第百七話 蘇る魂の群れ
「死神イリュージョン!」
死神はこれまでいくつもの強敵の魂を狩った大技『死神イリュージョン』を発動させた。
生涯一人っ子だった死神が、そっくりの双子になり、三つ子になり、なんと四つ子にまでなった。合計4人に分身した死神は、権之内目掛けて一斉に飛んでいく。
四本の大鎌が権之内を襲う。ただの得物以上にリーチが長い4つの攻撃を同時に受け切ることもかわすことも出来るはずがなく、権之内は大鎌の切り裂きを食らってしまう。復数回の切りつけの末、体から湯気が上がるようにどんどん青白い風船が浮き上がっていく。権之内の命の時間が削られる。
「おやおや、さしもの4000年越しの大物も、この攻撃には息が上がるかい?そんな息もそろそろ止まる頃だろうさ」
権之内が息を上げる中、呼吸器官を持たない死神はどこまでも余裕の態度を見せた。
この時、空が赤くなったり、黒くなったり、白くなったりを繰り返し点滅した。点滅スピードは徐々に速くなっていくようだった。
「なんだ!」
権之内は空を見上げる。
「ふっふ、なんだだって?他でもないお前さんの体と魂のことだろう?この世界、魂の空間の終わりが近づいてるってことだよ」
「え?それってのはつまり……どういうことだろう?」
権之内の頭ではこの状況の理解が追いつかない。
「教えてあげるよ。つまり、お前さんの体の方が危ない状態にあるってこと。お前さん、とにかく時間がないよ。お前さんの体には活動の限界が迫り、魂の方も私に随分持っていかれた。お前さんは、残った時間とこの私、そして己自身、一度にこれだけの強敵を片付けないといけない。でないと元の生活に戻れない。ふっふ、もう観念したらどうだい?条件が悪すぎる」
「確かに、これはバカでも分かる。ヤバいぜぇ。ヤバいからこそ、そんな今だからこそ、生きている実感と魂の震えを感じる。うぉ~!やっぱり俺は生きる。死ぬなんて選択は無い!」
権之内の闘志により一層大きな火がついた。
「なんだって……こいつは大物だけある。こういう方向から己を鼓舞するのか。私の攻撃で弱ってなおも強き魂の灯火、いやこれはもう猛火、業火の類だ。ならばこちらも魂を狩る職人として職人魂に火がつくってものよ。お前さんを狩ることにこの私の青春と職人としての現役を賭けよう。誇りあるこのミッションを最後の仕事にする」
華やかな引退か死か、死神の方でも退路を絶って全力でこの場に挑む決心を固めた。
「熱い、熱いぜ死神のじいさん!あんたは敵だが、熱いロートルは嫌いじゃない。だからこそ、正面から徹底的にぶちのめす」
権之内の全身が青白く光る。
死神は、恐ろしい量の力が権之内を中心に集まることを感じた。
権之内は右手を上げると、人差し指を死神に向け、親指を天に向けてピストルの形を作る。ピストルの先から実体無き弾丸が発射される。
発射から着弾までの時間は一瞬。死神の右足が吹っ飛んだ。
「なんと!」
死神は驚きの声を上げて視線を足元に落とす。白き骨が宙を舞う。それは『白き韋駄天』の異名を勝ち取った自分の足。体の一部にして資産だった。
吹っ飛んだ右足の骨は、修復させる余地なく青白き光に包まれ消滅する。修復させようにも物が消え失せてしまっては話にならない。ここで足の骨とは生涯の別れとなる。一部とはいえ、命が消えた。そこで死神は走馬灯を見る。右足のみに宿る記憶だ。
それは彼が今よりもっと若い頃、地方の熱血死神野球大会に出た時のことだった。彼はここで優勝したチームの一員だった。それもチームを優勝に導く大いなるアシストを行った立役者でもあった。
自慢のこの足で一体何人の投手から塁を盗んだことだろう。人間の世界よろしく、死神の世界でも盗みは厳禁とされる。どこの世界でも悪の基本は共通するものだ。そんな盗みご法度の世界でも許された数少ない盗みが盗塁。死神はダイヤモンド上でなら何度となく盗みを働いた。罪にならず、むしろ仲間に喜ばれ、成功の数だけ胸に勲章を刻める。やりがい十分で自分に出来るベストな仕事だった。
「おお……我が足……」
何をしても記憶からは消えない生涯の財産。だがしかし、この場をもってしてそれは物理的には消滅してしまった。表情なき頭蓋骨にも悲哀が宿る。権之内は本能でそれを感じた。
「おおっ、出来るもんだな。その昔、伊達にあの世を見ていない不良の青春が描かれるバトル漫画を一世から読まされたことがあった。あの主人公の真似で指鉄砲を撃ってみたら成功したぜ。漫画もたまには人生の役に立つもんだ」
権之内は、指鉄砲を撃ち出した人差し指にふぅっと息をかけた。
「死神、お前も全部を賭けな。俺は賭けれる物を全出ししなきゃここに立っていられない切羽詰まった状況なんだぜ」
「この身に溢れるは怒り。青春の産物を持っていかれた。だが、それでもとどまるところを知らないこの高揚感は……これは、強敵を前に喜び震える戦士の性。はっはっ、やはりこれは天職!権之内貴一、お前さんに感謝する」
怒りと共に湧き上がる喜びがある。ミスマッチな二つの想いが死神をより脅威的なものへと変えて行く。
燃え上がる二つの魂は、重力を無視して舞い上がり、川の上で激しくぶつかり合う。
速い速い。二つの閃光は衝突しては離れ、それを繰り返し右へ左へと移動する。地上で観戦する野次馬共の黒目もそれに合わせて左右に忙しく動く。戦いを見続ける中、終わった命の死んだ目に徐々に光が灯る。
「すごい。死神もあのガキも燃えている。命の終わりの証となるこの場に全くふさわしくない魂の合戦が繰り広げられている。くそぉ!こんな熱い命があるのに、目の前で暴れているのに、何で俺は大人しく死んでいるんだ。死んでいられるか!あんなガキや骨だけになったジジイに遅れを取るのかよ!万年平社員でやって来た忍耐力をナメるな!負けるか、負けるか。俺だって生きてやる。人の意見なんて知るか、誰でもなくこの俺が選んで出した人生のオーダーが『生きる』だ。人生継続してやる!誰がこんな川なんか渡るかぁぁぁ!!」
船に乗る順番待ちをしていた万年平社員の中年男が叫びだす。男は死者の証である白き着物を自ら引き裂いた。
「生きてやる!生きてやる!襲いかかる死に対してストライキだ!」
彼に続き、他の者も生気を取り戻す。
死んだ命の行列にどんどん魂の火が灯る。それは上空から見ていた権之内にもしっかり気づけるこの場の大きな変化だった。
「やっぱり生きることは素晴らしい!だからこそ、それを邪魔するお前はここで絶対にぶっ潰す!」
権之内は光る拳を死神に叩き込んだ。




