ぐるりと世界を一周してからでないと行けない。バンサクは足を止めることなく、希望の未来を目指して突き進むのだった。




