第十七話 逃げて逃げて逃げ抜いた異世界逃走劇のゴール地は?『日本が嫌いな俺が逃げんこんだ先は異世界ハーレム王国だった件』最終話
「あ~!遂に帰って来てしまった!」
磯村男願は、遂に日本に帰ってきた。
男願を迎えるのは、あのハーレム王国で楽しき時を共にした美女に次ぐ美女達ではない。彼を迎えるのは乾いた風のみ。それに乗って転がる空き缶の音が響く。他にも風は、うらぶれた地のドブ臭さも運んできた。
帰還早々男願が思ったことがこうだ。
「日本、ろくなもんじゃねえ!」
空き缶を蹴ると、男願は自宅を目指した。
異世界と違い、こちらの世界で彼を迎え入れる場所は無い。息子だから、という最後に残されたたった一つの繋がりのみで、ギリギリ顔パスが利く施設が、両親の住む一戸建てだった。別の言い方をすれば実家とも言う。歓待は全くされないものの、侵入を激しく拒まれることもない。家という安息地の概念がひっくり返るようなイカレた理解かもしれないが、男願にとっては家とはそういう場所だった。
全く晴々としない想いで、男願は久しく実家の門戸を開く。相変わらず古くボロい家。玄関ドアの蝶番が錆びているため、押せば「キキィ~」という耳を害す音が響く。こんな所にも見る貧乏臭さを、男願は心底嫌っていた。華やかな異世界にいる間、『錆』という現象や概念の存在を忘れていた。向こうの世界はもっと清潔で豪華だったのだ。
「ただいま!」を言うことはない。久しぶりの帰宅でも、男願は家族との再会を喜ぶつもりはなかった。それは家族もまた同じだった。無為徒食の男願を家に置いておくことに対し、家族は社会に向けて申し訳ないと思っていた。男願はと言えば、持ち前の図太さと年季の入った社会不適合者の自負により、社会に対して何も気を遣うことはなかった。
社会と男願、2つは互いに互いを必要としないクリアな関係にあった。ただ、自分の存在を申し訳なく思う家族の後ろ暗さが、ありありと見えることが嫌だった。それをさせている原因は他でもない自分にあるのだが、それでも男願はそのことが気に食わなかった。
「ダン!ダンか!ダンなのか?」
父が男願を呼ぶ。家族にはダンという愛称で呼ばれていた。こうして名を連呼されると、Tけし軍団メンバーのあの人の名前に聞こえてこないこともない。
「なんだよ?帰ったら悪いのか?」
良いことは皆無。別段悪いこともないだろうが、いないに越したことはないだろう。そこを分かった上で、男願はとりあえずのコミュニケーションを取った。
「いや、それが……良いのか悪いのか……いや、悪いのかもしれない」
父の物言いがなんともはっきりしない。いつもと様子が違っている。何事かと思って男願は父に問う。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「いや、あった……ちょっと来い。腰を据えての話になる」
父は自分の存在をなるたけ無視するよう努めていたはずだ。その父が、自分を居間に呼び出して話があると言う。これは只事ではない。男願は気を引き締めた。
神妙な面持ちの父は居間に来て腰を下ろすと、まずは新聞を見せる。
「なんだこれは?」
「いいから、ココを読んでみろ」
父が指差した新聞記事を見て男願はびっくりした。
『行方不明のニート 未だ見つからず! 新時代の最高神隠し』
こんなタイトルの記事を読み進めていけば、自分の名前が書かれている。新聞に名前が載ったことなど初めてのことだ。自分は長らく行方不明となり、警察が総動員して捜索しても手がかりの一つも見つからないとあった。
なんだ、どういうことだ?自分と社会は、どこまで行っても不干渉だったのでは?なぜ社会がここまで自分に注目している?
