第十三話 異世界信奉者前田一世見参!
今日は無職者はもちろん、労働者諸君ならもっと嬉しくなる日曜日。
静かな朝を大きな包容力で包むのは、朝陽の輝きと爽やかな空気だった。こんな綺麗な瞬間を染み染みと味わいたくもなる情緒的想いをぶっ飛ばす無粋な輩は、いつの世のどんな地にもいるものだ。
「お~い、勇、いさむ、いっさむ~!!」
勇の家の庭から、二階の勇の部屋へ向けてうるさい声が飛ぶ。これを受けて勇、居ても立っても居られなくなって窓を開ける。
「うるせぇ!何度言ったら分かるんだ!来た合図をするなら庭で叫ばず、表のピンポンを鳴らせって言ってるだろ!」
「あのなぁ勇、俺は一、二の三歩目でポカンと記憶が飛ぶ鳥頭じゃないんだぜ。そんなの分かってるよ。ただ、俺が来たってことは、あんな便利の良い機械でなく、この俺自身の声で勇に知って欲しいんだ。ライブをお届けしたいんだよ俺は!」
「気持ち悪いことをデカイ声で言ってんじゃねぇ。話なら聞くから静かに、いいか?静かに上がって来い」
「オッケー!光の速さでぇ~~」言いながら地域で一番うるさい男こと前田一世は勇の部屋を目指した。
「おはよっ勇!今日も良い朝!地球がご機嫌だ!」
「言ったよな?俺、さっき言ったよな?静かに上がってこいって。どんだけドタドタうるさく上がってくるんだお前は!」
勇があれだけ静かにと言ったのに、バカの一世は階段をドタドタと駆け上がって来たのだった。
「てへぇ、早く会いたくて一時的に鳥頭になってたぜ」と可愛く言ってみせるが、正直誰が見てもうざいだけだった。
「で?なんで来た?」
「なんでって?走ってに決まってるだろ。俺の家と勇の家との間で乗り物なんて出す必要ないだろ?」
二人の家はめっちゃ近いのだ。
「そうじゃない。手段でなく、理由を聞いているんだ」
「ああ、そうならそうって言えやい!まぁとりあえず日朝定番の『二人はマジでトゥルントゥルン』つけるぞ~」
一世は図々しくもテレビのスイッチを入れ、表向きは女児向け、その実大きなお友達に向けて発せられたあの人気シリーズにチャンネルを合わせた。
「お前まだこういうの見てるの?」
「まだだって?人間に向かってまだ肺呼吸してるの?って聞くかお前?生きている限り空気は吸う、だからそんな愚問は誰も口にしやしない。この場合も同じことさ、やる限りは当たり前の景色として見るんだ」
一世はこの手の作品ファンの鑑とも言える爽やかな言動を取った。が、それはファン以外から見れば痛いだけのものだった。
番組放送中、勇は何も言わず一世がやりたいようにやらせてやる。一世は集中し、テレビの中で展開する肉弾戦を見ては歓喜と興奮の声を上げるのだ。そうして番組が終わる時が来た。
「よし。で、何の話だったっけ?」
バカ丸出しで一世が言う。
「お前、脳みそ大丈夫か?そこ、ちゃんと仕事してるのか?」
「まぁまぁ待てよ。これから仕事させるから」
一世はしばらくかけて勇にするはずだった話を思い出すのだった。
「あっ!そうだ!そうだよ勇!」
「何が?」
「異世界から迎えが来たんだって!聞いたぞオイ!昨日来た転校生、え~と確か……一昔前に流行ったシューティングゲームみたいな名前の……」
「ゴライアス・ダライアスな」
「そうそう。あいつが使者で、勇は勇者として選ばれたって。なんでそれを早く俺に言わないんだよ。すごいじゃないか!」
クラスで一番最初に転校生に歓迎の声を放ったのが一世だった。だがその後の彼と来たら、休憩時間でもそうでない時間でも構わずラノベの新刊を読み耽ることにかかりっきりで、ゴライアスのことは放置だった。自らの身分をべらべらと明かすことでクラス全体がゴライアスの正体を知る中、本の世界に入り込んでいた一世の聴覚は一時的に機能を失っていた。だから一番遅くゴライアスの情報を知ったのが一世だった。
