表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/197

第十九話 異世界超絶討論 勇と一世 その1

「どうだ勇。分かったか?」

「ああ……お前がいつしか勝手に俺の部屋の押し入れに置いていったセレクションの数作品を、この一週間でちゃんと読んだ。その感想を聞かずにはいられないよな?」

「ああ、もちろん聞こう。そのために今日はやって来た」


 一世は床の上で胡座をかき、両腕を組んでどっかりと構えている。


「だがその前に、長丁場になりそうだから、そのお供として小洒落たお菓子の一つでもあると良い。ちょっくらおばさんに頼んで用意してもおう」


 このように、他人様の家に来ても自分の空間のルールで生きるのが、この男の図太く無神経にして逞しいところである。


「人んちの母親をそうして良いように働かせようとするお前の魂胆は見えている。つうわけでほらコレ、母さんからの差し入れだ」


 勇は勉強机の引き出しから美味しい煎餅の袋を取り出して一世に投げる。次には缶のお茶も投げた。


「ふふっ、さすがおばさん。もはやほぼ息子の俺のお腹の事情もお見通しか。末恐ろしいぜ。だが一つ欲を言えば、淹れたて熱々のお茶の方が良かったかな」


 勇の寄越したのは、もちろん冷たくなった缶のお茶だった。


「お前もう帰るか?なぁほぼ息子よ?」


 母と自分の気遣いに文句を言う厚かましいほぼ息子に対して、勇は遺憾の意を示した。一世は既に煎餅をボリボリと味わっていた。


「で、どうよ?これらを読んで異世界の良さを、無限のロマンに胸が大いに躍動する快感を知ったお前は、もう今すぐにでも異世界に飛び込みたくなった。違うか?」


 勇は勉強机とセットの椅子に座り、床に座り込む一世に目を向ける。そして、首を横に振った。


「いいや、それでも俺は勇者にならない!これはない!」


 一週間勇者と異世界に向き合った彼の答えがこれだった。


「なぜ?とは聞きたいところだが、まぁ鋼に等しいお前の意志だ。もとから一週間そこらじゃ、お前の意志が変わるなんて思ってなかったさ」


 バカ丸出しで何も考えてないと思いきや、一世の方では前もって勇のアンサーの予想がついていたようだ。


「まあそれはそれとして、今日はとことんまでにお前と語りたい。勇者として冒険に出る出ないは別に、こういった本の感想ってのはどうだったよ?」


 勇はゆっくりと話し始めた。


「確かに娯楽性に富んだものであり、この世の荒唐無稽なアイデアが結集して生まれたのがこの手のジャンルなのだろう。大いに工夫が見られ、面白みが皆無なものとは思えない」

「だろうだろう。どうやったら面白くなるのか、その手の話を書く者の全てがそれを考えている。そうして絞り出したアイデアを紙の上に走らせたのが、お前の読んだ数冊ってわけだ」


 一世は得意げにその手のジャンル作家の気持ちを代弁した。


「しかしだ!しかし、何でこうも同じって言うか……いや、確かに手を変え品を変えはしているのだが、まぁそれをしないと一致が過ぎるパクリになるからなぁ……」

「ん?何が言いたい?」


 勇は何か良くないことを言いそうな気がする。一世には予感が走った。


「うん、じゃあ言わせてもらうが、なんつうかコレな、全部似てるんだよ。色々いじって変えてを行った。その跡が見えるものの、根っこは同じみたいな。とにかく間隔としてどれも似たりよったり、てかほぼ一緒」

「なるほど。まぁそこに行き着くわな」

「ああ、どうしてこうも似ている?今回読んだ数作品だけに限ったことではない。お前がここに来てやるゲーム、見るアニメ、それらと並べても色々似ている。どれもこれも原作作家が違うのに、違う脳味噌から生まれたものなのに、どうしてこうも同じものになるのか。不思議でならない」


 勇はそれを見つけてしまった。そう、その手の作品は、色々違うのにどこかが似ている。こんな矛盾した感想が出てきても仕方ないものなのだ。


「一人が柳の下で泥鰌を見つけて獲ってくれば、それを知った二人目三人目と続き、それ以降ゴミほどの数になる者が、最初の一人の行為を真似て美味しい思いをしたくなる。そんなところかな?勇の分析は」

「まぁそんなところだな」


 この手のジャンルのファンなら耳に痛い話とも思ったのだが、一世は意外にも落ち着いている。というか、自分でもその点は分かっている。勇はそんな一世の落ち着いた態度がどこか不気味に思えた。


「一緒って言えばさ、主人公が弱者の出っていうこともそうだな。多くないか?こっちの世界で諸々の生活が上手くいっていない奴が、向こうの世界に行っていきなり最強みたいな流れ」

「うんうん。あるな。お前はそういう作風についてどう思う?遠慮はいらない。俺はお前の意見が欲しいんだ」


 一世は勇と大いに議論したがっている。


「主人公が無職、ヒッキー、いじめられっ子。そこから異世界に行って反撃、やり直しの物語を展開させる。これってさ、ちょと性格の悪い感想かもしれないけど、弱者に寄り添った都合の良い展開で、そういう奴らならではの甘ったれた願望みたいじゃないか。そう思えると、明るい気分で読めなくなるんだよな。それに、強い立場になるのに、都合が良いパワーアップばかりで、こいつらはろくに修行などの努力をしないだろ?そりゃ、主人公は厳しい立場にいたから、可哀想とは思うが、楽して得た強者の立場に残る最後の感情ってのは、虚しさじゃないのかとも思うんだ。良い想いが出来るのは最初だけだろ。発想がいじめられっ子特有のものって感じがするんだよ。シナリオ云々は今は抜きにして、この基本設定が俺の好みじゃない」


