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第二十五話 男なら黙ってヘッスラ

 新世紀を迎え、人々の生活は益々快適になった。生活の中から、人々が骨折る手間がどんどん減っていく。それは、昨今著しい活性化を見せるテクノロジーのおかげである。

 ここ数年、人々の生活の中で、様々なものが自動化され、遠隔操作も出来るようになって行った。科学テクノロジーは、人々の生活を明らかに楽にさせるものだった。それは同時に、人々の肉体と思考の働きをサボらせる要因にもなった。だって、機械が何でもやってくれるのだもの。使れば疲れる肉体と思考の働きをなるたけ減らしたいというのは、当然にして沸き上がる人情だと言えよう。

 そんな風に何でも楽になっていく世の中で、野球というスポーツはその影響を受けていない。飛んで来る球を棒で打つ。そうして転がる球を別の人間が拾って投げる。これを繰り返す。単調にして実にアナログだ。野球というスポーツは、開始から終了までのどの過程を見ても、仕事を行うのは全て人間の体一つだ。バッターボックスまで選手が歩く。自分でバットを握って打つ。打ったら自力で走る。ボールを投げる、受ける、それも全て人が行う。どこに投げる、どこに打つ、どこに走るといった途中のアクションにだって、科学は一切絡まらない。全ては物理におけるものだ。選手は機械に頼ったりせず、試合中の戦術は各々の頭で全て考えて行う。

 これだけ自動化、遠隔化が社会のあちこちで散見する中、自分たちが行っていることは、棒で球を打つという原始的にも程があるものだ。せっかく猿から進化して、ロボットを作るまでに発達した人間が、今になっても原始的極まりない遊びなり競技に熱中している。そう思うと、野球というのは、実に間抜けな競技だとも言える。だがしかし、本来ある形に、科学だサイバーだなんていう無粋な小細工を一切加えずとも完成された面白さを誇るのが野球である。

 最初にこの競技を考えたのはどこの誰だか知らない。そんなどこの誰だか知らない者が考えた大昔のこの遊戯には、何かを足す、または引くという改良の余地が一切ない。これはすごいことだ。

 古くからある拙いものでも、現代に近づくに連れてその精度が上がって行く。これは機械なんかによく見られる定番の進化の形だ。野球には目立った進化がない。最初から完成されていたからだ。

 大昔から作っているのに、本日になってもまだ完成されない建築物があったりする。すごい物を作るには、時間がかかって当然なのだ。なのに野球は、早期の段階から完成されていた。

 だから野球はすごい!だから野球は面白い!だから俺は野球が好き!

 太陽が一番高く上がる時間帯に、権之内はこんなことを思ってバットを振るのだった。

 バットにボールが当たった。真芯からは遠い当たりだ。

 ピッチャーはやり手と見える。巧みに変化球を盛り込んだいやらしい配球で、簡単には気持ち良い当たりを打たせてはくれない。

 打球は三塁を目指して伸びる。これは長打の予感。


「長打コース頂きだい!走れゴンッ!」

 権之内の次に控えるバッターの一世が喉を開いて喧しく言葉を送る。

 だがしかし、長打コースを防ぐ壁が打球の前に立ちはだかる。細身で長身の男は打球をキャッチし、一塁に投げる。鮮やかに打球を処理した長身で細身の男は、チームメイトにイケさんと呼ばれていた。

 それでもまだチャンスはある。一塁とは逆方向に打って距離を稼いだ。権之内の足なら今からでも一塁に到達することが不可能ではない。権之内は全力疾走で一塁を目指す。

 際どい。ボールが先か、権之内が先か、安易に判断は出来ない。

 これはまずいと思った権之内は、ご自慢のヘッドスライディングを開戦早々に放つことにした。


「出たぁ!伝家の宝刀、ヘッドスライディングゥゥ!」

 一人興奮して伝家の宝刀発動の実況を行う一世だった。


 ファーストがボールをキャッチしたのとヘッドスライディングが一塁に届いたのが同時くらいに見えた。しかし次の瞬間、ガタイの良い権之内の体が宙を舞った。速度と体重が乗った強力なヘッドスライディングの力の向きが一気に逆転したのだ。一同は驚いた。


「ナイス、ボス!」

 敵陣営選手が声を上げた。

 一塁を死守した巨漢は、皆にボスと呼ばれていた。そう呼ばれるに十分な風格があった。

 結果権之内はアウトになった。


「へへっ、大丈夫かい坊や」

 ボスと呼ばれる男は、余裕の笑みを浮かべて地面に伏した権之内を見下ろす。

「この俺のヘッスラを止めたぁ!」

 驚きの声を放つと権之内はすぐに起き上がった。

「やるじゃねえかデカイおっさん」

「ふふっ、図体にもの言わせるだけが野球じゃないぜ。野球をすんなら、ココを使わなきゃ」そう言ってボスと呼ばれる男は、自分の頭を指差す。

「……あれ、そこなら今使ったのにな」とヘッスラの権之内は呟くのだった。


「ねぇなんでヘッスラの権之内なの?」

 ベンチに座るみっちゃんが勇に問う。

「あぁ、あいつな、一時リトルリーグにいたんだよ。運動は出来るから使えるっちゃ使える選手だったんだけどさ、とにかくヘッスラをしたがるのよ。どう考えても余裕で間に合う時だって、ベースを見れば飛び込むんだよ。まぁバカだから派手なのが好きなんだろうな。で、それが大変危険視され、なんだかんだあって追放になったってわけよ。それでついた通り名がソレって訳」

「へぇそうなんだ~。でも伝家の宝刀、折れちゃったね」

「ああ、アイツのはなまくらだからな」

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