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第四十九話 夢の外

 よし、寝る。今日は寝る。

 連日連夜バカ共が押し寄せるものだから、最近の俺は疲れている。 

 夕方よりもちょっと前の半端な時間だが、仮眠ということで帰ったら寝る。

 そう心に決めて俺は玄関のドアを開き、洗面所で手洗いうがいをすると、自室のベッドを目指した。


 机の上に買ってきたおやつを置くと、ベッドに向く。ベッドの前までくれば布団をめくってダイブだ。


「て、うぉおっ!」 

 

 危ない。ビックリしてもっと大きな声が出そうなところだったが、すぐに口を塞いだ。

 

「ビックリしたぁぁ……」

 

 これがビックリしないはずがない。寝ようと思って布団をめくると、そこには先客がいた。俺のベッドなのに……。


 可愛い寝顔。最近は見なくなったが、人生の中でかなりの回数見た寝顔が彼女の顔だった。家族であっても人の寝顔なんてのはあまり見ることがないものだし。それが他所様の娘のなら尚更ない。でも、彼女の寝顔は結構見たことがある。


 みっちゃんが俺の布団で寝ている。

 それと知らず布団をめくってしまったし、一瞬驚きの声も出たが、まだ彼女を眠りから引っ張り返すだけの騒ぎには届かなかった。良かった、起きていない。


 布団をめくった瞬間、ほのかに……なんというかフローラルな……とにかく悪くない匂いがした。いや、良い匂いか。

 まぁ、花も恥らう乙女のことだし、こういう香りもして当然か。


 いかん。嗅覚が普段の生活にはない刺激をもらっためにちょっと……いかんことになっている。

 俺はなんとなく危険を感じてベッドから距離を取った。


 寝ようにも場所を取られては寝ることが出来ない。ちょっと眠かったのに、みっちゃんのせいで眠気が飛んだ。困ったな。


 小学校入学時に親から与えられた勉強机とセットの椅子に座る。この距離なら落ち着いてみっちゃんの寝顔を見れる。

 みっちゃんは右頬を下にして横向きに寝ている。難しい言い方をすると側臥位っていう体位だ。

 そうか、右頬を下にするのか……て、それが何だっていうんだ。


 仕方ないので、小腹が空いたら食べようと思って買ってきた『パリの実』を小腹が空くに足らない内から開けて食べる。


「うん、美味しい……」


 とても美味しいのだ。しかし、幼馴染の女子の寝顔を眺めながらパリの実を食べるとは……これは、なんとも、本当になんとも言えない妙な感じがする。


 先日彼女に割られた窓ガラスには、応急処置としてガムテープを貼ってある。

 そんなガムテ窓の向こうを覗くと、みっちゃんの布団が干されているのが見える。自分の部屋の窓枠のところに引っ掛けて布団を干している。今日は良く陽が照って布団干し日和だな。

 みっちゃんの家の庭を見れば、布団のシーツや枕カバーも物干し竿に干されている。


 そうか、洗って干してをしているから、布団が使えない。でもお昼に眠くなった。そこで、俺の布団に白羽の矢が立ったわけだ。こうして自室も近いので、屋根をちょっと歩けば俺の部屋に来れる。しかしこれは光栄なこと…‥なのか?


「う~ん……」

 

 考えてしまう。

 同級生の、しかも幼馴染みの女子に自分の布団で寝られる。みっちゃんに……。

 悪くない。いや、というかむしろ……。待てよ、こんなことを思うのは、何かイケないことなのか。よく分からなくなった。

 ただ、自分の布団でもないのに、自分の布団で寝ているみたいに、彼女の寝顔は安らぎに満ちている。だったらそれでいいや。


 お菓子を食べ終わってしまった。みっちゃんの分も残しておけば良かったかな。みっちゃんは昔からチョコの入ったお菓子は何でも好きだもんな。


 チョコ……チョコっていえば、みっちゃんがバレンタインのチョコをくれたことがあった。考えてみれば、俺の人生初のバレンタインチョコだったなぁ。


 そこでまたみっちゃんを見てみる。

 同じテンポで息を吸って吐いてを繰り返す。下品ないびきなんかが聞こえなくてよかった。本当にスヤスヤと穏やかな眠りについている。

 

 そろそろ夕方だし起こそうか。これ以上寝たら晩に眠れなくなるんじゃないか。て、子供の世話焼きみたいだな。


 なにか特別魅力があるとかではないのだろう。ただ普通の女の子が寝ているだけのことだ。でも、俺はそれをこうして見ていると、なんだか心が暖かくなるようだった。

 あれ、やっぱり寝顔をマジマジと見て、ちょっと楽しんでいるのは……イケない感情なのか……。


 ダメだ。もう起こそう。


 再びベッドの前まで来る。でも、そこで手が止まる。

 あれ、どうしよう。手で触れることに妙に罪の意識を感じてしまう。……声が出ない。どうした俺。

 なんだか分からない状態だが、俺の胸を打つリズムが速くなっていくことはしっかり分かる。


 ベッドに背を向けてしまった。

 

 なんだコレ。こんな状況になった男子高校生の正しい反応なのかコレ。

 分からない。人に聞くにも、結構レアな状態だから良き返答が期待出来そうにない。

 

 ベッドの横の長さ分の距離を行ったり来たり、俺は一文字を描いて歩いてみる。こうしていると気分が落ち着く。やはり歩くことって良いリラックスになるよな。


 よし!リラックスしたところで起こそう。もう起こすぞ!


 みっちゃんだって晩飯の時間まで男の部屋にいるのはまずいだろう。あれ、まずいのかソレって。こっちの家族もあっちの家族も特に何もツッコんで来ないような気もする。


 じゃあ、もう少し寝かせるか……って、そんな優柔不断を考えるのが俺なもんか!

 絶対に起こす!

 

 多くの場合に即断即決で生きる俺にしては、かなり頭を悩ませる行動選択イベントとなった。


 布団に手をかける。めくる。良い匂いがする。


「お~い……」

 

 どうしてだろう。起こす目的での発声なのに、音量を絞ってしまう。


 みっちゃんの顔を見る。いつもの……可愛い顔だ。


 気づくと、中腰が、どんどん中の粋を越えて低くなる。こんなに屈むと腰に悪い。でも、なぜかみっちゃんの顔に近づいてしまう。なぜなのか分からない。

 

 綺麗になった。近くで見るとやはりよく分かる。

 本当にチビだったころから一緒だった。まだ髪の毛が生え揃う前の、見た目では男か女か判断がつかないような時分から一緒にいたんだ。だったらどんなに鈍感なバカでも成長ぶりには気づく。


 俺は多分魅入っていたのだ。どれくらいそんな状態が続いたのか分からない。


 そして覚醒の時は突然やって来る。

 ゆっくりではない。前触れなく突然パッと彼女の目が開く。


 真っ直ぐ前を見ていた状態から黒目が少し横に動く。そこで彼女の目はしっかりと俺の存在を認識する。


「おはよう……」


 もう部屋に夕陽が差す時間なのに、彼女は間抜けにもそんな事を言うのだった。

 

 びっくりして心臓が暴れている俺もまた同じ言葉を返す。


「おはよう……」

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