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第八十話 約束

「お~い」

 勇の自室の窓を叩く者がいる。こんなことをする人物は一人しかいない。勇は合図無き突然の訪問者相手にもごく普通の応対に出る。それがよく知る仲の人物だったからだ。


「なんだ?」

「焼きそば、食べようぜ!」

 みっちゃんはビニル袋に入った焼きそばを勇に見せる。


「いや、そろそろ夕飯なんだけど、てかだいたい夕飯時にイベント発生するのな」

 そういえば夕飯が近くなってから何かしらの面倒がやって来ることが多いと勇は過去を振り返って思った。


「だってさぁ、今日は夕飯が近くなったこんな時まで、私と一緒することがなかったでしょ。この忙し勇者め」

「勇者って言うな。俺は何でも無い学生に過ぎないの」

「へっへ、そうだ。私達にとっては、勇くんは気安く接することが出来る良き隣人、友人だ。勇者様だったら、一介の民はなかなか口がきけないもんね」

「まぁいいから入れよ」

「言われずとも!」

 みっちゃんは屋根の上から窓を通って勇の部屋に入る。


「はい、座って座って!」

 勇の部屋中央にある卓袱台に焼きそばを置くと、みっちゃんは席につくよう手招きする。勇はみっちゃんの向いに座る。


「じゃあ青春を語らいながら二人で食べようぜ!」

 みっちゃんは青春のテンションで食事に誘う。

「今か?だって夕飯が」

「今じゃないと文化祭一日目の焼きそばが味わえないでしょ。ただでさえ文化祭一日目が終わった後なのにさ。終わってちょっと経ったけど、今食べればセーフだよ。これで一日目の想い出だよ」

「うん。まぁそうだな。一日目の想い出に拘るんだな」

「そりゃコレは私が焼いた物だもの。愛情もたっぷり籠もってるさ。食べて欲しい」

「あ、うん。それなら」

「そうそう、それに育ち盛りの男子なんだから、こんな量食べても前菜でしょ。夕ご飯はまた別に入るって」

「まぁな。確かに腹が減った」


 勇は箸を割ると焼きそばが入った容器の蓋を開けた。美味しそうな匂いが立ち込め、口内の汁量が増える。

「じゃあ、これで仕上げね」

 みっちゃんは自宅冷蔵庫から取り出したマヨネーズを大量にぶっかけた。


「みっちゃん……俺は多くの料理はトッピング無しでそのままの味で行くんだが……絶対知ってるよな」

「もちろん!仲良しの男子のことだもん。知ってるよ」

「じゃあ、なんで派手にぶっかけた」

「えへへ~まぁ私の好みを理解して欲しくて。味わって欲しくって」

「趣味の押しつけはちょっとどうかと」

「確かに。他人に価値観を押し付けるのは良くない。でも勇くんは、私と価値観を共有するよう譲歩するおおらかな理解力がある。そんな男だって信じてるぜ!」

 みっちゃんは親指を立ててご機嫌に言うのだった。

「まぁマヨネーズは単体でも好きだし。食べるのが無理なトッピングじゃないよ」

 勇は大きな一口目を決めた。


「どうかなどうかな?」みっちゃんはニコニコして問う。

「おいしいよ。すごく」勇もニコニコして答える。

 

 みっちゃんはそれを見て一瞬動きを止める。

「どうした?みっちゃん」

「いや、そうもストレートに美味しいと言われると、それを作った乙女の心はストレートに躍動するのである」

「何言ってんだよ。心がおかしいって。躍動しなくていいよ」

「はっは。まぁ喜んでもらえて嬉しいってこと」

 みっちゃんもマヨネーズをかけて焼きそばを食べ始める。


「焼きそば、好評だったんだって?」

「うん。なにせ看板娘がいいもの」

「大変だったな。急なヘルプで」

「平気だよ。鍛え方が違うものね」


 焼きそば屋は隣のクラスの出し物だったが、調理担当者が急な腱鞘炎を発症させたことで鉄板返しを握れなくなった。そのトラブルを解決したのが、割と器用、そしてガッツが凄まじいみっちゃんだった。彼女は即戦力だったので皆に感謝された。

 副産物として売上上昇効果も生んだのがみっちゃんの凄い点だった。サービスを売る上で最も重視される要素は売り物自体の質にあり、次点くらいに来る要素が売り手の持つ華にある。良い物を華のある良き者が売れば、買い手は俄然お金を落とす気になる。みっちゃんを看板にしたことで、焼きそばの質はともかく、視覚的に取れる集客率が上がった。どんな商品も宣伝が良ければとりあえず客が集まる。その上で商品もしっかり良いと分かれば、売上は倍に跳ね上がる。今日のみっちゃんの仕事に、このような商売の事情が見えた。


「美味しいよすごく、みっちゃんの焼きそば」

「もう無いじゃない」

「腹が減ってたんだ」

「こっちも食べる?」

「いいのか?じゃあもらう」

 みっちゃんは半分くらい食べた残りを勇にあげた。

 勇のたくましい食いっぷりをみっちゃんはしっかり見ていた。

「ごちそうさま!」

 勇の笑顔と共にみっちゃんに嬉しい言葉が返ってきた。


「明日はさ、もうちょっと一緒にいない?」

「え?」

「せっかくのお祭りなのに、今日は実行委員とサッカーで忙しくて観覧の方が全然でしょ。私ともほとんど会ってない」

「うん。そういえば」

「そういえばじゃねぇよ。言われる前に気づけよ!」

 みっちゃんは戯けたテンションで勇にツッコミを入れる。


「じゃあさ。明日は何か一緒に見たり、食ったりするか。後の方だと俺も楽だし」

「何だよ~誘ってんのかよ~」

「お前が言ったんだろうが!」

「はっはは!勇くん、勇くんと一緒だとやっぱり楽しいな」

「……ならいいけど」


 数秒の無言が続く。


「じゃあ約束。明日は一緒に楽しもう」

「うん。俺でよければ」

「勇くんが良いんだよ!」

「え?」

 

 数秒後、二人して顔が赤くなる。


「じゃ、じゃあ、明日ね。おばさんが作ったご飯もしっかり食べるんだぞ!それからしっかり寝ろよ!歯も磨けよ!それじゃ」

 早口で言い終えると、みっちゃんはそそくさと窓から退室した。


 彼女が消え去った後の窓を勇はぼぅーと眺めていた。


 ここで廊下から妹の声がする。

「お兄ちゃん、ご飯!」


「え!ああ、今行く」

 勇は少しの間忘れていた空腹を思い出すと、空腹を満たすための活動に集中するのだった。

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