「で、いつ行くんだ?どこに行くんだ?俺も一緒に行けるのか?すごいじゃないか、異世界だぞ!誰もが夢に見し大ファンタジーの世界だぞ!そこで魔王を討伐してあれこれの異種族ヒロインにモッテモテだぞ!これに胸踊らせない奴がいるもんか」
一息に胸の内のわくわくとどきどきを言い放った後、一世は夢の世界に思いを馳せ恍惚の表情を浮かべた。
「はぁ……誰もがお前みたくお気楽に勇者稼業ウェルカムな訳じゃないんだよな」
勇の言葉を受け、一世は正気に戻る。
「え?なんだそれ、どういう意味だ?」
その後勇は、自分はとことんまでに異世界に行くことを拒み、最後の一瞬までここ地球のみで呼吸をしていく旨を友人に伝えるのだった。
「なんと!なんとぉ!!行かない?行かないのか?そんなことがあるものか!お前、異世界に行けるんだぞ!こんなチャンスがいらないってどういった了見だ!」
「だからその了見なら今言っただろうが」
「信じられない!どうして!なにがお前をそこまで拒否らせる!」
「ていうかお前、福引で旅行が当たったから行く行くかないのレベルで普通にこんな話、信じるのな?」
異世界大好きの一世からすると、こんなに嬉しい申し出を断る勇の考えがまるで理解出来なかった。
「ちょっと待てよ勇。行った方がいいって、絶対乗るべきだよこの話は。だいたいな、大の男が勇者になれるって言われてNOと答えるなんてありえん。いいか、勇者になってハーレムになってちやほやされるんだぞ。それが迷惑だって言うことはな、例を引っ張ってくると、そうだな……」
良い例を脳内から引っ張り出すまで7秒程時間がかった。その後一世は再びうるさく言葉を続ける。
「みっちゃんがおっぱい見せて歩いて来るみたいなもんなんだよコレは!なぁお前、お前の大事なみっちゃんが、乙女が頑なに守って当然の部位であるおっぱいを見せてくれるって言うんだぞ。それをお前、無関心でいたり迷惑だって言うんなら男として終わってるって、それは男子として不能だって。なぁ?そうだろ勇!」
『勇者になれる=気になるあの子のおっぱいが見れる』この方程式で考えると、勇者になれるのは相当美味しい。そんなことを思うと勇は混乱するのである。
「うう……確かに……それは、みっちゃんのおっぱいが……それは確かに迷惑どころかありがたいだけ……」
「だろ!やっぱりそうだろ!お前認めたよな。みっちゃんのおっぱいはありがたい!イコール、勇者拝命は超絶ありがたい!さぁなるんだよ勇者に!見るんだよおっぱいを!」
「そうだなぁ……それは見れるなら見ない手はないよな」
おっぱいマジックにより、勇の鋼の意志はこのバカに懐柔されつつある。これは危ないぞ。
その時、一世の携帯電話が鳴った。
「あっ、もしもし俺だけど……」
10秒程で一世は電話を切った。一世は黙ったままだ。
「どうした一世、誰から?」
「うん、そのみっちゃんからだよ。『大きな声で人のおっぱいの話題で盛り上がっておっぱいを連呼するな』だってさ」
勇はハッとして一世の向こう側、部屋の窓を見た。窓は開いている。空いた窓の向こうには、お隣さんの、つまりはみっちゃんの部屋の窓が見える。みっちゃんは笑顔でこちらに手を振っていた。だが、その笑顔は不自然で、どこかしっかり笑えきれていないようだった。ちょっと怒っているのだろう。
「ははっ、やばっ」と勇は素直にヤバさを口にした。
「てか、なんで窓開いてるの?」と言って勇は一世を見た。
「そりゃ、俺が庭にいて、勇が窓を開けて上がってこいって言って……それからずっと開けっ放しだ」
「はぁ~お前のせいか……」
勇は、おっぱいが遠のいたと思った。




