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第五十九話 私にはズボンを、君にはスカートを

 男の子の成長はあっという間だ。私は女だけど、いつも隣には仲の良い男の子がいて、その彼と一緒に大きくなって来たからその都合を知っている。

 保育園の時なら覚えていないけど、小学校低学年の頃くらいなら彼の方が私よりも背が高かった。高学年に上がった頃から、私の背がぐーんと伸びた。人生のごく僅かな間だけ、私は彼よりも身長が高かった時期があり、彼を見下ろすことが出来た。

 記憶もはっきりした頃に見た男の子を見下ろす景色というのは、新鮮なものに思えた。だから今でも私の方が目線が高かったほんの僅かな時期のことを覚えている。今では少し彼を見上げるようになっている。

 どちらの景色も私には悪くないものに思えた。丸っこく可愛らしい彼の頭、その真中にある渦巻がつむじだ。それを見ると面白いと思えた。あの時にはなんとなく渦の真中を上から指で突いたりしたものだ。見上げるようになる頃には、彼の輪郭を前とは違った角度から捉えることが出来るようになった。私に上目遣いで来る内には可愛らしい男の子だとも思えたが、大きくなって私が見上げるようになると、これはこれで整った綺麗な顔だと思えた。

 成長する過程で男女の目線は上下が逆転してしっかり合わないことがあったり、またぴったし合う時期もあるものだ。私達は、短いスパンで移り変わる互いの目線の変化を知っている。記憶している。それも大事な想い出の一つだったから。


 これから思い出すことは、中学1年生の冬に起きたことだ。


 中学に入学してから2年生になるまでの一年間で、彼の身長は10センチ程伸びた。もやしのように日々大きくなるので驚いたものだ。

 入学式の時にはピッタシだった制服のサイズが、10センチも大きくなれば全然合わなくなる。上着を見れば袖が足りない。ズボンを見れば裾が足りない。布が足りてなくて、腕先、足先の肌が不自然に覗くのがちょっと面白かった。

 彼の親の方針で、身長が伸び切って成長が落ち着くまでは、制服を新調しないということになっていた。彼は布が足りない不格好と共に、自分の成長を気にしていた。この頃から顔つきもしっかりしてきたことを記憶している。


 そんな感じで彼の速すぎる成長が制服姿の見栄えの良さをどんどん損なう時期にあった冬、私は急に彼の地球周りが見たいと思ったのだ。あっ、地球周りというのは、鉄棒の技の一つであり、難易度で言うと高寄りの中といったところの技だ。彼は球技もマット運動も得意だったが、中でも鉄棒は達人クラスだった。あくまで素人目線で判断した話だが。

 成長期真っ只中の男子の地球周りが急に見たいなんてことがあるのか?そんなことを思う人がいるかもしれない。だが、幼馴染の男の子の地球周りを急に見たくなることが、幼馴染の女の子にはあるものなのだ。幼馴染を長くやっている私の経験から、コレは確かに沸き起こる衝動であり、欲求でもあると言える。

 とにかく見たくなった私は、その日の昼休み、彼に地球周りを見せてくれとお願いした。幼馴染のお願いなら無碍には出来ない。それが幼馴染同士ならでは付き合いのあり方だ。

 からっ風が吹く中、彼は運動場の鉄棒で技を見せてくれた。ちなみにその時、同級生のゴンちゃんは大車輪でブンブン回っていた。これは後に先生から禁止された。危ないからだ。


 地球周りは大成功だ。良かった。良いものが見れた。私は満足だった。

 後は彼が着地するのを待って、5時間目の準備に入ろう。そう思っていた時だ。


「ビリッ!」

 布の裂ける音がした。

 

 音の出処はすぐに分かった。彼のお尻からだ。

 彼の制服ズボンの後ろを見ると、お尻の割れ目に沿って縦にスッパリ裂けている。普通にパンツも見えている。


 どうなっているのか分からないといった感じで、彼は腰を捻って自分の尻を見ている。

 私は屈んで彼のお尻を見た。これは酷い裂けっぷりだ。修復はもう無理だな。

 三秒くらい見ていた。その後私は、なぜそんなことをしたのか理屈で説明できない珍行動に出た。破壊衝動の一種だったのだろう。

 中途半端に裂けていたと思えた。もう少し下まで裂けば、完全に尻部分の縫い目が下まで降りて、又の部分まで穴が開いた形になる。ここまで来ると、逆にそうなるのが自然と思えた。

 私はズボンの穴に手を入れ、内側から生地を掴むと、腕を思い切り下に降ろした。ハンケツが全ケツになった。


「何するんだよ!」

 彼は顔を赤くして言った。


 あれ、なんだろうこの感じ。半端な壊れ方をした物をすっぱり全部壊したこの感じ、そして目の前の彼に見えるこの反応……あれ、なんか、全く悪くない気分。むしろちょっと良い。

