第二話 駆ける青春
「神名君、ありがとう。日直のお仕事ご苦労さまだったね」と担任教師は言った。
神名勇は、クラスで集めた進路希望調査票を提出するため、放課後の職員室に来ていた。
「いや~もうこんな時期なんだね~。多くの生徒達が揃ってここを羽ばたく。それは、担任として嬉しくもあり寂しくもあるが、今はどちらの感情も抑え、ただただ進路指導に邁進するのみだ。君との個別面談もその内行うね。君が高校の先へとライフステージを進めるのが初めてなように、僕もまた高校生の教え子を次のステージに上げるサポートをするのは初めてのことだ。初めての者同士手を取り合って春には光を見れるようにしよう」と担任教師は笑顔で言った。
「はぁ、そう言えば先生は三年生の担任になるのが初めてなんですね。俺の方でも、先生が困らないように尽力しますよ」
「はは、頼もしいな神名君は。大人の手など借りずとも次のステージへと突き進んで行けるならそれに越したことはないよ」
「あぁ、じゃあ進路に関して参考にも一つ質問を。先生はどうして先生になったんですか?」
「うん?僕かい?そうだな~、君に僕っていう先生がいたように、僕にもまた先生がいたんだ。特別格好良くてステキな先生がね。そこに憧れを通り越しての激しい魅力を感じてね。そうしてその人の背中を追って学問を詰めば、ほら、こうして今座っているこの席ってわけさ」
「はぁ……なんだか先生らしい先生への道ですね」
「まぁね。なんたって僕って男は純粋なる先生だからね。そこに至るまでに変わった道のりは通ってないさ」
担任と二、三の言葉を交わすと、勇は職員室を後にして帰路に就いた。
神名勇は、ここフラッシュコブラシティにある閃光帽蛇高校の三年生である。
成績は優秀、容姿端麗、身長も高くスタイルも良い。健康そのもので体の不具合はまるでない。仲間からの信頼も厚く、所属するバスケ部ではレギュラーであり「フラッシュコブラの点取り屋」の称号も勝ち取っている。テレビゲームが上手く、母親譲りの喉で奏でる歌も上手と来ている。走るのも速い。親は高給取り、マイホームのローンは完済。車もあり、貯金も十分。そして可愛い妹もいる。
これらのステータスから、概ね良好で何の問題もない人生を歩んでいるという結果が導き出せる。
そんな勇でも、進路のこととなると人並みに悩むのである。
勇の家が見えた。二階の彼の自室の窓から顔を出している者がいる。
「お~い、勇く~ん」
声を聴いて勇は二階の窓に目を向ける。
「あっ、みっちゃん!なんで!今日は友達と遊びに行くって言ってたのに」
そう、みっちゃんは、つまり彼が帰宅するよりも前に彼の自室に陣取っていたあの女は、確かに本日放課後に友人と街に繰り出して遊ぶ約束をしていた。しかし、女子高生なんてものはコロコロと気分で予定を変えがちなものである。山の天気のごとく未来が約束されないこともしばしばあるのだ。
勇は駆け足で自室を目指した。焦って駆けた理由は、みっちゃんに見られるとまずいものが割と目につきやすい場所に放置されていたから。
(マズイ!マズイ!権之内に借りたムフフな本が棚の上に普通に置かれたままだ。部屋の端だからまぁ目が行かない所と言えばそうだが、注意して見ればすぐに分かる。まだ発見前なら、速くなんとかせねば!)
勇は普通の男の子なので、男の子が普通に楽しむコンテンツを使用しても納得なのである。
玄関ドアを開け、勇は階段を駆け上がった。最後の一段を踏み終えた時、自室から悲鳴が聴こえた。
「きゃああ~!!」
(みっちゃんのあの叫び……南無三、油断が過ぎた)
事態を察した後の勇は急ぐ足を緩め、ゆっくりと自室へと向かうのであった。
彼がゆっくりドアを開けると、そこには彼が予想したのとはまったく違った光景が広がっていた。