 勇はそれまで友情や努力、根性など、世間一般では美徳とされる概念をテーマにした作風に多く触れてきた。それは『小人の惑星』『明後日の田吾作』『補欠を脱せ!』『スマッシュワースト11』『虚無僧ホエールズ』『青き返り血のトゥエルブ』『イントロ捕鯨団』『スラオダッフンダー』などの作品がそうだった。どれもがテーマとして正々堂々な清さを扱ったものだった。根暗で終わったような人間が主役を張ることはなく、教訓や感動がひしめく物語に乗せて、輝く命の美しさを伝える内容だった。勇は、そんな作品にこそ胸が震え、感動でき、何よりも面白さを見出すのだった。

 そこへ来ると、こちらのジャンルでは、友人がいなく、根性もなく、努力をそもそも知らない。そんな腑抜けが主人公として活躍する。本来何もない人間が、全てを誰かに与えられて、偽物の一人前にとなる。その点に、例えフィクションであっても納得と感情移入が出来ないのが勇の素直な想いだった。


「弱者か……そうだな。この世には弱者と強者がいる。例えばコレ、名作『長井鈍作の勇者紀行』」


 一世は世紀の名作を手にとった。


「これの主人公の鈍作は、最初こそ底辺も底辺の人間として描かれる。そして例によって例のごとく、ある日突然異世界に行って最強の勇者になる。そう、この手のジャンルのテンプレを辿るしがない命だ。日本での鈍作の生活を見れば、学校にも、会社にも、そして家庭にも、この世の誰かしらが接して不思議ないどのコミュニティにも、鈍作の居場所はない」


 微笑と切なさを湛え、一世は本をそっと床に置いた。


「クラスカーストという言葉を聞いたことがある。鈍作はそのどこにも位置しない例外として描かれいてる。どんぐりが背比べをする。それを成立させるには、同じどんぐり同士で集まって事を行わければならない。そこに松ぼっくりが混ざれば、どんぐりの背比べにはならない。鈍作は、背比べをする仲間としても足りない。だからどこにもいない人間だった。弱者、強者のふるいにもかからない命だ。人のパワーを突き詰めた先で、何にもならない採点不可能な人物が鈍作だ。ここまで突き抜けると、ある意味スゴイだろう。弱者を突き抜けた先にある例外の世界だぞ。これがつまりファンタジーだ」


 一世は熱っぽく謎の語りを行う。不気味ではある。だが、無視するわけにはいかない懸命さが、言葉の端々に見られた。だから勇は真面目に聞くのだ。


「ふふっ勇。お前は運動も勉強も出来る。バレンタインデーのお前を見れば、モテることもよく分かる。そして金持ち土地持ち、可愛いガールフレンドのみっちゃんがいて、俺のようなナイスガイが過ぎる幼馴染もいる。盤石も盤石。お前は皆から、良き人間、頼れる人間だと認められている。我がクラスには、カーストも四民も見られない。皆が尊い存在同士として仲良くしていると思う。それでも、そこに強いて区切りを作れば、勇、お前は間違いなく強者だ」


 一世は勇を見上げる。


「お前が弱者の心境を語れることは出来ないさ。鈍作の気持ちは、お前には一生理解出来ない。なぜならお前は弱者から遠すぎる。お前の持つ高いステータスが、鈍作の心理に辿り着く邪魔をしているんだ。お前の言葉には安心した。感情移入の有無はともかく、如何に真摯に物語に向き合って理解しようとしたのか、努力したのかが分かる。こんなバカな読み物、くらいに思って適当に読んでいては辿り着かない意見だよ。やはりお前は頭が良い。文章を読んで理解し、人物心理を追う能力が本能として備わっている」


 全く正解である。一世の言ったことの全ては当たっている。鈍作の物語は確かにしっかり読んだ。自分と鈍作は、全く違った生い立ちを持っていた。真逆だった。勇は、他者から言われることでよりその事実を実感した。


「だが待てよ……だったらお前だってそうだろ?お前だっていじめられっ子の心理になれるような者じゃない。むしろ、意図的にではないにしろ、無意識ないじめ、というか嫌がらせをする側に回る部類だろうが」


 失礼な物言いなようで勇の言うことは正解である。一世がいじめにあった経験は一度もない。むしろ予想外にして空気を読まない言動で、無意識に他人を困らせ、追い詰めるのが一世だった。だから一世を苦手とする同級生は少なくない。それは特に女子に言えることだった。


「そうだな。俺だってそこそこにナイスガイであることは他者からも認められている。学業だって問題ないし、運動だって苦手じゃない。5人相手の喧嘩しても追い返したことだってある。自分を過大評価して慢心することはしない。だが、控えめに言っても俺は自分が弱者だとは思えない」


 こんなオタク気質を持ちながらも、一世は三年間バスケ部に所属し、勇と肩を並べて活躍したエース選手である。ここに権之内ごんのうちを加えた三人がチームの3本の槍であり、同時に盾にもなった。


「でもな、それでも鈍作は等身大ではないだろ?超人が主人公の作品には、等身大の共感を寄せることが出来ない。超人は常人を超越した命であるから、当然等身大な人間ならではの共感を産むことはない。そんな超人に全く届かない死んだような鈍作のステータスを見てみろ。逆にここまで下がったステータスって、何をどうすればここまで行くんだって感じだろ?この世の全ての怨霊が取り付いたかのようなもんだろ。突っ切ってスゴく高い能力を持った主人公も面白い、鈍作みたく突っ切って沈んだステータスの者も逆に面白い。常人とはかけ離れたところにある人間性に輝きを見たんだよ俺は。そんなどん底のコイツだからこそ、異世界に行って急に強くなるのが興味深い。地べたを這いずり回った奴が得た光ってのは、格別なんだろうなって思うんだよ」


 一世の目は輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