「ちょ、ちょっと待ってよ。何これ?いや、まぁ確かに俺は国にっていうか、この次元にいなかったけど、たかだかニート一人消えたくらいで、なんでこんな大騒ぎに?」
「一国の主でもなければ芸能人スターでもないお前が何でこんなに注目されるのか。そりゃ当然思うことだろうさ。ああ……大変なことになった。大変なことになった……」
父は頭を抱えて言葉を途切らす。
「おい!説明がまだだ!ちゃんと全部話してくれ!」
男願は父の肩を強く揺らした。
「国は、退屈からの脱却を願っている。この長い間、お前がどこに行っていたのかは知らないが、お前も同じことを願って姿を消した、そうだな?」
「……確かに、そうだ」
いつも通り、この居間の真上にある自室に閉じこもっていた男願は、不意に訪れた異世界の使者の話に二つ返事でOKを出し、一瞬でこの世界から消えた。
それまでは退屈が恐怖だった。この世界に、次元に、自分を退屈から連れ出してくれるものはないという確信があった。そんな絶望的な状況を打ち崩したのが、異世界への冒険だった。行き先を家族に告げる間も無く飛び立った。
父の言うことは当たっている。男願は、間違いなく退屈無き世界から帰還して今ここにいる。
「最初こそ、小さなニュースとして扱われた。学校にも会社にも行くところがないのだもの、引きこもりだって、時には引きこもることに疲れて遠くに遊びに行くこともあるだろう。お前の失踪を知った者なら、誰もがそんな風に思うだけで、記憶の隅に置くどころか、その場で記憶するに値しないものと判断して終わっただろう」
「それが記憶され、騒がれている?」
「そうだ。言ったろ?国は退屈している。人々は刺激を求めている。それは何でも良いんだ。ほんのレクリエーション、もっと簡単に行ってしまえば暇潰しだ」
父はここで姿勢を正した。
「たかがニートの失踪だ。普通なら犯罪性の有無を気にしてもらう余地もなく忘却の彼方だろう。お前がいてもいなくても、社会の全ての人になんら影響を与えない。でもな、おかしかったんだよ。引きこもっていたお前が、窓にも扉にも内側から鍵をかけて消えている。密室トリックってやつだ。出口を締め切ったままどうやって消えた?」
それは簡単。異世界と繋がった次元のゲートをくぐったからだ。物理という概念が意味をなさない次元のトリックなのだ。だが、一生日本でしか生きることのなかった父にそれを話したところでおそらく理解出来ないだろう。
「お前のような者でも、いなくなれば警察に届けを出すことになった。こちらが知りたかったことは、行き先なんかじゃない。生存確認だ。死んだなら死んだ、生きているなら生きているではっきりしないといけない。お前は知らないだろうが、法的に大人とみなされた者なら、国土の上で呼吸しているだけで諸々の支払いが発生がする。その面倒は母さんに任せている。死んでいるなら、お母さんが支払うものはなくなる。その確認のためにも、警察にたくさん協力してもらった」
耳に痛い話だが、それでも自分が父の立場なら納得するしかない内容でもあった。
「天下の日本警察が、消えたニート一人探すのに困難を極めている。注目するのはニートの方ではなく、あの警察でも歯が立たない逃走劇になったということだ。メディアが徐々にお前を取り上げるようになった。暇な奴程好む話だろう?それでついた事件名が、神隠しよりもっと上の最高神隠しってわけだ」
密室から脱出したトリックの解明が出来ず、すごい人数を使って捜索しても消えたニートのヒントが何も見つからない。警察も躍起になるわけだ。父から話を聞けば、警察の不出来を民衆が責めるということもあったという。もちろん男願の安否など誰も気にかけていない。ただ警察を叩きたい者達が、叩きたいままに叩いているだけだ。
「警察も会社員みたいなものだ。質はピンきりだが、その内のどれを動かすにも金はいる。ニート一人探すのにどれだけの金が動いたか。莫大な金を用いて、今までもこれからも一円だって売上を出さない者を探す。人名は尊いという建前を貫くにも限界がある。だから死んだものとして無駄捜索を打ち切ってしまえという意見も当然出たな」
国のことなど気にしたことのない男願は、国の金が動くという事態がどういうものか、父の話を聞いてもまだ実感出来ない。
「こんな不毛なことをいつまで続ける?ニート一人も探せないような国家機関に何の価値がある?と、話題は思わぬ方向へと膨らみを見せたよ。お前のような、社会から見れば小さな点にも満たない存在が、多くの人間を巻き込み、多くの暇潰しの話題を呼んだ。ははっ、これを思えば大人物じゃないか。誰にだって作れるネタやアイデアではないぞ」
父の情緒がだんだんとおかしくなっているようだ。頭を抱えて悩んでいたはずが、不自然な笑いが漏れるようになった。男願はここらで頭が痛くなった。
「まだ終わっていないぞ。今はネットの時代なんだ」
「ネット?」
「そうだ。お前が学校よりも会社よりも長くいた場所……だろ?」
自分で何を言っているのだろうと思った父は、まだ不自然な笑いを浮かべたままだ。
「動画配信を行う輩がいるだろう?」
