第二十七話 張り巡らされるエクスタシー
投球がミットに収まる気持ち良い音がグラウンドに響く。
豪腕も豪腕。権之内から放たれる球の速いこと。これが豪腕から放たれたものでなけれな何なのだ。
素人目にも常人以上のものだと分かる豪速球が調子よく6球投げ込まれる。二人のバッターは、バットにかすらせることも出来ず、ベンチにトンボ返りを決め込んだ。
「わぁ~ゴンちゃんすごいすごい。脳が脆弱な分だけ、やっぱり体の出来はすごいよね~」
みっちゃんは、褒めと貶しの言葉と同時に拍手を送るのだった。
「だろうだろう。惚れるなよみっちゃん。俺に惚れたらやけどじゃ済まないぜ。もうそんなの通り越して人体発火だぜ」
マウンドの上で調子をこく権之内だった。
「忘れんなよ。俺の指示もあってのことだからな」
バカの判断での投球では頼りない。だから勇が投球リードするのだった。
「ふふっ、動体視力の弱ったおじん共からすれば、もはやF1カーが目の前を横切ったようなものだろう。無理やりにでも体を若返らせないと、俺の剛速球は捉えることが出来ないぜ」
こんな感じで権之内は競技中にもよく喋る。なので、競技に集中して無駄口が減るはずの体育の時間にも、私語が多いと教師からしばしば注意を受けるのだった。ついでにこれは一世にも同じことが言える。
「なかなか速い球を放るね。権之内君がこんなに豪腕投手とは知らなかったな」
次に打席に入ったのは、勇達のクラス担任だった。
「ふふっ、やはり師とは、越えていくべき弟子の壁。教え子の俺たちに、自分を越えて行けというのだな。先生、熱いなぁ。あんたはそっち派の人間だと薄々感づいてはいたよ」
権之内は師弟対決を前にテンションを高めている。
「ははっ、そんな大層なもんじゃないよ。僕も学生時代にちょっとバットを振り回したことがあるくらいのものさ。お手柔らかに頼むよ」
「いいや、全力で行かせてもらうぜ。師弟の関係を越えて熱くぶつかり合うことで、教室内だけでは得られない相互理解ってのを分かち合おうじゃないか先生」
「お喋りは良いからさっさと投げろよ」
勇はいつまでもうるさい権之内に投球を要求した。
権之内は振りかぶって第一球を放った。
振り抜いた腕から放たれるのは白球と一陣の風だった。空気を切り裂き、白球は風の産む膜に覆われる。放たれた白球が通り過ぎた直後、先程白球に切られた空気が急速に戻ってまた風を起こす。その風で砂埃が巻き上がる。そうしてマウンドからバッターボックスにかけて、まるで海を割ったかのような一筋の道が見えるようになるのだ。それは本の一瞬のことで、投げた権之内本人とバッターとキャッチャーにしか見えない。
またミットから気持ち良い音が響く。担任はバットを振っていない。
「ストライク!」
アンパイアの判定が下った。
「ふぅ、ストライクゾーンだったか。それにしても速いなぁ……」
担任は一度バットの先を地面につける。程なくしてまたバットを構えた。バットの柄は両手でしっかり握られている。
担任は教え子の球を打ち返す気でいる。彼の顔を覗き込んで勇はそう確信した。
試合前に見た担任教師の素振りの精度は尋常なものではなかった。権之内なりに相手のバッティングを警戒していた。勇は、権之内の表情にも真剣なものを見た。
権之内は片足を大きく上げ、次にはその足で力強く大地を踏みしめる。腰を捻って、腕を思い切り振り抜くと、第二球が勢い良く発射される。
権之内の手から球が離れた直後、担任教師のバットが動いた。彼がスイングの動作に入ったことを勇は確認した。勇がミットを構えた位置に剛速球は向かってくる。一秒もかからず、またミットに剛速球が収まって気持ちよい音を響かせるはず。しかしそんな勇の予想とは違った未来が待っていた。
勇と権之内にとって初となる敵陣営からの打撃音が聞こえた。ボールは宙を舞う。勇は空を仰いだ。
打球はファーストの頭を越え、遠くのライト方面を目指して伸びる。
「ファウル!」
勇には安心の一声となる野太い叫びが響いた。
「これはこれは……確かに、ふふっ、権之内君ではないけど、確かに滾るものがあるねぇ……」
バッターボックスに立つ担任は、普段のへらへら笑いとは明らかに違う笑みを浮かべていた。勇は担任のこんな顔を初めて見た。完全に勝負を楽しんでいる勝負師特有の高揚した状態になっている。自分だってバスケの試合で強敵に当たれば同じ状態になったことがある。一種のトランス状態のようなものだ。目を見ればそれが分かった。
追い詰められたこの状態を担任は楽しんでいる。そして同時に、権之内を叩き伏せる算段を忙しく練っているのも伝わった。
「やべぇ。これは楽しい!俺は強いヤツを見ると、それを倒せることに心からワクワクするんだ。いいぞ、いいぞ、滾るぞ!」
権之内は滾りまくっている。こいつも明らかに楽しんでいる。
ぶつかり合う二人を前にした勇もまたこういう雰囲気が嫌いではなかった。心の奥底から湧き上がる熱に心地よさを感じた勇もまたニヤリと笑みを浮かべてしまった。
強者は自分を打ち崩すかも分からないまた別の強者を前にすると、興奮状態から無意識に笑うことがあるという。
「ヤバい!何か熱い展開!手に汗握るぞぉ~」
実はスポ根の流れが好みなみっちゃんもベンチで興奮状態を迎えていた。




