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第六十五話 マユミの青春

 学園の明日がどちらに向くのかを決める舵取り役として、全校生徒の中より選出された数名で構成された軍団、それが生徒会である。これは学校と名のつくものであれば大半が内部に持っている組織の一つである。その例に漏れず、我らが主人公の勇並びに笑えるくらい愉快な仲間達が通う閃光帽蛇フラッシュコブラ高校にだってもちろん生徒会があった。

 そんな生徒会の拠点である生徒会室だが、文化祭準備期間のみは、文化祭実行委員会の事務所へと姿を変える。この期間であれば、普段ここに出入りすることのない生徒会以外の者もしばしば出入りするようになる。勇は普段ならまず来ることのない生徒会室に連日通うことになった。気づいたら文化祭実行員になっていた彼の期間限定の日課が今日も始まる。


 ガラッと音を立て、生徒会室の扉が開く。

 騒がしい昼休みならさほど気にならない教室扉の開閉音も、静かな放課後となれば事情が変わって大きな音に聞こえる。


 室内から聞こえるのは紙をめくる音。普段なら紙の音なんて全く気にならない、聞こえない。そんな勇の耳にも、室内にいる唯一人が扱う紙の音はしっかり届くのだった。


「あれ?セピアは?」

 先に教室を出たセピアが来ていない。

「いえ、今日はまだ姿を見かけていません」

「あの野郎。どこかで遊んでいるか、帰ったかだな……」

 セピアがいると思いきや彼女の姿はそこにない。彼女の八十倍仕事が出来る闇の美人秘書のみが部屋で作業をしていた。といっても、実際に部屋にいるのではなく、教室の黒板に開かれた異世界ゲート越しに彼女は仕事をしていた。


「なんかすまん。雇い主があんな状態なのに、一人仕事させて……」

「いいえ、こちらは業務で行っています。セピア様が何をしていようが、こちらはノルマを突破することに務めるのみです」

「闇の美人秘書は真面目なんだな。あの女神にも見習って欲しいぜ。俺も会計の仕事始めるか」

 勇は書類の横にあるノートパソコンを開く。書類も扱い、ノートパソコンでも作業を行う。器用なもので、勇は慣れた手付きでどんどん作業を進めていく。


 二人切りだ。初めての二人だけの時間である。作業中、しばし無言の時が流れる。


「……なぁ、そうしてゲート越しにしている仕事だし。わざわざこの時刻にここに姿を見せて行うこともないんじゃないか?」

 勇は不意に降りた疑問をすっと口にした。

「いいえ、規定ですから。決まった時間にこの場所に来て行うのです。決まっていることなので、勝手なことは出来ません」

「真面目だな闇の美人秘書……」

「ええ、まぁ……」


 また5秒くらい無言の時が流れる。


「あのさ、闇の美人……マユミ……さん?」

「へ?」 

 突然呼び方が変わったことに、闇の美人秘書マユミは敏感に反応した。


「いや……呼び方な。マユミさんとかの方がいいのかな?なかなか聞き慣れない、そして言い慣れそうもない特殊な肩書で呼ぶのに違和感がすごくて……これは変化が必要な気がするんだ」

「ええ、そうですか……では……マユミでお願いします。神名勇じんみょういさむ様」

「そっちもだよ。フルネームに様ってさぁ。そういうマナーで行くようになっているんだろうけど、仮にも一緒に仕事してる仲でそれは堅苦しい。ていうか、どんな仲でも様呼びはなんか変って言うか、嫌っていうか、気持ち悪いっていうか……」

「はぁ……」

「てなわけで、そっちも勇で良いよ」

「勇、様……」

「いや、様は外してくれっての。依頼人の心地良いように合わすことも必要じゃないかな?あ、あのバカ女神のことも様無し呼びでいいから」

「ええ、そういう指示でしたら。では、ゴホン」

 マユミにとって、男子を呼び捨てにするのは結構覚悟がいることだった。一度咳払いして気分を一新する。


「いさ、む……」

「そうそう、勇な!」

 勇はマユミに笑顔を向けた。


 これを受け、マユミは曇ってもないメガネを拭くポーズを取って勇から目線を逸らした。この時、というか少し前からマユミの心中は穏やかではなかった。



 ヤバいヤバい!年下の可愛い系男子の無邪気な笑顔とかマジ浄化するぅ!少々の毒気が売りな乙女の私の持ち味が殺されるぅ!