「ああ、腐るほどにな」
「そうそう、その中で有名な奴が、お前のことをネタにしてだな……」
「なに?で、どうなった?」
「まぁ最初は本当に適当なトークネタで出したのだろう。だが、警察も探偵も誰が何をしてもお前の尻尾を掴めないときたら、ちょっとだけのネタで終わらないだろう?」
そうだろう。だって自分は地球にいなかったのだから。どんな推理や捜査網を用意しても絶対に見つかるわけがない。まさか異世界からの使者がこの事件に絡むと予想出来たものはいないだろう。ギリギリ迫ったとんでもないワードで「神」というのが飛び出したが、そこから更に捻って考えないと異世界には辿り着かないだろう。
「金持ちの道楽だろうな。お前に懸賞金がかかったんだよ」
「はぁ?」
「動画配信ネタとして、警察を出し抜き、自分達で天下の神隠しを暴くってことになったんだ。ネットの繋がりは恐ろしく広い。皆が情報を共有し、外をうろつくニートを探した。不幸なことにお前と間違えられて酷い目にあったニートもいたと聞く」
「な、な、何言ってんだよ?そんな頭のおかしいことになるわけない。それは冗談だろ?」
父は黙ってテレビをつけた。ニュース番組が流れる。父の言ったことが全て本当だと分かる内容だった。
「ああ、おかしいさ。でも分かっただろう?ニート一人が消えて、国はおかしい程退屈しのぎをしているんだよ」
男願は未だかつてない衝撃を受け、声を発することが出来なかった。
「お前、ここに帰ってくるところを誰かに見られちゃいないだろうな?もう分かるよな?お前が社会に見つかったら一体どうなるのか?メディアは大騒ぎ。この家にも人が押し寄せるぞ。世界がお前を放っておかない」
男願は胃が痛くなってきた。
その時、ドンドンと玄関扉が叩かれる音がした。
「磯村さん!磯村さん!息子さん、もしかして帰って来たんじゃないですか?」
誰だろう。男の声がする。自分を探している声なのか。そう思うと男願は恐怖するのだった。
「ああ、だめだ。見つかってしまった……ああ、ああ……」
父の呼吸がおかしい。
「……待てよ、懸賞金。お前を捕まえれば、金が入るのか?自分の息子だもの、捕まえて金と引き換えても……ふふっ」
おかしな笑い、おかしな目で父は男願を見た。
父の様子もそう。玄関外にどんどん人が増えていくのもそう。この状況は自分を危険にさせる。そう判断した男願は、すぐに階段を駆け上がって自室にこもった。
「ダン!出てこい!最後の親孝行だ!さぁ懸賞金をぉぉお!」
普段の父とは思えない。何かに取り憑かれたように父は扉を殴る。
やがて、父の後ろからも声が聞こえるようになった。玄関にいた誰かが上がって来て自分を捕まえようとしている。
「シムソン!シムソン!いるんだろう!俺はここだ!」
ボロ家の天上を見上げて男願は呼びかけた。
「ややっ!勇者!こんなところに!」
異世界からのゲートが開き、あの日彼を連れ出した使者シムソンが顔を出した。
「シムソン!俺を連れ帰ってくれ!頼むシムソン!」
「では勇者、レディ.ツモコ、レディ.ポコソム、両名に許しを請い、再び王国に戻ると?」
「そうだ!そうだ!地殻がえぐれるまで額を床にこすりつけ、ツモコにもポコソムにも土下座する。誓う!だから早く!」
あれだけ日本を嫌っていた彼が、日本に逃げて来た理由。それは先に名前を上げた二人のレディを同時に愛したことで、とんでもない男女の揉め事に突入したからだった。
ハーレム王国を維持するためには、多方に向けて愛をばらまく度合いを調整しなければならない。日本では家族以外の女性に触れ合うことが全くなかった男願は、その調整を誤ったため今ここにいるのだ。
「では勇者、ゲートをくぐられよ。再び桃源郷を目指しましょう」
「ああ、シムソン、恩に着るよ!」
男願はゲートに飛び込み、再び地球から消えた。
俺はやはり日本で暮らすなんてゴメンだ。もう振り返ることはない。この先に待つのは、俺と俺の女達で作り上げたハーレム王国だ。俺は一生俺の国で生きていく!
俺は磯村男願!男の願いと書いて男願だ!全ての男が願うようなハーレムを俺はこの手に掴む。
ゲートの出口は、光指す男願の未来は、もうすぐそこまで迫っていた。
男顔はゲートに向けて右手を伸ばし、虚空を掴んだ。閉じた拳の中に掴みしものは、決して誰の目にも映らない。だがその手に掴みしものは確かに希望だった。この世で唯一人、男願にしか見えない希望だった。
終劇
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「怖っ!おい、俺が異世界に行った場合にコレは無いよな?」
本を閉じてから勇はゴライアスに尋ねた。
「大丈夫大丈夫!前にも言ったけど、時間のことはちゃんと考えてるんだから。そういう勇者の不安がないように立ち回るのが僕らなんだよ」
ゴライアスは今日も勇の部屋に来てラノベを読んでいる。
「ほうほう、ここからどうやって最恐レックスを攻略するんだろう?」
ゴライアスは海外でも大人気の『異世界迷宮ゴソソンユン』を読み耽っていた。22世紀にも是非残したい一作である。




