第四十二話 割れる世界
「勇、これが君の置かれた立場だ。少しは体感するのも良かったかもな。とにかくこれだけは言える。他の者には無い力を君は確実に持っているんだ。それを正しく行使するなら、僕は全力で君をサポートしようじゃないか」
自分は勇者なのだとこれまでも目の前の男に散々言われて来た勇だが、今回のことを受け、その実感がもっとリアルなものとなった。
「しかしセピア、一般人のギャルにこうも手こずるとは、ププッ!」ゴライアスは吹き出す。
「女神としてやはりなってないんじゃないのかな?」
「うるさい!とどめを刺したのはその勇者よ。ただし、小娘達」
セピアの言葉に、小娘二人は反応した。
「ただの小娘で終わる可愛いものでもないようね。片方は勇者と同じ血を引き、もう片方は血の繋がりが無くとも日頃から勇者の身近に控えている。そんなわけからか、あなた達にも並々ならぬ気を感じたわ」
なんと、勇者には届かぬものの、彼女達にも何やら聖なるパワーが備わっていたようだ。
「そうなの?血の繋がりがあればそんな感じで勇者っぽい力があったりするんだ。ていうか、最近騒いでたお兄ちゃんの勇者説ってマジだったのね」
「勇君と一緒にいる私もちょっとだけ聖なる御加護を受けていたって、そんなこともアリなの?」
「この女神分析によるところだから間違いなし。ただの小娘と思って油断したら、まさかこんな曲者達だったとは……」
ゴライアスは地面に座っているセピアに近づくと、身を屈めて話し始めた。
「それにしてもセピア、君はなんでまた天界を抜け出てこんなところで遊んでいるんだい?」
「遊びじゃないわ!だいたいあなたの仕事がトロいから、この高貴なる女神の私がこちらに派遣されることになったのよ」
「なんだって?どういう了見だいそりゃ」
「それはこういう了見よ」
セピアの了見はこうだった。
ゴライアスが勇者をこちらに連れてこない限り、女神達の役目もストップしてしまう。勇者を異世界までナビゲートするのがゴライアスの役目なら、女神の役目は異世界に来た後に勇者をナビゲートすることにある。女神達としてもさっさとこの仕事を済ませたい都合があった。
セピアも属する女神協会より、ゴライアス達の属するジジイばかりの委員会に向け、要は「早く勇者をこちらによこせ!」との催促があった。
そうは言われても勇が動かない。であれば、ジジイ達を筆頭にしたゴライアス属する勇者派遣委員会もやはり動けない。このうんともすんとも言わない腹立たしいビジネスシーンに、女神協会の上層部は痺れを切らしてちょっとだけ動くことにした。
そこで、この状況をなんとかするための情報集めを行う調査員として、女神の中でも良く言えばいわゆるフッ超カル(フットワークが超絶軽いの略称)、等身大の表現をするなら比較的暇なヤツ、つまりは女神セピアが派遣されたのだった。
「知らん!それは知らんぞ!」
「当たり前よ、事後報告で今言ったもの。あなた達の意見を受けた上で動くなんて気の長い連中じゃないのよ、私達の上にいるおばん達はね」
「確かにこちらの仕事が動いていないのは真実。それを受けてイライラするのは分からないでもない。がしかし、そこを動かすために派遣したのが君のような下っ端だなんて。結局女神協会は勇者を連れてくることに前向きなのか、それとも投げているのか、謎だなぁ……」
「失礼ね!この私が選ばれて来たのよ!マジに決まってるでしょ?冗談か罰ゲームで来た残念な人みたいに言わないでよね!」
このように、女神セピアの査定は非常に安く見積られているのだった。
異世界よりの使者二人がああだこうだと言うのを聞いた勇は、心中穏やかではいられなかった。自分の穏やかな日常を乱す可能性の塊が1から2に増えたのだから無理もない話だ。
「つまりまた面倒が増えたってことだな」
ザックリ極まりない感想だが、現状としてそれで正解な言葉を吐く勇だった。
「そんでここも半分異世界ってわけか。それで俺の力が覚醒を……駄目だ、許さん。許さん許さん」
「勇、どうした?」
ゴライアスが勇を見ると、勇は下を向いて肩を震わせていた。
「俺の日常に、異世界ファンタジーは必要ない!」
はっきりと己の中にある異世界アンチ宣言を叫ぶと、勇は力を開放した。それを行う術を知ってのことではない。ただ自分の人生から異世界を排除したいという想いが、自然と能力発動に結びついたのだ。
周りの景色にヒビがはいる。どこまでも続くように思えた荒野、暗い空に、確かにヒビが入っている。例えでも何でもなく、大気中にヒビが入っているようにしか見えないのだ。
周りの景色に入ったヒビは、速いスピードであちこちへと広がっていく。やがて、ガラスが割れるように景色が剥がれ落ちる。廃墟ビルも、砂ばかりの荒野も、周りに見える全てにヒビが入った後割れていく。空が落ち、大地が落ちる。
「女神空間が……崩れる。割れて行く……外部から力の干渉を受けること無き聖なる領域が……これを勇者がやっているの?」
女神空間とは、一種の強力な結界である。女神の聖なる力が生みし世界を、ただの人間がどうこう出来るはずがない。それを力づくで崩しにかかる勇は、もはや唯の人間ではない。
「正確には内側からぶっ壊している……まぁ何にせよ、こんなことが出来るのは、やはり選ばれし勇者の力あってのこと。勇は、本物だよ」
自分達の精査の末に見つけた勇者が勇だった。その結果について、ゴライアスは微塵も疑いを持ってないない。しかし、こうして実際に自分の選んだ者が強大なパワーを発揮するのを目前にすると、改めて勇が本物だと実感でき、感動もするのだった。
世界の全てが崩れ落ちた時、一同は元いた喫茶店にいた。
セピアの作った女神空間は完全に崩れ落ち、一同は現実世界に帰って来たのだ。
勇だけが立っていて、後の者は皆座っている。
長く向こうにいたような気がするが、時間はほとんど経過していないようだと皆が気づいた。テーブルの上に置かれた飲み物はまだ湯気を上げていた。
「戻った!お兄ちゃん、なんかスゴイことやってのけたね」
「ああ……はぁ、はぁ……」
勇はやや息を上げていた。
勇の向いの席に座るセピアは目を丸くして勇を見ていた。
「これが……選ばれし勇者、神名勇……」
セピアは、選ばれしその者の名を口にした。
「で、何やってんだお前ら?」
勇が横を見ると、一世と権之内は、さっきまでテーブルの上になかったオセロに向かっていた。
勇がちらっと盤面を見ると、明らかに一世が押し負けていると分かった。




