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第四十八話 夢の中

 夢を見た。とても懐かしい夢。

 遠い昔のようでいて、でも最近のことのように鮮明に記憶している。そんなかけがえのない想い出の日々を夢に見た。

 それは、小さい頃からずっと一緒に過ごして来た男の子との想い出だった。


 私が小学三年生の頃、初めてチョコレートを手作りした。それが嬉しくてバレンタインにその男の子にプレゼントしたことがあった。私よりもっとおませさんなクラスメイトの女子もいた。彼女達は、ちょっと作って嬉しかったからなんて簡単な想いではなく、もっともっと複雑な、それでいてかけがえのない想いをたくさん詰めたプレゼントを渡したことだろう。それがバレンタインデーに贈り物をする正しい心得なのだ。私にはそこまでの想いはなかった。ただ仲が良くって、ずっと一緒に育って来た男の子だったから、何かしてあげたかったくらいの想いだった。


 バレンタインに贈り物をする女子としては、心得が甘かったかもしれない。それでも、とにかく私は女子なのだ。であれば、ほんのちょっぴりくらい青春の甘い感じを嗜むことがしたい。彼とは家が隣同士だから、学校が終わった後でも、休みの日でも渡すことが出来た。でも、私はあえて教室でチョコレートを渡した。女子だったら、こういう想いくらい分かるでしょ?

 それと同時に分かるでしょ?な話が、しっかりクラスメイトからの目がある中で渡すと、ちょっとした騒ぎになること。


 私がその男の子にバレンタインの贈り物をすると、周りからは賑やかな声が飛んだ。


「ヒューヒュー!」

 これは定番。


「ヒューヒュだよ!」

 ん?だよ、をつけたちょっと変わり種な賑やかしもあった。


「ラブラブ~!」

 まだそこまでラブを深めてはいなかった。気の早い賑やかしだ。


「いいなぁ~僕も欲しい~」

 そんなに私からの愛のおすそ分けが欲しいのか。私も罪作りな女だ。


 これは私達を冷やかして飛ばした声だった。普通の男女ならどちらも顔を赤くし、互いに嬉し恥ずかしい想いが溢れ、最後には居たたまれなくもなるのだろう。

 でも、私達はちょっと違っていた。そういう初々しい段階を越えて付き合いが長い二人だった。

 私にはこれといって恥ずかしい思いはなかった。だったらわざわざ教室で渡さないし。

 相手の彼は、ちょっとくらいは赤くなっていたけど、比較的落ち着いているようだった。


 彼は椅子から立ち上がると、周りに集まった皆を向く。そして私の隣に来ると、スッと私の肩に手を回した。男の子にこんなことをされたら、年頃の女子はビックリしてしまうだろう。でも、やっぱり私はこれといって動じなかった。ただ、これから彼が何をするのだろうと気になって、彼の横顔を見ていた。


「どうだ!いいだろっ!」

 彼はニカッと笑ってそう言ったのだ。


 それまでは恥ずかしい状況にある者を、あくまで友人関係における冗談言葉で追い込んでいた皆が、一気に静まり返った。

 こんな切り返しは意外だったのだろう。私もヒューヒューと冷やかしを受けてこんな変わった切り返しをする人は初めて見た。

 

 でもそれは、本当はちょっぴり恥ずかしい気持ちをなんとか抑え込みたい彼の精一杯の強がりだった。真横にいた私には分かった。頬の赤色が濃くなって行く。笑って、冗談を冗談のテンションで返すことでなんとか切り抜けたのだ。

 

 私は、そんな彼の言動が、なんというか、多分面白かったのだろう。とにかくププッっと吹き出して笑ってしまった。当人達が笑うのだから、周りの皆も笑い、その場はただ皆しておかしくて笑っているだけの明るい場になった。


 そんなことをしている間に先生が来て朝のホームルームが始まった。

 

 彼は安心したという表情で自分の席に戻る。

 皆が何も考えず笑うだけの場になんとか導いたが、彼は自分が恥ずかしくない場にするために、かなり頭を使ってあの状態に持っていった。地頭が良いのだ。そんな彼の努力が可愛く、愛しいものに思えた。


 その日の帰り道、彼はまた恥ずかしさを誤魔化すような明るい笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。

 私はその言葉が、想いが、嬉しかった。


 私は、彼のことが……


 そして彼は私のことが……


 …………………………………………………………………………………終わりが近い。


 靄が晴れるように、眠った意識が覚醒を迎える。夢から覚める時の感覚は、起きている間には感じない独特なものだ。


「おはよう……」

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