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第六十九話 touchから始まるミステリー

 放課後の生徒会室には談笑が響いていた。


「へえ、勇はバスケ部で活躍してたんだ。それで文化祭ではサッカーもやると。サッカーてのも面白いの?」

「どっちもそれぞれ良さがある。というかそっちの世界にはバスケがあってサッカーはないのかよ」


 マユミは勇との何気ない会話に心ときめかせていた。最近はこの少年と関わるのがどうにも楽しく、人生の質が上がったとさえ思えるのだった。


「マユミの本業の方は忙しいの?」

「いいえ、それが本業の方は決して忙しくはないのだけど、かと言って油断は出来ない感じ。事態が急に動くこともあるから、その時にはすぐ対応できるよう万全な構えでいないといけないの。ある程度の緊張感の維持は必要って感じかな」


 マユミの言う急な事態とは、勇者降臨を意味している。勇者無き今でこそ現場は暇な状態にあるが、勇者が来たとあれば全軍が気を引き締めて次なる仕事に取り掛からないといけない。魔王軍だって勇者を待っているのだ。


「へぇ、じゃあこんな学校行事の手伝いの現場なら、緊張も随分解れた状態で仕事に臨めるんじゃないか?」

「いや決してそんなことは……まぁ仮にもプロだし、報酬が発生する以上、相手が魔王だろうが学生だろうが、やることはしっかりやらないといけないわ」

「ははっ、何だよ魔王って。でもさすがプロだな」

 田舎の学校で行う文化祭の事務作業など、一流の闇の美人秘書のマユミにかかればお茶の子さいさいなことだった。そんなライトな仕事現場でも彼女がドキドキして緊張してしまう理由は勇にある。


「あ、これクラスメイトからの差し入れ。美味い饅頭なんだ。マユミも食べなよ」


 先日一世の家で法事があった。彼の家族はあまり甘いものを好まないので、一世が差し入れにと寄越したのだ。しかし、一世本人は和洋中問わず甘いものなら何でもイケる口である。そんな訳でまんじゅうの箱の中身は、一世によってかなり抜かれた状態になっていた。


「最初からかなりの数が抜かれているんだけどさ。この差し入れを持って来たヤツってのがまたフザけたやつでな。差し入れとして持って来たのに、目の前で外袋を破って中身の半分以上を自分で食べちゃったんだよ。で、残りは俺たち実行委員で分けるってわけ。まぁ少しでも貰えるならありがたいけど、わざわざ俺たちの前で食って行くのがおかしな話だよな」

「ふふっ、勇の友人にはユニークな人がたくさんいるのね」

「ユニークって言えば聞こえがいいけど、ちょっとその範疇を出た変なヤツもいるから困るよ。まぁ嫌いじゃないんだけど」

 ちょっぴり変わり者な幼馴染の話をする時の勇の顔はなんだかんだで優しい。マユミはそれに気づくと思わず微笑んでしまうのだった。

 勇はやはり優しい。口であれこれ言っても最後には愛の想いが見える。男としての評価は置いといて、まずは人間が良い。これまで多くの人間と仕事をしてきた彼女にはそこまでの事が読めていた。仕事には、意外にも人間性が自然と出るものだ。勇と仕事をする中で、マユミは勇の人間性を確かに感じ取っていた。


「マユミもここでの仕事の仲間だから。一つ食べなよ」


 勇は箱から饅頭を一つ取り出すと、マユミに渡そうと手を伸ばす。

 マユミの前には開かれた勇の手のひらが見える。その上には美味しそうな饅頭が乗っている。

 それを取るため、マユミの手は勇の手のひらに覆いかぶさるように近づく。

 指で饅頭を掴んだ時。マユミの中指の先が勇の手のひらにちょこんと当たった。ほんのわずか、体積にして数ミリの範囲だけの接触。これが二人の初めての接触だった。



 ああ、勇に触れている。ガッツリではなく、極めてちょっぴりしか触れていないけど、ここまで距離を詰めるとしっかり人肌の温もりを感じる。冷たく乾いた空気を掴む時とは違う。確かに血液の通う生命の温もりがここにある。

 近くに見えてどこまでも遠い世界にいる彼に触れる。そんないけないことを仕事が終わった後の布団の中で一体どれくらい考えたことでしょう。でも今私は、そんな虚しい妄想を破って本当に勇に触れた……ん、勇に?この私が?どこまでも干渉することが許されないはずの、それぞれ別世界に住む私達が?


