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第二十話 異世界超絶討論 勇と一世 その2

「ねえ、お宅の幼馴染二人、こんなしょうもない本を読んで何をあんなに一生懸命言い合ってるのさ?暇なの?」


 ゴライアスは勇のベッドに腰掛けて問う。


「う~ん、どうだか~。まぁ良いんじゃない?充実してるんじゃない?」


 同じく勇のベッドの奥に腰掛け、壁に背中を預けたみっちゃんが言う。


「みっちゃん、何読んでるの?」

「うん?何か迷宮に潜っている話で、今最恐レックスと戦っているところ」


 みっちゃんが暇潰しに読んでいたのは、22世紀にも伝え残すことを鬼お勧めしたい名作『異世界迷宮ゴソソンユン』だった。

 

 ゴライアス、みっちゃん、両名が訪問した後もなお、我らが主人公とその親友のバカオタクは異世界論争を繰り広げていた。


「だからこれは違うだろ!何でさっきまで現実世界で根暗なキモオタをやってた冴えないブスが、異世界に行ったら何もしない前からモッテモテになるんだよ!これはフィクションにしても整合性がない!非常識だろ!そりゃ、男なんだから、この展開を夢に見るってのは分かる!でも、これは作品なんだぜ!ファンタジーだろうが、ノンフィクションだろうが、物語に厚みを出させるため、一定の水準でリアルな価値観に準拠してなきゃ大いに魅力に欠ける!これをやるから、例え他の点で魅力を出せても、結果としては駄作のイメージが強く残るものに成り下がるんだろ!」


 この手のジャンルの主人公ごときでは、ここまでの性の解放を迎えることはありえない。勇は強くそれを訴えた。全くその通りである。


「いいんだよそれで!そんなこと言ってたらこんなヘタレを主役に置いた物語のどこでお色気要素を出せっていうんだよ。それを言うならお前の言い分に無理がある。無理を通して道理に乗せるのもファンタジーの趣向としてはアリだし、そうでないと物語が軌道に乗らないだろう。リアル性を見せる所は見せて、読み手に共感が得られる要素だってあればそりゃいいさ。だが、ベースはやはりファンタジーなんだ。リアル性を重視するばかりに、ファンタジー要素を殺したら本末転倒だろうが!そして、ラノベにお色気は必須だ!」


 一世も負けじと応戦する。


「それに良いだろうが!こんなにおっぱいの大きい耳の尖ったエルフにモテるんだぞ!お前だって好きだろうがこの耳の尖り具合、それにおっぱいも!知ってんだぞ、お前の趣味だって!物語の都合が良い悪いなんてどうでも良くなるくらい、エルフヒロインのセクシーシーンは尊いだろうが!」


 一世は欲望を開放している。確かにエルフヒロインは良い。分かる。


 勇だってエルフは嫌いではない。むしろちょっと良いなと思っているくらいだ。でもそれはそれ、これはこれとして、エルフがいっぱいいる世界のあり方を言い責めるのである。あと、みっちゃんの前でエルフに傾倒した意見は言いづらい。


「だから、安易にお色気に走るのが気に食わん!これをやるのは、これに頼らないと諸々が成立しないっていう降参の旗上げになっているんだよ!もしもだぞ、この話からお色気要素を取る、ヒロインはゼロでやる、それをしたらこんなの誰も読みはしない。逆にエロなし、ヒロイン無しのゴリゴリマッチョ男集団で冒険するようなもので一流の物語に作り上げれば本物だよ。エロがなくとも太い物語の筋のみで客のハートを鷲掴みにするのが、作家の矜持ってものだろうが!それが出来ていない者でもこうして世に作品を出せちゃってるから、このジャンルは廃れ、軽視され、果てには蔑視されるんだ!」


 物語性を盤石なものに仕上げることを放棄してエロに走った怠慢な作家の心を抉る痛い意見を勢い良く飛ばす勇だった。


「だいたいこの手の展開こそが、モテない奴の精神の自慰っていうか……まぁその意見で大きくハズレでもないだろう。こういう内容スッカスカの都合の良い現実逃避みたいな話に何の魅力があるっていうんだ。紙の上にペンを走らせる行為が、現実逃避の一手段に成り下がってはいけない!作家が生みし作品ってのは、己が信じる最も高潔で美しい世界観を世に発したものでないといけない。それでこそ、読み手を深く感動させられるんだ。そうしてファンは出来るんだ。俺は、これまで作家が本気で生み出した作品を多く読んで感動して来た。涙した。作り手からの教訓と矜持を得たんだ。ニートが主役の、この世のどこでもない世界の物語には、それが皆無だ!」


 言い切ると勇は、名作ラノベ『日本が嫌いな俺が逃げんこんだ先は異世界ハーレム王国だった件』の最終巻を床に叩きつけた。確かに内容はスッカスカのペッラペラで、不必要にお色気要素をぶっ込んだ作品だが、愛着湧く要素も多々ある味わい深い作品でもある。なので、これもまた22世紀に残したい名作の一つとして数えたい。

 

