第六十三話 球を追う日々
アメリカにいた頃にはサッカーをしていた。野球でもバスケでもなく、俺が最初に触れたチームで行う球技はサッカーだった。
体力にもテクニックにもそれなりに自信があった。自信が確信へと変わるだけの実績もチーム在籍時にはどんどん上げていった。でも、それだけ実績を上げても、選手として大成するのかと言えば必ずしもそうとは言えない。俺はそこのところの事情を知っている。
「ゴン」
サッカーチムキャプテンのアレクが俺を呼ぶ。
アレクはアメリカ時代に出来た最初期の仲間だ。とても明るく根は真面目、チームの中心人物であり、皆をよく見るだけの広い視界と敏感な感覚を持っていた。間違いなく良いヤツだから、皆がアレクのことを好きだった。
そんなアレクの今日の表情ときたらどうだ、この青空とは正反対に曇ってやがる。太陽のように明るいアレクの笑顔を曇らせた原因は俺にあった。
「言いづらい。しかし、言わないわけにはいかないことがある」
アレクを楽にさせたい。だから俺は傾聴の意志を示す。
サッカーとはチームで行うもの、ゲームにおいてはフィールドに出ている十一人で行うものだ。こんなバカでも知っていることを、他でもないサッカーチームメンバーの俺に向けてアレクは言った。これが意味することは……この後をしっかり聞くまで分からないことだった。
スタンドプレーはチーム力を殺す。一文でまとめるとアレクの言いたいことはコレだった。そしてそこから導き出されること。それは残酷ながらも単純なことだった。
「チームを辞めてもらいたい……チームの総意だ」
アレクの唇は震えていた。
「ゴンの実力は皆知っている。俺は……反対した。しかし、調和が重視される。俺個人の意見としてはこの判断は許せない。だが、チーム全体の意見としてはその逆になる。分かってくれ」
俺は物分りが良い。ちょっぴりおバカで知らないことが多々あるのも本当のことだが、知っていること、または知らないけどちょっと考えれば分かることなら、しっかり理解してみせることが可能だ。この問題は簡単なことだった。一人でサッカーをするなら俺は強い。だが、十一人チームでするならお話にならないってことだった。
俺はアレクが最後まで覆したかったアレクが頭を張るチームの総意に従った。これから脱退する俺だが、脱退しない間は俺もこのチームの一員なのだ。この総意というのは、現チームメンバーの俺をも含めたことだった。俺は皆の意見を尊重した。サッカーは好きだし、仲間達のことも良いヤツだから好きで全く嫌いではなかった。そんな良いヤツらを困らせたことには素直に悪いと思う。
こうして俺は、初めて得たコミュニティーを抜けた。
そして日本に来た。
国土の広さの差については知らないが、とりあえず前に住んでいた街と今とを比べると、今の方が圧倒的に田舎で地味だ。人間と建物が少ない。代わりに緑が多い。なんだか窮屈な所だと感じた。それも最初のことだけだったけどな。
中学一年目の体育の授業で、隣のクラスの知らない男子とチームを組んでサッカーをすることになった。形を見れば過去にチーム追放を食らった身の俺だが、それでサッカーが出来ないトラウマになるということはなかった。アメリカのチームにいた想い出は良いものだと思っている。こういう変わった最後もあるってだけのことで、後は楽しかった。
俺は久しぶりのサッカーを思い切り楽しんだ。俺は足が早い。球を蹴れば足の力も強いと自分で分かる。同級生達が俺について行けないことが実感出来た。
鋭いパスを出してしまった。でもアレクなら取れる。向こうではアレクだけが俺のパスに合わせて動けた。
しまった。この窮屈な地にアレクはいない。俺は久しぶりに人数を集めて行うサッカーを前にウキウキしすぎて諸々の加減が出来なくなっていた。
そこでびっくりした。同級生達の群れを抜けてボールに迫る俊敏なシルエットがあった。そいつは遂に俺のパスボールをアレク同様に処理した。まず足が早い。そしてこのコースを読む感度の良さだ。自分で蹴っておきながら、かなり無理な位置にパスを出したと思う。あれを取れってのも乱暴な話だ。でも追いついて取っている。
「おい!いくぞ!」
そいつはすぐにボールを俺に返す。
華麗にワンツーを決め、そこから俺はゴール目掛けてシュートを放つ。無事ゴールイン。
「ナイス!と言えるのは俺が取ったからだ。かなり乱暴なパスだったな。まぁ次も頑張ろうぜ」
そいつはかなり後方から上がってきていたので、俺に言葉をかけると本来のポジンションに駆けって戻った。
俺は向こうのゴールキーパーに尋ねた。あれはどこのどいつなのかと。
「ああ、神名勇だよ。変わった名前だろ?」
勇……うん?あっ確かこないだ海辺で会った奴も同じ名前……ああ、アイツか、俺からタコを受け取ったアイツなのか!
俺はここで初めてしっかりと勇の顔と名前を覚えた。これ以降忘れたことはない。
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「は?パスが通らない?そんなすごいこと出来んのかお前。だったら俺が受け止めてやるから、とりあえず好きにやれよ」
勇と友達になった後、そんなことを言われた。
中学時代、勇とは授業中、休み時間を含めてよくサッカーをした。そこに、女だけど男に引けを取らない程良く動けるみっちゃん、オタクのくせによく動ける一世も仲間に加わった。俺達の日課になった。
「サッカーもいいけど、俺バスケがしたいんだ。権之内、お前も来いよ」
中学時代には部活には入らなかった。アメリカでのこともあり、チーム入りをしばらく遠慮したい気持ちがあった。でも高校に上がった時に勇が誘ってくれた。
「サッカーのフィールドは広い。暴れん坊のお前の管理も大変だ。バスケはもうちょっと狭めだから、それなら俺がお前のことを何とかしてやれる。そんだけなんでも出来る力があるんだ。バスケだってすぐにものになるって」
勇は笑顔で言った。
俺はこの男に着いて行こうと思った。