「何ぃぃ!さわれる!」


 マユミは急に大きな声を出すと、饅頭を通り過ぎて勇の手首を掴む。そして次には饅頭のあった場所まで戻り、勇の手のひらを自分の指先で突き。次には指にも触れてみる。そして親指と人差し指で勇の中指の先を摘んでみる。


「う、嘘!確かに触れてる?ちょっと勇、なんで!」

「え?何が?どうしたっての?饅頭嫌いだったのか?」

「いや、好きだし!そうじゃなくて、あなたってば、ん?なんて……なんてスベスベした肌をしているの」

 マユミには沸き上がる疑問があったのだが、こうして夢にも見た男子との接触を受けると、そのワンダフルな肌質の虜となってしまうのだ。



 ふむふむ。結構体の大きな男の子だし、手も大きいし、ということでもっとゴツゴツしていると思ったら、意外にも柔らかい。そしてスベスベしている。私の手に伝わるのは溢れんばかりの若さ。やっぱり若いって素敵ね……


「て!そうじゃねえだろぅがっ!」とマユミは己にツッコミを入れる。

「え?何が?どうしたんだマユミ、落ち着けっての」


 マユミの脳内に溢れるのは、大きな謎と気になる男子の体への興味だった。その二つの要素を含んだ思考が前後ゴチャ混ぜになることで、人目には奇行に見えるアクションを取ることになってしまう。


「はぁはぁ……ふぅ」

「落ち着いたか?」

「ええ、落ち着いた所で質問よ。これは大いなる疑問、だからこの場で解決する」

 宵越しの謎はなるたけ持たない。可能な限りはその場で消す。そうすることによってその日気持ちよく眠れるのだ。これがマユミの生き様である。


「あなた、どうしてゲートを越えて私に触れることが出来るの?」

「え?ああ、そういえば……こんなこと出来たんだ俺」

「女神が言っていたわ。こちらの世界と勇達のいるそちらの世界とは、どこまで行っても没交渉だと。今回のようなことは、女神セピアの力により特例中の特例として行っていること。ただの人間が異世界ゲートを越えることは出来ないようになっているのよ。だって本来なら二つの世界は交わりあうはずのない関係性にあるのだから、それが出来る必要がないの」

 マユミは自分で言って悲しくなってきた。自分の知る正論は、自分と勇が関係することの不自然さを裏付けるものだったからだ。


「私の方から押しても引いても……て、引いたら当然か。とにかくホラ、私の方からだったら、いくら手を伸ばしても押しても、このゲートをすり抜けることは出来ない。なのに勇はなんで!あなたはそちらの世界の人間じゃないの?もしかして神か天使か何かなの?だったら納得出来るけど」

 そう、勇は私にとってある意味神々しい何かなの。人間以上の何かであるというのなら、どこからどこまでも納得出来るというもの。


「いや、俺は生まれも育ちも完全にこの世界の人間だよ」

「て、違うんかい!」

「え、何そのテンション。さっきから何なんだよ」


 さっきからマユミの言動が色々とおかしい。勇は軽く引いてしまうのである。


「じゃあどういうこと?あなた一体何者なの?とにかくこれが出来るってことは極めて特異な存在ってことよ」

「あっ!そういえば……」

 ここで勇は思い出す。女神に先んじてゲートを抜けこちらの世界にやってきたアイツのことだ。ゴライアスが勇にそれを教えた最初の人物だった。

「そういえばさぁ、なんか俺、勇者らしい」

「はぁ?」

「いや……勇者なんだって。ゴライアスっていうこちらの世界に来たもう一人の異世界人が言ってたんだ」

「ちょっと待って……勇者ってのはあの?あれよね、選ばれし勇ましき者で、伝説の剣なんか抜いて、そんで最後には悪の魔王を討つっていう、あの勇者?」

「うん、その勇者、で多分間違いないと思う」

「嘘!嘘嘘嘘うそぉぉ!勇が!勇者?あの勇者?魔王とは全くの正反対の勇者!」

 マユミは発狂まであと一歩に迫る勢いで精神を乱して声を荒げる。


「落ち着け!大丈夫だから落ち着けマユミ!」


 荒れる精神を凪へと変える優しい響き。勇の声にはそれがあった。


「ふぅ、ふぅ……はぁ、ごめんなさい。取り乱してしまって。はぁ、私らしくもない……では勇、聞きましょう。あなたの持つ大いなる謎について」

「いや、俺に大した謎なんてないんだけど……その前にさマユミ、この手を解こうよ。その、こういうのは学校での活動中には良くないだろう」

「へえ?」


 勇に言われてマユミは自分の手を見る。饅頭なんか全く無視して、マユミの5本の指は、勇の5本の指それぞれと絡み合っていた。いわゆる恋人繋ぎと呼ばれる互いの5本指をガッチリ絡めた形になっていた。


 これを視界に入れて1秒と絶たぬ間にマユミの顔は真っ赤になった。


「あああああぁあぁあ~~~~!!!!」


 奇声を発して手を離すと、マユミは逃走した。

 やがて異世界ゲートが閉じた。これにて今日の業務は強制終了である。


 ここで扉が開く。セピアが帰還した。


「ただいま勇。あれ、マユミは?サボり?勝手に自主早退とは、これはいけないわね」

 

 マユミの急な絶叫、からの逃走。勇にはそれらが謎だった。勇は呆然と立ち尽くすのだった。 

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