第九十話 負けるな美人秘書 ~もう一つの青春の終幕~
「よし、これで片付け完了かな」
それまで生徒会室は、一時的に文化祭実行委員活動拠点となっていた。拠点は文化祭の実行を持ってしてその役目を終え、現在元あった生徒会室の姿を取り戻しつつある。
勇は机などの備品の配置が元通りになったかを確認する。不備はなく、これにて本当に文化祭は終わりである。この確認には本来ならセピアも立ち会うはずなのだが、彼女はみっちゃんと一緒になって文化祭屋台で売れ残った食品を胃にしまい込むのに忙しく、ここに姿を見せるどころではなかった。つまりはサボりである。
「勇、お疲れさまでした」
本日を持ってマユミの仕事もまた完了するのだった。
「ああ、そっちにも色々と世話になった。本来ならセピアがするはずの仕事もたくさんまかせてしまって、それについてはすまん」
「いえいえ、それも仕事なので」
ここで仕事を始めたばかりの頃のマユミは、黒いスーツを着用していた。勇と触れ合う内に諸々浄化されてからは、白いスーツで現場入りするようになった。格好が何であろうが仕事人は与えられた仕事を行うのみ。しかし、やはり人なので、気分から変えていくことがなんだかんだで仕事の出来に影響したりもする。心晴れ晴れと白いスーツに決めてからのマユミの仕事ぶりはさらに磨きがかかったものだった。
「勇、これでお別れね。少し寂しいけど、これも仕方のないこと」
マユミの仕事場と生徒会室の黒板を繋ぐ異世界ゲートが開くのも本日が最後となった。これを受け、マユミの心の中には色々と複雑なものが込み上げた。だが彼女は、自らを律して効果的に立ち回ることで、今ある高い地位にまで辿り着いた。複雑な心境にも折り合いをつけて今に至るのだ。
「うん、世話になった。ありがとう」
勇は笑顔で言葉を送る。マユミからすると、この笑顔にはキュンとくるものがあるのだった。
「私は女子校の出だから、こうして男女共学での行事に関わるのはかなり新鮮だったわ」
「そうなのか。女子校のことなんて想像つかないな」
「別にそう珍しかったりありがたいものでもないわ。なんてことない日常って感じよ」
いや、女だけの世界に、勇のような男子からもらえるときめきは皆無だった。どうしましょう。普通に話しているポーズは取れているけど、やはり寂しい。やや遅れて再び訪れた青春との決別を前に、私は感傷に浸っているのか。ドライでクール、それでいて確実に仕事をこなす、そんなストイックなスタイルが売りだったかつての私は何処に……。まったく、いつも勇は私の知らない私の一面を発掘してくれるわね。心のサルベージャーね。
そんなことを思いながらマユミはくすりと笑う。
「どうしたマユミ?」
「いえ、私も少し昔を思うと懐かしくなって、思い出し笑いよ」
「そうか、それから大したものじゃないけど、これはお土産ってことで」
勇は文化祭で売られた焼きそばを渡す。
「異世界人の口に合うか分かんないけど、こっちにはそれが好きすぎる女子も結構いたりするから」
勇はみっちゃんのことを思い出しながら言った。
「ありがとう」
勇の手はゲートをすり抜けることが出来る。無事マユミに手渡しが完了する。
ふっ、私は敏感な女よ。今例に出した女子の話は、不特定多数を指すようでいて、その実具体的にこの子っていうことを思い浮かべて言ったのでしょうね。恐らく勇はその子のことを憎からず思っているって訳ね。
女の勘は鋭敏なもの。中でも闇の美人秘書もとい光も宿す美人秘書ならさらに鋭さが増している。
まぁ勇は若い男子だし。そういう想いを寄せる女子だってきっといるでしょう。それにこんな良い男なら周りも放っておかないでしょうね。でも私は大人しく身を引くわ。だって私は一流の仕事人。個人的でディープな感情を持ち込むようでは、この世界で生き残って行けないのよ。
焼きそばを手渡してフリーになった勇の手をマユミは素早く握った。
「これでお別れ。最後に握手よ。こっちでもあっちでも、お別れにはこういう流儀があるのは共通でしょ?」
「ああ、そうだな。こっちでも握手はこんな時にするんだよ」
「勇、本当にこっちに来ない?」
「行かないよ。勇者召喚は諦めてもらうことにする」
「なら良かった。もし来ることになったら敵同士だもんね。いや、でもね、もしも勇者として来ることになったら……その時には勇側につくのもアリか。その時には一報ちょうだいね」
「だから行かないから大丈夫だって」
自分を保つために行うマユミの精一杯の冗談だった。勇はそれに笑顔で答える。
「じゃあ、ね……元気でね勇」
「マユミもな」
勇は手を振る。
ゲートは狭くなって行く。これでお別れだ。
「ああ、そうだ。そういやさ」
「え?なに勇」
「マユミ、黒ばっかの時もあったけど、白のスーツも似合ってるよ」
「え……」
勇が振った最後の話題は、なんとも日常的すぎるものだった。こんな時に言うことか思えた。だからマユミは笑ってしまった。
「ははっ、ありがと……」
そしてなぜだろう。泣けてきた。
互いに手を振り合い、ゲートが閉じ切るまでを過ごした。
勇の世界とマユミの世界を繋ぐものは無くなってしまった。
マユミは自室の卓袱台に焼きそばを置く。作られて数時間のものだ。まだ温もりがあった。マユミは割り箸を割ると、焼きそばを啜った。
食べる途中、零れ落ちはしないものの、普段以上に目の水分が多いことを感じた。
「ふふっ、学生が作るようなチープな味わい……美味しいなぁ、青春ってのは美味しいなぁ」
笑いと泣き、二つの要素が混ざった独特の発声でマユミは感想を呟いた。
半分食べたところでマユミは電話を手に取り、魂の駆け込み寺に繋がる番号を打ち込んだ。
「あ、お母ちゃん」
それは母へと繋がる救いの番号だった。
「うん、元気。あのさ、今度久しぶりにそっち帰ろうかなって。なんかさ、お母ちゃんの手料理が食べたくなって」
「なんだいあんた。まともに食える分の給料もらってないってわけ?」
「ううん。こんなにか弱い乙女のこれっぽちの胃を日々満たすくらいなら余裕で稼いでる。そうじゃなくて、ただ懐かしくなってね」
「で、何食べたい?」
「焼きそば!鰹節も紅も青のりもマヨネーズもた~ぷり乗せのやつ!」
マユミは紅生姜のことを「紅」と略す女だった。
笑いと涙の後には人の道あり。女マユミ・サナダは、来たる明日にたっぷりの希望を見てこの先の人生を強く生きて行くのだった。




