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第六十七話 闇の中の仲間達

 ドブジル城では今日も組織上層部メンバー、といっても結構ポンコツな面々が雁首を揃え、これといって意味のない会議を行っていた。


「おい、マユミ、マユミ!」

 マユミはポカンと口を開けて天上を見つめている。聴力は人並み、またはそれ以上のものを持つ健康優良な女なのだが、今だけは上司である魔王の声が耳に届かない。


「ふえぇえ?ええ、なんでしょうか魔王ドブジル様!」

「なんでしょうか、じゃないでしょうが!だから、このボイジャー砂丘に生息しているスライムの数はいくつかって事を聞いているんだ」

「ふぇ?そんなことを聞いてどうなされるので?」

「いや、どうにもしないけど、今は……。だが、こういう生息分布図を知っていれば、後々にはどうとでも出来るだろうが!」

 ドブジルの言い分は謎にして苦しい。実を言えば別に知る必要もない。でもなんとなくそれっぽい雰囲気を出すためだけに用意されたこの会議限定の問いを投げただけのことだった。魔王も大概暇である。


「おいおい、どうしたんだよ。マユミ、お前最近抜けてるぞ。元々ちょっとアレな感じもあったけどさ」

「なんですって!トカゲ男などに闇の美人秘書の苦悩が分かるはずがない!分かったようなことを言わないで」

「いや、しかしそんなトカゲ男にも目に見えて分かるダメっぷりだぞ。こないだ有給を取って以降、お前の仕事ぶりは明らかに駄目になっている。なぁピコットミコットVer.7」

 夢笛むてきザウルスは向いの席に腰掛けるピコットミコットVer.7に問いかけた。


「ピピ……タシカニ、タルンデオル。コシマワリのニクヅキ、フエテオル。キヲツケロ、チュウネンニハ、魔ガヒソンデオル」

「何を言うのよ、中年にはまだ早いわ!このセクハラ破廉恥でちょっと高性能なポンコツ!」

「ガガ……ホメルノカ、タタエルノカ、オンナナラヒトツニカケロ!」


「あれ?ていうか元々Ver.8じゃなかったっけ。で、こないだ9にアップグレードすると言って……で、今は7なの?」

「おいおい、だからそれは、Ver.8時代のピコットミコット人生最大の失敗である勘違いのダウングレードによって7に下がったってことをもう一週間も前に皆に話しただろう?やっぱりマユミはおかしいのではないか。元からその気はあったみたいだけど」

 天井に逆さまの格好でぶら下がったトリヒコーヌもまたマユミの腑抜けっぷりを指摘する。

「カタコト感が強まっているのはそのせいなのね。ダウングレードによって言語能力が落ちたみたい」


「まぁまぁ、落ち着けっての。マユミにも色々あるんだろう」そう言って魔王は部下共の小競り合いを鎮める。



 そう、この私には確かにとんでもない心の変化が起きた。いや、コレはもう革命ね。

 あのおかしな女神に呼ばれて出向いた先で出会った少年勇。彼が私のハートに津波を起こした。仕事を行うにあたって、私の心はまるで凪のように落ち着いていた。それを常とするのが流儀だった。その流儀が危ない。勇を見れば、思えば、凪いだ海が荒れるがごとく、私の心も激しく揺れる。心拍数が上がり、血液の温度が上昇する。

 現場では鉄のカーテンのように言われたこの私も、やはりその奥には絹のような柔らかき乙女心を秘めた正真正銘の女だったようだ。勇は私から女を引っ張り出す。業務中に最も掘り起こしてはいけないソレを意識的か無意識的にか彼はいとも簡単に発掘してしまう。恐ろしい子がいたものね。あれでもっと大人になると益々危険よ。



「おいマユミ!お前またボゥーとしているようで、その実頭の中では激しくけしからんことを考えているのではないか。スライムの話の続きはどうなった?」

「はっ!!しまった、脳内でポエムをまとめていた。ああ、スライムの調査ですね。ドブジル様、しばしお待ちを。データは以前にも確認済みですから」

 マユミは心のポエム集を閉じると、次にはスライムに関する書類をまとめたファイルを開く。

 

