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第六話 マイナスから始まるプラスの未来もきっとある

「なんてこった!ありえん!」

 ゴライアスは勢いよく机に両拳を降ろした。


「勇者だぞ!異世界だぞ!チートだぞ!即刻ハーレムも待ってるんだぞ!それなのにどうして彼は反応を示さないんだ!あれで高校生の男子なのか!男子たるそれがちゃんとついているのか!そう男子たるそれがきっちり収まるべきあそこに!つまりは……」

「ちょっと熱くなりすぎだよゴライアス」

ゴライアスが息巻くのを遮りながら、その女性はゴライアスの頬をつねった。


「あいたたっ!痛いよ、なにをするんだいセピア」

 机を挟んで向こう側にいるのは女神セピアである。


「文句を言いたいのはこっちよ。あなたが約束の時間に勇者をこっちに寄越さないから、こっちは仕事にならないじゃない?」

「ああそうか、僕らが一生懸命探して来た勇者をあれこれと偉そうな文言でリードし、安易に人気を得るいやらしい役割が君の生業だったね」と言ってゴライアスは女神稼業をディスるのだった。


「ちょっと止めてよねその言い方!」

今度はセピアの方が机にドカンと手を置いた。


「こっちはこっちで大変なのよ。人間の、特に男はこういうのが好みってことで変に露出度高めの衣装を着せられるし、これから死地へと赴く者を鼓舞するっていう神経を使う心理戦だって私達の仕事なのよ」

「な~に言ってんだか、そんなひらひらした服、それから羽をつけてベラベラ喋ってれば男共は簡単に元気になるんだろう?」

「あなたね、全ての女神への侮辱にあたるそんな軽口はとっとと封をしたほうがいいわよ」

 

 ゴライアスは勇者を選んで連れてくるのが仕事であり、その次に勇者を世話するのは異世界へ繋がるゲート内のナビ役となる女神である。勇者を派遣する者と女神の間では、まめに連絡が取られている。他職種間ではあるものの、勇者を気持ち良く旅に送り出すには必要な連携なのである。そんなわけでゴライアスとセピアの間でもあれこれと申し送りがあったりなかったりするのだ。


「しかし困ったね。こんな飲み屋に来て君に愚痴を言うなんて未来があるのは良いことではない」

「そうね。しかも私のおごりなんだから」

「おいおい、貸しにするって話だろ。ちゃんと返すよ。給料はもらってるんだから。ただ、寄る予定ではなかったから財布がなかったんだ。本当なら今頃は異世界に来た勇者を見守ってたはずなんだから」


 ここは天界御用達の飲み屋である。二人共ここの常連なので、仕事の話を含んだ愚痴の言い合いをしに来ていた。


「お~い、マスターいつもの」

ゴライアスは呑気に店員に話しかけた。


「はい。と言いますと?」

「おいおい小ボケをかましてくれるなよ。この店にきて飲めるものなんて『女神の呼び水』くらいしかないだろう?」

「ふふふ、ゴライアス様の好物でしたね」

 マスターはほくそ笑むとオーダーの対応を始めた。


 酒のおかわりが来ると、ゴライアスはまた喋りだす。


「しかしどう想うよセピア。神名勇じんみょういさむが大人しくこちらの呼び出しに応じないことについて」

「そうね、まぁ異例ではあるわよね。こういうのに選ばれる人間は、勇敢で正義感の強い者。こちらの世界の不都合を思えば、きっと助けに来てくれるものだと思っていたからね」

「そうなんだよ。彼は全くエゴで横暴だ。自分が動かないと大勢がトウモロコシに苦しめられてあの世に行くんだよ」

「は?トウモロコシ?」

 セピアはトウモロコシが日本で使われている植物の名称だと知らない。


「まぁ、聞いてくれよ。いいか、多感な時期にある少年が勇者として異世界に行きたがらないってことがそもそもおかしい。僕は地球の、それも日本のことについてたくさん勉強したんだ。日本にはラノベっていうのがあって、現在神名勇が置かれたのと同じ状況にある主人公が登場し、異世界で戦って強く格好良い勇者になる。ついでに女の子にモテまくる。現実の日本のどこを探してもないこの世界観に、多くの日本人が酔いしれる。羨ましがって夢見るんだ。それも小さい子供から、そろそろこんな夢物語を楽しむのが恥ずかしいってくらい大きな大人までがこの手の作品を楽しんでいる。異世界に行って冒険することは、日本では多くの人間の夢、そしてメディアにおいては稼ぎを産む一つの柱ともなる流行のジャンルなんだ。こんな夢物語が経済を支える一部にもなっているんだよ」

「なに?あなた軽く私達の生きる世界のことディスってない?」

 酒が入ったためゴライアスのテンションがややおかしい。


「ヤツがこちらに来ないのなら、こちらもやや強引な手を打つことを考えるべきかもしれない……」

「ちょっとあなた何する気?確かに勇者の召喚が上手くいかないとあなたの査定にも関わるんでしょうけど、滅多なことすると何もしない以上に身の破滅を招くことになるわよ」

「ふふっ、地球からこちらに来るルートってのにはいくつかお約束がある。今回みたくこちらから優しく招くのもあるけど、他には『転生』っていう人気のジャンルもある」

「え、転生?だって神名勇は生きているじゃない?」

「そうだ。転がる生と書いて転生。転がって起きると次の命だ。次の命の誕生を何も地球で迎えることもないだろう」

「ゴライアス、相当悪い顔になってるよ……」

「地球のことをたくさん勉強した中でこういう言葉を学んだ。『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』」

「……ホトトギスって何?」

「さぁ?それは分からない。ただ、何ともならない状態を前にしたら、とりあえず殺すことで新たな何かが生まれるっていう乱暴だけど前向きな教訓なんじゃないかなと僕は理解している」

「地球って結構殺伐とした星なのね……」


 セピアはそんな星から来る勇者との対面にやや臆するのであった。 

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