第六十話 祭りの前の凪の時
今日は休日。休日でも勇の部屋は賑やかだ。
「あぁ~結局謎のサッカー企画と舞台劇の二部構成でクラスの出し物が通ってしまった。先生もバカ共に自由にやらせすぎて待ったをかけないからな」
勇は波乱の文化祭が待っていると思うと今から疲れるのだった。
「まぁまぁ、そんなバカ共の反乱をなんとかまとめることが出来るのはコイツしかいない!と皆が信じて決めた実行委員がお前じゃないか。俺も勇の補佐役ならいくらでも買って出るぜ」
寝転んで漫画を読みながら一世が言った。
「補佐ってのはどこの誰でも出来るものじゃないんだよ。そういうのは補佐役に足る人間になってから言ってくれよ」
「ははっ、まぁ気楽にやろうぜ。こんなのは青春の宴なんだから、そう気を張るもんでもないさ。皆お前を信じてるから安心してやりなよ。中でも俺が一番お前を信じている。この俺の寄せる信頼の評価を信じてくれよ」
「そのお前が信頼するに足りない人物なんだよ。そうかぁ、そういやマジでいつの間にか流れのままに実行委員にされてたんだよな。しかも相棒があのバカ女神だし」
「レア体験だぞ。異世界から来た女神様とコンビで青春の一仕事が出来るんだから」
「お前、ほんと他人事だよな。ゴライアスから聞くところによると、あの女神は肉体労働はもちろん、事務的作業はもっと駄目っていう困った前評判を取っているんだよ」
「そこは勇がどうリードするかだな。リーダーを張る人間のリーダー性の有無によって、チーム全体の出来は変わる。ウチの親がそう言ってたぜ」
「そうか。お前はそんなのだけど、親はまともだもんな。まぁ記憶しとくよ、その教え」
前田家の親は、大変出来た人間であるという評価を社会的に得ている。親がしっかりしすぎていると、遺伝子が反乱を起してのことか、一世のような変わった息子が出来ることもあったりするらしい。
「おっ!いいな、このシーン!」
一世は読んでいた漫画におすすめシーンを発見した。
「家がお隣さんの男女幼馴染が、互いの部屋の窓から糸電話をピンと張ってお話する。これにはドッキドキの青春を感じるぜ。丁度勇の部屋とみっちゃんの部屋の感じがコレだな。よし、ちょっとこの漫画の通り青春をエンジョイしてみるか」
一世は押入れを開けると、中身をゴソゴソ漁り始めた。
「おい、何やってんだ。人んちの押入れの中で」
「ふふっ、その人んちの押し入れをシェアする男がここにいる。お、あったあった」
一世が押し入れの中から取り出したのは糸電話だった。
「なんでそんなものがあるんだ?」
「ふふっ、春くらいに暇すぎるからってことでゴンと作って遊んだんだよな。捨てるのは勿体ない、かと言ってわざわざ持って帰るには価値が足らない。そこで、いつか出番が来ると思い、ここで眠ってもらうことにしたんだ。そして今再び出番を迎えて目覚める時が来たってわけだ」
「お前って、自由な奴だよな」
「ありがとう!」
一世は窓を開けると通話相手を呼び出す。
「ヘイ、ギャ~ル!ヘイギャル~!!カモンギャ~ル!」
「何だよそのウザいアメリカンテンションでの呼び出しは?」
「特に理由はないが、どうせならファンキーに呼び出した方が楽しくないか?」
「分からない理屈だ……」
そしてギャルは応答した。向いの窓が開く。
「ギャルだけど何?うるさいんだけど」
「ヘイギャ~ル!お話しようぜ!」
一世は向いの窓に受話器もとい紙コップを投げた。ギャルはそれをキャッチする。
「ヘイヘイ!聞こえるか!俺の声が聞こえるか?」
2秒後、声ではなく紙コップが帰ってきた。
「ヘブシっ!」
妙な声を上げて一世は頭から床に崩れ落ちた。
乙女の強肩から放たれた紙コップは、一世のおでこに円形の跡を残した。
そして向いの窓は閉まった。
「ヘヘッ、みっちゃんてばシャイだな。後で携帯から電話するか」
「一世、何か用があったのか?」
「いや何も。ただ、この漫画みたく窓越しに糸電話を楽しみたかっただけだ。思春期の衝動ってやつだよ。お前も知っていると思うが、これらには大体理由がないんだ」
「お前の脳内構造って、どっかの学会のネタに出来るくらいぶっ飛んだものだよな」
「まぁな。いつの世も天才と変人は紙一重だからな」
「で、紙一重の差でお前は天才を逃したと」
「へへっ、こうして勇と日々楽しく青春を送れるなら、変人でも天才でもなんでもいいさ」
幼い頃からの付き合いではあるが、一世が何を考えているのかは未だにはっきりと読めない。でも勇はそれで良いと思っている。これを理解しようとするのが、おこがましく、無意味なことだと考えていた。
「権之内はどこに行ったんだ?」
「ああ、この休みを利用してサッカーを研究すると言ってた。どこかそこらへんの学校のサッカー活動でも見に行って、辻斬りのごとく合図無しに乱入して勝負するみたいな謎のことを言ってたよ。あいつってばとにかく元気で、わけの分かんないことにばっか体力を使っているよな」
「わけの分からないってのはお前も一緒だけどな」
「演劇の方はどうなってるんだ?」
「まずはみっちゃんがプロットを作る。それを文学に理解あるこの俺が脚本に起こすっていう安心のゴールデンコンビによる流れが組まれている」
「いや……みっちゃん考案、一世がそれをいじるって……安心どころか色々危なくないか?」
「ふふっ、客が舞台に求めるのがその危なさだ。予定調和の安心感も悪くない。だが、わざわざ舞台に足を運ぶ連中ってのは、現実を離れた幻想こそを真に求めている。現実を激しく脱した虚構の世界ってのは蜜の味なのさ。それを作るなら俺達が適任だ。お前は安心してこの漫画を読んで待ってろ」
「いや、文学に理解ある者が読むのがコレか?」
一世が手渡したのは、異世界ファンタジーと幼馴染男女のラブを絡めた超ヒット作『同級生は異世界ヒロインだけど俺が愛してさえいればオールOK!』だった。
「それが新時代の文学だ。漱石も康成も太宰も一通り読んだ俺がたどり着いた最新の文学がそれだ。まぁ読めっ!」
付き合いが良く、友人への理解力もある勇は、手渡された漫画をとりあえずチェックするのだった。