「現実逃避?ははっ、確かにいい歳してこんな夢みたいな話がマジであると思って一生懸命読んでいる奴は、マジで頭がおかしい危ないヤツだろうさ。でもな、義務教育も済んだ人間が、ルイス・キャロルの描く不思議の国、あるいは鏡の国が本気であるなんて信じていると思うか?答えはNOだ!俺はそういった世界が大好きだ。無職で、終わったような人間でも、直様スーパーヒーローになれる。な~んの努力も無しに、可愛いヒロインにモッテモテになれる都合の良い世界が俺は大好きなんだよ。そんなものは実在しないって俺は知ってるよ。俺が生きているのは、お前があれだけ拘るファンタジー要素皆無の現実味オンリーの厳しきリアル世界だ。現実逃避などしていない。出来るはずがない。俺は現実こそを愛している。そんな現実の中で、地に足をつけた状態で、この世のどこにもありはしない夢の世界に思いを馳せる。そうして、厳しい現実の中をやり抜くための癒やしを得ているんだ。いいか、こういったジャンルの真のファンこそが、現実をしっかり見て、そこでやり抜く鋭気を養うためにこういった物を読んでいるんだ!真のファンタジー好きは、真に実地で戦っている人間なんだぁ!」


 青筋を立てて一世が喋る。まだ咀嚼途中だった煎餅のカスが虚空を舞う。汚い。


「何これ?何を見せられてんのさ?いいからさっさと異世界に来てもらいたいものだよ」

 勇を見ながらゴライアスが言った。


「だいたいな、こんな何をどうやってもありがたい教訓を詰め込むには足りない内容スッカスカの作品に、大きな期待を寄せるんじゃないよお前。それが間違ってるんだよ!」

「ああ!言ったな!お前自分で大好きなラノベが、内容スッカスカって言ったな?」

「ああそうだよ!ライトなんだよこの読み物は!変に説教臭いとか、教訓とかいらないんだよ。大人からそういうのを聞くと、耳や胸に痛いっていうか弱い者達が世界の隅っこでこっそり楽しむ芸術、それがコレなんだよ!だいたいなぁ、ジャンルに『ライトノベル』って銘打ってるだろうが。明るくポップに楽しく緩く、そして時にはエッチエロエロなもので良いんだよコレは!お前が悪いものだと指摘した点こそ、ラノベとしてのあり方として全部正解なんだよ。そんなにリアル性とか、もっと胸打つメッセージが欲しいとかって意見は重いんだよ。ライトに反してヘビーなんだよお前の要望は!そんなメッセージ性や社会派な要素があるっていうヘビーな読み物が良いのなら、漱石や康成でも読んでろよ!」


 勇と一世は本気でやりあったため、共に肩で息をしている。互いが互いの意見に本気を見ている。だからこそ、また本気で言葉を返すのだった。これを繰り返して彼らはこの歳まで共に大きくなったのだ。


「なんなのさ君達ってば。そんなに互いの意見が違っている。趣味が違っている。それなのに、どうして一生懸命ぶつかり合うんだよ」

 親友同士の論争に口を挟むゴライアスに、勇は鋭い目線を向けた。


「それは、好きだからだ!」勇からの告白だった。


「はぁ?」

 ゴライアスの謎は深まった。


「一世が本気で好きな作品がこれらだ」

 そう言い、勇は床に散らばる一世のラノベを指差した。


「俺は何も一世を、一世の趣味を否定するわけじゃない。一世は仲間だ。仲間が好きっていうものを否定するもんじゃない。俺なりに理解を示す。それが俺のすべき事だ。それでも俺は、こういった話が、性分からどうにも最後まで好きになりきれなかった」

「それでも激しく口論を続ける意味は?不毛じゃないかい?」

 ゴライアスにはまだ納得がいかない。


「好きな奴が一生懸命好きな物のことなら、俺は一生懸命、とことんまでに語るんだよ。これが俺たちのやり方だ!一世がぶつけて来るものなら、何でも全力で受けて返すんだよ!価値観が違ったらハイそれでサヨナラなんて柔なもんじゃないんだよ俺たちの関係は!」


「勇……お前って奴は……相変わらず現実から逸れたファンタジックな熱さがあるんだよな。だから俺もお前が好きで、いつまでも付き合うってわけなんだ」


 相容れない意見をどこまでも突き通す幼馴染二人は、笑顔で向かい合うのである。


「そういうわけだ。俺の世界、俺の時間はここだけでのことだ。ここで、大事な奴らと大事な時を

過ごす。それで良いんだよ俺は。異世界に夢を見るなんてことはせずとも、俺の充実した毎日はここにある。俺は最後までこの世界で生きることにこだわる」


 異世界への偏見を含んだ言葉も多々言い放っただろう。だが、勇が最も強く心に持っていたものは、異世界に行かない理由ではなく、この世界にいる理由だった。


「勇……それが君の鋼の意志なのか……」

 ゴライアスは勇の言葉に真実を見た。


「勇君、そういう情熱的な告白は、そんなオタク友達よりも、私みたいな乙女にこそするのが相応しいと思うの」

 ラノベのページを捲りながらみっちゃんが言うのだった。


「……ごめん。そう出来たら良いのだけど、俺にはまだそこまでの甲斐性がないんだ……」

 力なく言うと、勇は肩を落した。


「どんまい勇。お前はできる子だから焦ることはないさ。好きって気持ちはやがて抑えられなくなり、自然に口から溢れるものさ。俺が持つ異世界への愛や、お前が持つ俺への愛がそうだったようにな」

 勇の肩に右手を置いて一世が言うのだった。

 そして左手に掴んだ煎餅は口の中に入り、ボリボリと音を立てるのだった。

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