第三十九話 田舎娘のポリシー
これは三つ巴の戦いである。一人が一人に向けば、残ったもう一人はどちらかの背後を狙うことが出来る。自分の相手は常に二人いること、それを念頭に置いて行動しなければ隙が生まれる。
女神セピアは、結華を追い詰めるべく廃ビルを蜂の巣状態にしていく。その表情には、弱き者を追い詰めることで得る充実感が見られた。そんな具合だから、背後が甘くなる。
「あの女神様、やっぱり性格がキツイみたい」
みっちゃんは結華が逃げ込んだビルの向いに建つビルの屋上に出ていた。
「そうして結華ちゃんに構うばかりで後ろがお留守になってると、どうなっても知らないから」
みっちゃんは、女神に向けて発砲した。
後方から聞こえる銃声がセピアの耳に届いた時には、既に着弾が完了していた。
女神の右の羽根を銃弾は見事撃ち抜いた。片方の羽根が地上に落ちる。
「何!後ろかっ!おのれ、もう一人の田舎娘、よくも!」
みっちゃんに怒りの目を向けた女神は、ありったけの弾をお見舞いした。
セピアの放った弾丸が屋上を射抜く。脆くなった屋上にたくさん撃ち込むものだから、その衝撃を受けて屋上には長い亀裂が走る。そして間もなく、遂に下のフロアに屋上が落ちしまった。砂煙を上げて崩れ落ちた屋根と共に、みっちゃんも姿を消す。
「ふふっ、屋上ごと落ちたわね」
とても女神様とは思えない所業、そして言葉使いが見られるのだった。
「次はアンタが落ちる番よ!」
結華の銃が火を吹いた。
セピアが背にしたビルから銃声が響く。みっちゃんを向けば、結華に背を向けることになる。女神が背を見せた好機を逃すほど結華という女は甘くない。
セピアは急いで後ろを振り向いた。それと同時に、今度は左の羽根が飛んだ。
背中にセットした天使の羽根セットは、決して安くはなく、高くつくアイテムだった。それの破片が宙に舞うのをセピアはしっかりと視界に捉えた。これを受けて、二枚の羽根をふっ飛ばした小娘共を許しておくものかという怒りが込み上げるのだった。
「やりぃ!」
結華はガッツポーズを取る。今度はしっかり弾が届いた。
「ははっ、昔音楽の時間に歌わされた羽根を無くして墜落するイカロスの歌を思い出すわ。私、あの歌嫌いなのよね。しみったれた感じがするし。今はアレを思い出すわ」
結華は皆が大好きなあの名曲をディスった。
女神の高度はやや下がった。二枚の羽根を失った今は沈黙状態にある。
「ちょっと、あんた無事なの?」
結華は屋上が崩れ落ちた向いのビルを見て言う。
向いのビルの入り口がみっちゃんが出てくるのが確認出来た。無事なようだ。
みっちゃんは、ビルの窓から顔を出す結華に向けて親指を立てて無事の合図を出した。
「舐めた連携プレイを取ってくれたわね、田舎娘共ぉぉぉ!」
純白が映えるはずの女神の全身を覆うのは黒きオーラだった。セピアが本気モードに入ったようだ。
「女神よりも悪魔って感じだね」と空を見上げてみっちゃんはコメントした。
「教えといてあげるわ女神。田舎娘ってのは、勝つための手段を極力選ばないものなの。敵を倒すためであれば、また別の敵とだって手を組む。そうして柔軟に頭を切り替えて現代を生き残って来たのが私達ってわけ」
結華は田舎娘の矜持と処世術を語った。
「私はそんなに図太く悪どい感じでやっているわけじゃないのだけど……」
「うっさい。あんたは自分だけいい子ちゃんぶるんじゃない」
「うるさい小娘め、悪魔的に強力な女神パワーを見せてあげるわ!」
軽口を叩く結華を睨んで女神が言葉を返した。
「あれ、ていうか羽根を無くしたのにまだ浮いてる?」
みっちゃんが気づいた通り、女神は墜落することなくまだ空の上だ。
「あれは飾りよ。羽根なんてあろうがなかろうが、女神は聖なる力で浮くのよ。そんな事も知らないの?」
それは知らない。女神の説明を受けた田舎娘二人共がそう思った。
乙女達が戦場を駆ける一方、一世と権之内は白熱のオセロ対決を展開していた。集中して本気でやる程、遊びとは面白いものなのである。おバカのくせして、こんな異常事態でも楽しいことを目の前にすれば、集中して楽しむことが出来る神経の図太さが彼らの売りなのだ。
「あれっ、オセロに熱中して気づかなかったが、我が相棒の姿がない!」
相棒を簡単に見失う不注意男の権之内がそれに気づいた。
「まったく、勇ってばどこにいったのさ。世紀の一戦をスルーだなんて、間抜けなヤツだな」という一世は権之内に競り負けているのだった。
「おい、これ見ろや……」そう言って権之内が指差すので、一世は権之内の指先に広がる世界に目を向けた。
それまで男子たちの身の回りは透明なバリアで包まれており、スケスケの小屋のように見えたのだが、一方の壁が派手に割れていた。
一世も権之内も試しにゴンゴン叩いてみたものの、女神セピアの聖なる力で作られた壁には傷一つつけることが出来なかった。だから諦めてしっかり遊んでいたわけなのだが、これを勇が破壊したというなら只事ではない。
「勇がやったのか……おいゴン、もしかすると、俺達は呑気にオセロなんて打ち込んでいる場合ではないのでは?」
「実は俺もちっとばかしそんなことを考えもしたが、お前が言うそれは、今押し負けているから勝負を無しにしようって腹積もりなのでは?」
「バカな!人生一貫してフェアにね、の精神で熱く生きているこの俺が、そんな姑息な真似をするものか」
「ではどうする?」
「よしっ、この一戦は最後まで片付けて、それから勇のことは考えよう」
とりあえず勇の行方のことは一旦置いて、今は目の前の戦いに集中するおバカな二人だった。