 女神協会とかいうマジで訳の分からない謎軍団からの依頼を受け、これまたマジで謎な世界で事務仕事をすることになったけど、まさかこんな若い子と一緒に作業することになるなんて予想外。

 普段は魔王とかポンコツロボとか鳥人間とかその他目つきの悪い化け物と仕事をしているから、この真逆の純な感じには……癒える。けど、本来あるべき私が保てなくなる。しかし、まともな男、それも何をどう見ても年下の男子に触れ合うとか、ちょっと久しぶり過ぎてどう出れば良いのか戸惑う。でも、この感じが新鮮で楽しくてときめく!


 仕事においてはクールでいないといけない。それがプロの、または闇の美人秘書としての流儀である。強きプロ思考と、上述した通りのキャッホーな乙女マインドが混ざりあった結果、今のマユミはちょっとファンタジックな心理状態にあるのだった。



 だがしかし、こんな若い子相手にファーストネームを呼ばれて何をドキマギしているのだ私は!

 たるんでいる、これはたるんでいるのではないか。私はプロなんだぞ。しっかりしろ……とか思いつつも、ドキドキする嬉しさがあった。親以外だと久しく聞かない呼び方。

 何よこの子、まだガキのくせして距離の詰め方が上手い。あんなに眩しい笑顔を向けるなんてどういうつもりなの?お姉さんを殺す気なの?

 こいつはおば様キラーね。いや、私はまだ全然若いのだけど。もっと年上のおばさま方にも危険なものを持っているってこと。危険だわ~。勇、めっちゃ危険な子だわ。



 闇の美人秘書は勇のことを激しく警戒するのだった。



「なぁ、マユミ、おいマユミってば」

「はぁ!なななななんでしょうか勇?」

「いや、さっきから同じ場所にずっとハンコ押して……それ駄目だろ?」

「はぁあ!!!」

 己にあるまじき冗談のようなミスを知りマユミは絶句する。なんと震える手で会計報告書に押す必要もない魔王印の印鑑を押しまくっていた。勇達の世界の仕事をするのに、魔王の印鑑など必要ない。


「あ、ああああ!コレは!私としたことが!」

「マユミ、最近仕事させすぎたかな?俺も来るのが遅れたり、もう一人のバカは何もなくてもサボるし。無理させてるならごめん。あとは俺がやるから、今日はもう上がっていいよ」


 優しい。目の前の少年はとんでもなく優しいのだ。

 本業として置かれた環境はブラックとは言わないものの、優しさや気遣いに乏しい場所ではあると思えた。そこへ来て自分を心配する一言。しかもちょっといいかもって思える年下男子からの言葉。これにマユミの心は暴れだし、抑え込むのが困難な状態に突入する。


「あああああ!い、い、勇の年上キラ~!!」

 その一言を残し、闇の美人秘書はモニタから姿を消した。


「……え?何だって?」

 何だかよく分からない。自分が何をして相手がああなったのか、勇には何も分からなかった。


 ここでガラっと音を立てて扉が開く。


「やっほー勇ぅ~、元気ぃ?肉まん買ってきたよ」

 女神は肉まんを食いながら間抜け面を見せた。


「テメェな、肉まんなんて食ってないで仕事しろや!」

「まぁまぁ、これ食べて落ち着いて。それからまたやろうよ」

「まぁ、腹へったしな、サンキュ」

 勇はコンビニの袋を受け取り、白くてふんわりした生地に齧りついた。


「セピアお前、これあんまんじゃねぇかよ!」

「え?なんか問題ある?」

「いや、まぁ問題無く美味いけども……そうじゃなくてさ……もぐもぐ、うっま!」

「なんだ、良かったんじゃん!」


 勇は肉まんもあんまんもイケる口だった。

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