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第六十二話 餅は餅屋、米は米屋 side B

 この世のどこにもありもしない世界を舞台に、いもしない人間がさもそこにいるかのように見せる一流技術。それが演劇である。こんなことが一朝一夕で出来る人間などいない。だからきたる本番に向け、役者は魂が擦り切れるほどの稽古を行うのだ。そうすることにより、やっとありもしないどこぞの人間の魂を己の肉体に取り込むことが可能になる。

 一つの体に複数の人格を取り込んで操るのが「役者」と呼ばれるプロ職人だ。これは見方によればまるで奇術、魔術の類にも数得られる特殊な能力だと言えよう。これを極めた者が舞台スターと呼ばれるようになるのだ。

 はっきり言っておこう。役者を舐めるな。これは大いなる芸術である。


 そんなすごい事に今回挑戦するのが、ズブの素人集団である。彼らは素人なりに1mmでもプロに近づき、何とか見れるものを文化祭までに仕上げるべく稽古に励むのだった。


「集まった諸君に問おう!」

 集まった諸君を前にゴライアスが偉そうに口を開いた。

「これから我々は、舞台劇という大いなる偉業に挑戦するわけだ。そこで知っておきたい。現段階で既に演劇に関して何かしらの経験がある者はいるかい?」

 集まった者達は皆顔を見合わせる。経験のある者がいるのかどうか、それは彼らも知らないことゆえ、互いに顔を見合わせて経験の有無を確認しているようだ。手を挙げる、口を開くことで経験者アピールする者はなかった。

 

 ここで口を開いたのが前田一世その人だった。

「この俺は役者でもなければプロデューサーでもない。出役も裏方も経験のない俺だが、物心ついたその瞬間から今朝まで、日々アニメ、実写問わずとにかくテレビで芝居を見まくってきた……」

 昔語りを含めたウザい調子で謎の喋りを始める変な奴がいると思いつつも、一同は一世の話に耳を傾ける。止めに入るのも面倒だし、とりあえず気の済むまで放っておくことしようというのが皆の暗黙の了解だった。

「これだけ多くの芝居を見てきたからには、俺はもう素人の領域にはいないものだと思っている。行き過ぎた謙遜はもはや嘘になる。自身を素人と呼ぶには、俺は芝居の多くを知りすぎた。たくさん知っているのに素人ぶっていたら、素人ぶった嘘つき経験者じゃんってことになるだろ。だから、そんな俺はプロではないが、素人の領域をとっくに脱っした何か、ということでよろしく!」

「OK、分かった。君はズブの素人だ」

 ゴライアスは、長々と芝居に対する自分の立場を語った一世の言葉を一蹴した。


「いいか皆。僕はちょっと前まで余所者だった新入りだ。だが、クラスの一員になったからには、惜しみなくクラスに貢献したいと思う。そこで、ズブの素人集団をなんとかすることが可能な力を持った講師を呼ぶことに成功した」

「いや、俺はズブの素人じゃないって……」

 途中で一世が何か言うのを遮ってゴライアスは皆に説明を続ける。

「とにかく皆安心してくれ!餅は餅屋、米は米屋。だったら芝居は役者に任せれば良い。プロの言葉をありがたく聞くことで個々の技術を底上げしてくれることを願う」

「あれ、餅も元は米だから、どっちを作るも米屋の仕事なのか?じゃあ餅屋って何だ?」と一世は餅屋と米屋のあり方を思うと混乱するのだった。


「では、講師の登場だ。拍手を忘れないでくれ。プロは歓待の有無によってモチベーションに差が出るデリケートな存在なんだ。そこのところお忘れなく」

 

 放課後の教室の何も書かれていない黒板に異世界ゲートが開かれた。真っ黒だった空間に徐々に人影が浮かび、後にはっきりと輪郭が見えるようになる。

 皆はしっかりと拍手でその人物を迎え入れる。


「どうも、ゴライアス様の依頼により、ズブの素人の皆さんを指導するべく参上しました元役者のダークネス向井です。モニタ越しではありますが、プロの知識を持ってしてしっかりサポートさせて頂きます。以後よろしくお願いします」

 なんとあのダークネス向井だった。彼はかつて双子の兄弟と共に子役として活躍し、一時は有名になった元プロである。現在は役者業は引退しているが、引退したからといって簡単にその知識や腕が劣化するものではない。魂に付随して芽吹くのが「演じる」という技能である。魂ある限り役者魂は消滅しないのだ。


(し、知らねぇ~)

 一世がそう思うのも無理はない。ダークネス向井は地球の人間ではなく異世界の人間なのだ。ゴライアスやセピアが来るまで、芸能の世界も含め二つの世界はとことんまでに没交渉だった。あちらの世界のタレントをこちらの世界の一世が知っているはずがないのだ。

 だが、次元を違えても役者の魂のあり方に差異はない。向こうでプロなら、こちらでもプロで食っていけるだけの力は当然にしてある。ダークネス向井の極めし役者道になら完全なる信頼を寄せることが出来る。そうまで言えるしっかりした調査の下でゴライアスが依頼した人物なのだから大丈夫。


 素人の学生軍団は、半月と少々の間、ダークネス向井指導の下で猛特訓するのだった。

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