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第七十話 マユミ、心の戦争

 魔王城では今日も会議が開かれている。終わった後には各々が「今のやる意味あった?」と思ってしまうような内容の薄い結果になるのは毎度のことだが、それでも定例のことなのできっちり開くのである。


「あれ、またマユミは欠席か。あいつまた副業に出向いてんですかい?」

「いや、今回は普通に体調不良で欠席だ。まぁそんな時もある」

「そいつは弛んでますよ。魔王様、ちょいとキツめに言った方がいいですぜ。あいつだって我が魔王軍団上層部の一人ですよ。あんな感じなのに……」

「夢笛レックスよ、お前の言うこともまぁ分かる。だが、社会の現場において根性論的なことはあんまり言いっこなしだ。いつだって裏付けの正確性が求められる世界であるのも確かなこと。それで言うと、弛んでいようがいまいが、人の体調は崩れる時にはそれはもうドシャリと崩れる。ましてやマユミは仮にも女の身だ。それでこの魔王軍団の猛者の中で戦い抜いている。心労というダメージも溜まりやすかろう」

「確かにフザけた部分も多々あるヤツだが、それでも普通の女と比べると超人的働きをしているとも言えよう。それくらいに、ここの猛者共に混じって活躍する術を持つということは、多くの一般人とかけ離れた才をも持っていることになる」うんうんと頷きながらトリヒコーヌが言った。

「ガガ……マユミ、ドジ。ダガ、ヨクヤッテイルホウダ」

 先日ダウングレードを済ませたピコットミコットもマユミに低すぎない評価を下した。


「そういう訳だ。今後しっかり働いてもらうためにも今はマユミをしっかり休ませる。残った我々で会議だ」

「ふふっ、魔王様は部下想いですね。良き軍団を統べるのはやはり良きボスということですかな?」ダークネス向井が問う。

「まぁな、クソつまらんクソアニメと部下をクソのように扱うクソが頭を張る会社が栄えた試しはない。クソとは無縁な我が魔王軍団は、どこまでもクリアに世界征服に打って出る」


 四天王は魔王のこの言葉を受け、野望を果たすその日まで全力で主に仕えようと決心を固めるのだった。



 そして所変わってマユミの自室。部屋の中には、本日体調不良による休暇を取ったマユミの姿が見られた。

 現在マユミは、広い魔王城の一室に住み込んで働いてる。魔王城に就職することで住宅面のサポートが十分に得られた。部屋は広くて綺麗。ユニットバスもついている。飯も上等なものが食え、生活に困難することはないのだった。


 体調不良といっても怪我や風邪のような医学的にどうにか出来る不調は見られない。問題は心にあった。ここの不調を治すにはそれなりの時間がいる。この場合だと、治療に当たるのは他者でなく、本人自らが行う方が効果的なこともある。今のマユミには、己で己の心のケアをする時間が必要だった。


「なんてこと!」


 マユミは実家から持ちこんだ卓袱台に肘をつき頭を抱える。


「まさか勇が勇者だったなんて」


 嘆きは口にした方がいくらか気分が和らぐ。口にしても意味はないと想いつつ、マユミは少しの安らぎのために一人言葉を吐く。



 悪の独壇場を世界のパワーバランスがいつまでも許しておくはずがない。だから、魔王ありし時、その対局には必ず勇者の姿あり。これが定説だ。

 私は任務として勇者捜査網を敷き、ここ数ヶ月はとにかく勇者の存在を探していた。こちらにとってのボスキャラは勇者なのだから、それにリサーチに入れるのはプロの仕事人として当然のことだ。


 勇者は魔王の誕生に合わせて現れると言われもするが、どのように出てくるのかはまるで分からない。今年産まれた赤ん坊のどれかがそうなのか、何らかのアイテムを手にすることで昨日までの凡人が今日からその力を得るのか、はたまた昨日まで一般人Aとして街でモブってた者が何の前ぶれもなく急に勇者として覚醒するのか、とにかくパターンが読めない。だからこそ、捜査網の網を細かくして調べていた。でもどうやっても網に捕まらない。それもそのはず。オチを見れば禁じ手だろうとも思える。この世界を一生探しても見つからない仕組みになっていたのだ。まさか次元を越えた向こうの世界にいたとは。どうりで見つからない、そしてどうりでこの私が反応するわけだ。あの勇が特別な力を持った勇者だった!


