第五十二話 二人の時間と皆の時間
勇の自室扉の横幅は約90センチ、高さは約2メートル程ある。
そんな極限られたスペースに、グラスを押し当て、更にその上から自分の耳を押し当てることで聞き耳を立てる者が5人もいた。
「ふふっ、コメディ調なアニメやドラマでしか見たことがないこの盗み聞きスタイル。まさか自分がやるとは思わなかったぜ。こうしてグラス越しだと、気持ち、中の音が良く聞こえるような気がする」
「ちょっと一世うるさいっての。二人が何喋っているのか聞き漏らすでしょうが」
結華はうるさいリポーターの一世に文句を飛ばす。
「それに権之内、あんまり近づかないでよ。狭いっての」
「おい妹、俺のことを汚い物のように言うんじゃない。そんな態度だったら泣くからな。お前の好きな権之内様ぺらぺら英語トーキングを交えた泣き言をぶっ放すからな」
「あ~もう、うるさい。近づいてもいいから静かにしてよ」
「この高貴なる女神が、下界に住む大衆に混じってこんなこそ泥めいたことをするとは……ふふっ、ちょっとワクワクするわね」
高貴なる女神は興奮している。
「セピア、君ってば何気に大衆性ある天上の者だよね」
「ふんっ、教養があるとか、博愛主義って言ってよね!勇ってば中で何してるのかしら?」
セピアとゴライアスも、モニタするには規制がかかって以降の勇とみっちゃんのやり取りが気になって家までやって来た。
一同が廊下で耳を澄ますと、扉の向こうから二人の声が聞こえる。
「あっ!ちょっと痛い痛い!それは痛いって!」
痛がるみっちゃんの声がする。
「痛い?じゃあこっちのテクニックプレイは?」
勇はテクを披露しているようだ。
「あ!それはもっと痛いって!優しくしてよ」
「何言ってんだよ。そっちだってもう慣れたものだろ?」
「確かに、気持ちよくやってしまうコツが見えたわね。じゃあ第二ラウンド行くぞ~」
「臨むところだ。今日こそみっちゃんをやっちゃうからな」
結華は顔を青くしてグラスから耳を話してしまう。
「あわわ……何をしてるんだ!痛いの、優しいののテクニカル合戦を繰り広げているの?お兄ちゃんにあの女は何をしてるんだぁぁ!」
結華、乱心である。
「ちょっと結華ちゃん、落ち着きなっての。テクニカル合戦って何だよ」
一世は乱れる結華の心を宥めにかかる。
「妹、勇だってテクニカルプレイの一つや40くらいお茶の子さいでやってのけるさ。乱心にはまだ早いぜ!」
「急に数増やさないでよ!バカ権之内」
「おいゴン、神経を逆撫でするなよ。妹的に兄のテクニカルプレイの謎を知るのは、精神にちょっと、いやかなりのメガトンパンチを食らうことなるんだから」
「ふふっ、そんなことを言われると、アメリカのリングに置いてきたはずのボクサーの血が騒いで暴動を起こしそうだ」
「あんたの血なんか暴動起こして血管破裂すれば?」
「酷いな妹、そんなことになったら、この廊下の隅々まではもちろん、おまけに一回の便所の中まで血の真っ赤だぜ!この権之内貴一の体にどれだけの量の血が流れていると思う?」
「あ~もう止めてよ!私、そういうグロキモい~のダメなんだから、想像したら気分わるくなってきた」
結華は大人しくなった。
「ゴン、荒療治が過ぎるぜ」
「ふふっ、所詮俺はヤブ医者よ。優しく治療なんて出来ないのさ」
「ちょっと静かになさい。まったく、下界のパンピー共はとにかくおしゃべりが好きね。そういうのはまたカッフェでも行ってやりましょ?」
「セピア、君ってば相当喫茶店が気に入ったみたいだね」
「うん、何でも美味しいもの」
そしてまた中から声がする。
「ああっ!このままやられるのかぁ!」
「ふふっ、甘い甘い、そんなテクで私をどうにか出来ると思って?勇君はちょっと下手っぴだな」
勇が喘ぎ、みっちゃんにはしてやったという態度が見られる。
「あの女!よくもお兄ちゃんの拙いテクニックをディスったな!最初の内はなんでも下手くそで、そこが可愛いんじゃないか!」
「みっちゃん、頼むもう一回!これで最後だから、もう一回やらして」
「ええ~仕方ないなぁ~最後だよ」
「お兄ちゃんがあの女に頭を下げてやらしてもらう所なんて見たくない!見たくないけど、我慢ならんから見ることになっても突入する!」
結華は意気込むと、扉を勢い良く開けた。
結華が急に扉を開けるので、グラスを押し当てる壁を無くしてしまった他の4人もバタリと前に転んで上半身だけ入室する形になった。
「な!何だお前ら!いつからそこにいたんだ!」
急に5人も邪魔者がやって来たことに勇は驚き、そしてムカついた。
勇とみっちゃんは、ベッドの側面を背もたれにして、床に足を投げ出した格好で座っている。
手にはコントローラーを握っていて、そこから伸びるケーブルを辿ればゲーム機があり、テレビには格闘ゲームの映像が映されている。
みっちゃんが攻め込み、勇が負けていた。みっちゃんは格闘ゲームがとても強く、勇はだいたい負けてしまう。それを小さい頃から続けている。
「な~んだ。はっはっは!」
二人仲良く隣り合い、楽しく話しながらゲームをしていた。それが分かったゴライアスは思わず笑いだしてしまう。何をしているのか思えば、子供でもやっていそうな簡単なことだ。二人はとても仲良しなのだ。ゴライアスはそれを知った。
「まったくあなた達ってば、モニタに規制がかかるくらいだから、さぞエキサイティングなことをしているのだと思えば、案の定エキサイティングなコンピュータゲームに興じていたのね!」
セピアは図々しく二人の間に割り込んで座ると、みっちゃんからコントローラーを奪い取る。
「さぁ勇、手取り足取りこの女神に教えてちょうだい」
「コントローラーを手にとったんならそれを扱うだけだ。どこに俺が手取り足取りする要素があるんだ」
「勇ってばいけずね」
「いけずって最近聞かないワードだな……」
「仕方ないなぁ。こうなったら皆で一勝負するしかないな」
一世も床に座る。
「だな。滾って仕方ないこの衝動は、このゲームで全員ぶっ飛ばして抑えることにしよう」
参戦を宣言すると、権之内も座り込む。
「お兄ちゃん……なんか良かった、コレで……」
結華は一人安心していた。思っていたのと違う光景が部屋に見えたからだろう。
「おい!狭いんだよ。てめぇら帰れや。もう飯の時間が近いだろ!」
二人の時間が一瞬で終わった。勇は皆の勇に戻り、いつも通りバカ共に向かって元気に吠える。
みっちゃんはそんな勇の横顔を見て楽しそうに微笑んだ。