 同僚たちが騒がしく何か言い合う中、ダークネス向井は澄んだ様子で会議に臨んでいた。

「ふふっ、マユミの調子が変わったように、ダークネスの心中にもまた変化が見られた。丁度良い、皆が集まったここで報告しておこう。おい、お前達騒がずに聞けよ」

 魔王は自分に注目するよう四天王と闇の美人秘書に呼びかけた。


「新しい道ってのは、いつだって唐突に命の前に開くもの。闇の命である我が参謀ダークネス向井にもそれは開く」

 はて、魔王は何を言い出すのか。皆は不思議に思って魔王ドブジルに注目する。


「この度、ダークネスから辞表を預かった。つまり脱退、退職だ」

「なんと!!」

 魔王の突然の発表に驚いて夢笛ザウルスは席を立った。

「まだ席を立つでない!会議の途中だ!」

「はい、魔王様……てか、そもそも席についてないヤツもいるけど……」夢笛ザウルスは天井のトリヒコーヌを見て呟いた。


「魔王様、ダークネスが抜ければ四天王の座に一つ空きが生まれるではないですか。それにダークネス、貴様が率いる闇の紳士軍団の今後の指揮は誰が取る?」

 ダークネス向井に向け、天井からの問いかけが降りる。


「待て。欠員を埋める問題を考えるのはずっと先のことだ。今すぐ辞めるのではない。どの業界のプロにも共通する理念、それが目の前の仕事はしっかり片付ける。そうだろ?」

 ダークネスは皆に問いかける。確かにそうなので反論は一つも返ってこない。


「現在我々に共通しているミッション、それは魔王軍の世界征服だ。私がここを抜ける時はそれが叶った時。つまり、魔王ドブジルが世界を手中に収めたと生きとし生ける全てが理解した時だ」

 ダークネスは力強く組織の本懐を口にした。


「しかし、それでも闇の紳士軍団の今後のことは、お前も俺達も考えなければ……」

「ならば問おう夢笛ザウルスよ。船頭多くして船山に登る、という世の失敗を集約した古の言葉がある。これは一つの船に船長が幾人もあれば、チームとして統制が取れないために航海が失敗し、あろうことか海を出て山に行き着いたという間抜けな内容を言っている。では、一つの船に航海に長けたプロの船長一人のみが在籍して船を切り盛りしていれば、その航海はどうなると思う?」

「しっかり者が一人で舵を取ることで、揉事なく航海は海の上で無事終わり、山を目指すことはない」

「そうだ!その通りだ!我が闇の紳士軍団は、個人が一つの船団、皆が船長だ。現在の軍団の頭を欠いたからといって、オロオロしてすぐさまポンコツに成り下がるような鍛え方はしていない」

「……あれ?結局は船頭がめっちゃ多い軍団であるってことなのか?」

 夢笛ザウルスはイマイチしっかり納得出来ていない様子だった。


「まぁそういうわけだ。世界征服完了後にダークネスはここを旅立つと意見したのだ。ということは、魔王軍団を抜けるにあたっての鉄の掟を通って行くことになるわけだ」

 魔王は不気味な笑みを浮かべる。皆もそれに合わす。

「ですね魔王、ここも堅気の組織と呼ぶには闇が深すぎる。ただ辞めますで出ていける訳がねぇですよね」夢笛ザウルスもダークネスに不気味な笑顔を向ける。

「そうだ。掟は掟!我が軍団をただで抜けることは出来ない。ダークネス、ここを出ていく時には、鉄の掟たる激励会、つまりはカラオケにボーリングに何でもありの宴にとことんまで付き合ってもらう。良いな?」

「ええ、もちろんです魔王。同時にあなたの祝勝会にもなるわけだ。むしろ私がおまけってくらいでしょう」

 魔王を含め一同は微笑み合う。

 仲間の門出は暖かく見守って応援する。それがチームの魔王チームのモットーだった。


「へへっ、魔王様。こんなに楽しい掟なら鉄よりもっと脆い鉛の掟ですぜ。だが俺は鉛の方が好きだ。武器生成において応用が効くんだよな」

 夢笛ザウルスは愛用武器の斧をポンポンと叩いて言った。


 魔王城は今日も闇に覆われている。だが、その闇の中にあるチームは、ホワイト企業のように統制の取れた良きものだった。

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