「ああああ!」

 マユミは床に横になると頭をかきむしる。


 だが、この運命の巡り合わせはなんて残酷!そしてロマンティック!

 互いに運命の糸を手繰り寄せた結果……昨日みたいに手と手を重ね、もう少し進んで指と指をこれでもかってくらいに絡め合わせる程私達は近づいた。そんな私達の関係性がこともあろうに、勇者と魔王軍の一員。なんじゃそりゃ、対局が過ぎる!

 これではまるで「ゴンザレスと幸子」のようじゃない。


 マユミが己の人生を例えて上げた作品「ゴンザレスと幸子」」とは、対立する二つの勢力それぞれに属する若い男女が惹かれ合うことで生まれる儚きラブロマンスを描いた傑作小説である。これは我々が暮らす地球にある文学でいうところの「ロミオとジュリエット」的なやつと思ってくれれば良い。どこの世界にもウィリアム・シェイクスピアのような素晴らしき才能があるものだ。



 どうする。どうするのだ私は。

 こんな胸を締め殺すような葛藤を抱いたまま良き仕事が出来る人間がいるはずがない。私はこの葛藤の中にあってはいけない。なんとしてもこの胸の痛みを振り切らなければといけない。それも極短い期間で、いや、それも今日よ!だって私は一流の仕事人、闇の美人秘書界のトップにいる女なのよ。


 どうしよう……皆があれほど探していた勇者がいた。それを知るのは私だけ。そして私は魔王の左右どちらかの腕のポジションにまで上り詰めた女。これは魔王様や四天王に告げるべきなのか……。

 いや待て。知ったことは事実。でもこの情報の仕入先は副業現場だ。副業とはいえど守秘義務がある。業務において得たことを関係のない本業現場で明かして良いものか。といっても、魔王軍に貢献するべく働くのが本業での私のモットー。ああ、矛盾しているようでそうもないようで……。

 ああ、なんてこと!こんな風にどっちの勢力にも関わって仕事することで苦悩する女がかつてこの世にあって?まぁあってもなくてもどうでもいいんだけど。とにかく私はどうするべき?。


 魔王様が勇の存在を知れば、その時には勇を討つだろう。勇だって、黙って討たれる訳がない。私達の間で争いが起きる。勇と私が……勇が私を巡って争うの?いや待て、そうであれば興奮するがちょっと違う。今は恋する乙女脳を封印して考えるのだ。人生を左右することだぞ。

 勇は私の立場から見ればやはり敵なのか。私は魔王ではないが、魔王が魔王たる悪行、つまりは世界征服を円滑に進めるための侵略作戦を企てる参謀の立場にもある。この世界の一般人達から見れば十分に私も悪だ。であれば、勇から見た私も討つべき悪となる。勇が私を討つというなら、私だって黙って我が身を捧げる訳にはいかない。いやしかし、勇が心底私を望むというなら、その時は大人しく我が身を捧げるのもやぶさかではない……いいや、ダメダメ!乙女脳が働いて思考を鈍らせている。今は封印よ!

 覚悟を決めるんだマユミ。あなたは即断即決の女だったはずよ!


 そんなことを思って二十秒後。


「ああ!出来ねえ~~~!!!」

 なんだか恥ずかしくもなり、マユミは両手で顔面を覆いながら床の上を転げ回る。


「ヤバい。いくら私でもこの大いなる迷いから一人の力で抜け出ることは困難かもしれない。よし、一人が駄目なら二人目の力を借りよう」

 

 マユミは魔王城より支給された古ぼけた携帯電話を取り出すと、困った時の我が心の駆け込み寺とも呼べる相手を飛び出すため、テレフォンナンバーをゆっくりと打ち込むのだった。

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