 この時の私はちょっぴりおかしく、しっかり本能で行動していた。


 ズボンは駄目になってしまった。とどめを刺したのは私だが、私が手を加える前からでも十分に終わっていた。

 パンツ丸出しで昼の授業を送る訳にはいかない。彼の下半身を包む布を用意せねば。地球周りをさせたのは私だし、ズボンにとどめを刺したのもやはり私なのだから、そこは責任を持って助けてあげないと。これが支え合う幼馴染の関係性だ。


「なんだよコレ!」

 そう言って教室にいる彼が掴んだのは、女子の制服のスカートだった。


 保健室には女子の制服スカートの着替えが置かれていた。私はそれを穿き、彼には私のを渡した。

 あれ?今思えば、なんで二つある内の自分の穿いている方を差し出したのだろう。保健室のを彼に渡しても同じじゃないか。まぁ当時の私はまだ幼かったので、そこらへんの都合を考える余裕が無かったのだろう。


 自分のズボンが帰宅するまでの間に裂けると思って着替えを持ち歩く用意周到さは彼にも、他の男子にもなかった。その日はどのクラスも体育が無かったので、体操ズボンを他所から借りることも出来なかった。授業は直ぐにも始まる。もうスカートを穿くしかない。彼は私のスカートに足を通すと、昼の授業に出来る限り集中した。


 ホームルームの時間になった。これが終われば帰ることが出来る。そこで担任の先生が気づく。

「お前、なんでスカート穿いているんだ」

 当然の問いだろう。


 彼は事情を話す。


「え、男子の制服だって一つくらいならストックがあるって。保健室ちゃんと見たのか?」


 彼は保健室には行ってない。行ったのは私だから。私は女子だから、女子の制服の着替え場所しか知らず、そこしか見ていなかった。


 先生がそんなことを言うので、すぐに保健室を見てみると、引き出しの他の段に男子のズボンの着替えが入っていた。これは知らなかった。保健室は女子だけのお助け施設ではなかったのだ。


 ズボンを発見すると私は教室に帰った。


「おい、なんで穿いてんだよ」

 彼が私の下半身を指さして言う。


 せっかくなのでこちらを穿いて帰ることにした。男子の制服ズボンを穿けるなんて珍しい体験だ。幼馴染同士、今日は二人して珍しい思いをして帰ろう。


「ふざけるな!脱げよ!」

 

 私の提案は彼から猛反対された。


 彼はまずスカートを脱ぐ、次に私のズボンに手をかけると、力を思い切り下に向けてずらしにかかった。

 男子のズボンを穿いていても、その下にあるのは乙女の衣に違いない。女子の私は、瞬発的にズボンを押さえ、彼の力に抗う。


「ズボンをよこせ!」


 静止をかける暇もない。力比べをするしかない。


「おい!お前、何してるんだ!」

 忘れ物をした担任がホームルーム後しばらくして教室に帰ってきた。


「コラ、女子の服を脱がすとは何事だ!」

「違います。むしろこっちを着せようと思って」

 彼はさっきまで穿いていた私のスカートを指さす。


「何を言っとる。いいから来い。要注意案件だ」

 彼はパンツ姿のまま先生に手を引かれ、教室から退場した。


 私は床に転がるスカートを持って後を追いかける。

 とりあえず彼に渡す。彼はスカートで前を隠す。後ろは隠せていない。


 先生に誤解されているので、私も同行して疑いを説くことにした。


 その後、24時間までは行かないが、18時間程彼はご機嫌ななめだった。無理もない。私のしたあれこれで困ったことになったのだから。でも彼は優しいから、謝れば許してくれた。二人の間に何かあったとしても、その際には溝を埋めやすい条件が元から備わっているのが幼馴染という関係だ。


 私が悪いことをして謝ったのだけど……それでも、ちょっと良かったのだ。何って、勇くんのスカート姿が。あまりいやらしい意味合いはないけど、まぁ美脚って言うか……似合っていて可愛かった。不自然なファッションではあるものの、違和感が最小限に抑えられたものだった。彼のスカート姿の感想はそんなものだった。結果、悪くない想い出だった。


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「というわけで、またあのスカート姿が見れるお芝居を舞台の上でやるのが良い!そう思うの」

 みっちゃんが文化祭でやりたいことがコレだった。


「みっちゃん……幼馴染を続けて良いものか考えてしまうような困った意見は止してくれ」

 勇は幼馴染の女子を理解するのが難しいと思うのだった。

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