第百三話 異世界、行きます
「いや、いいのかい?あれだけ君は異世界に行くことを拒んでいたじゃないか。君の主義、主張が崩れ、それだけでなく、異世界に行かない勇者の物語という作品コンセプトまでもが崩れてしまうんだよ。まぁ、僕の仕事が成功する分にはいいのだけど、そこら変を考えると、これ良いのか悪いのか、なんとも判断がつかない」
「ああ嫌だ。それは嫌だ。でも仕方ない。これまでは、そうする理由もメリットもなかった。権之内はこのままじゃ助からない。でも俺が勇者になれば助かる。俺が異世界を目指す理由ならそれで十分だ。それから作品コンセプトがどうこうってのは、何を言ってるのかよく分からんし、多分どうでも良いことだと思うぞ」
「……」
ゴライアスはしばらく言葉を返すことが出来なかった。
「君ってやつは……その高潔な心はやはり勇者たる証。仲間のためなら主義も曲げるか。良い勇者だよ、まったく。自分達の楽のために、こんな取引を持ちかけるような上司達に君の清い生き様を見せてやりたい」
「じゃあ頼むぜゴライアス、セピア。お前ら二人で案内役なんだろ」
「勇……こんな出立になるなんて。そりゃ、勇には早くこっちに来て欲しかったけど……」
セピアはなにやら複雑そうな顔を見せる。
「なんだよ。いつもみたいにフザケた態度で元気に仕事すればいいだろ。これで女神協会に大いに貢献出来るだろうが」
「え、フザケてないって。でも、良いんだね本当に」
「良いよ。行こう」
勇は即断即決を見せた。
権之内貴一は、やかましく無神経なあの愛しき友人は、こんな所で殺されてはいけない。死んではいけない。この先も行きなければいけない。そして、理由はどうあれ妹を泣かせたことに少なからずイラつきも感じたので、妹に侘びを入れさせ、元気な顔を見せて安心させること。これが勇から権之内に求める事だった。
このやり取りを盗み聞きしている一団があった。
残った仲間達は、手術室の前にいるはずだったのだが、やはり気になって屋上の扉の前に張り付き、聞き耳を立てていた。
一世、結華、みっちゃんの三人は、勇の決心を聞いて目を大きく見開く。まさかの決断を聞いてビックリしたからだ。
「ねえねえ聞いた今の!お兄ちゃんの勇ましき『勇者やります宣言』を!格好良い!それでこそウチのお兄ちゃんだ」
「さっきまで塩らしくしてたお嬢ちゃんが、一気に元気になったよね」
「うるさいなアンタは。いつまでもメソメソしてられないでしょうが。権之内は、こっちに帰ってくるためにきっと戦っている。お兄ちゃんはそれを助けるためにこれから戦いに行くの。男達が戦っているのに、この私がメソメソ泣いて帰りを待つ柔な女に成り下がるワケにはいかないでしょうが」
「さすが勇者の妹、逞しい」
結華とみっちゃんが話す横で、一世は下を向いて震えていた。
「いさむぅ、勇よぉ、お前って奴はよぉ……どうせそうだろうと思ったけど、やっぱりお前は最高で最強だ。感動した。俺は感動したぞ」
「一世どうしたの?」
ぶつくさ言う一世を見て、結華はやや不気味さを覚えた。
屈んで物陰から勇を見ていた一世は、すっと立ち上がると屋上扉を蹴り開けた。そしてぐいぐいと勇に歩み寄る。
「一世!それに結華もみっちゃんも。お前ら聞いてたのかよ」
一世は勇にガシッと抱きつく。
「お前はやっぱり勇者だ!感動した!死の淵にある友人を助けるため、お前は迷いなく危険渦巻く異世界に飛び込むと言った。よくぞ言った!ここで尻込みするようなら、クロスチョップでもかまして目を覚まさせてやろうと思った。ありがとう。愛しき友であるお前を我が固きチョップで挟む苦しみを味わうことなく終わった。ありがとう友よ!同じく友である権之内を是非助けてくれ!」
一世は歓喜の想いを息が続く限り次々とぶつけた。
「おい、分かったから離せ。お前のハグなんていらないんだよ気色悪いな」
引き離しにかかるが、無駄に強くハグがきまっている。一世の鼻水も涙も受けて、勇はイラつきもする。
「よし、このノリに乗って、私もちゃっかりハグと行くか」
結華も立ち上がると、勇目掛けて駆け出した。
「お兄ちゃ~ん」
なぜか妹も抱きついて来た。
「よしよし、お前はまぁ良いけど、男はあっちいけ!」
「いさむぅぅ!カメラ渡すから、可愛いくて巨乳のエルフ娘の撮影を頼む~~」
一世はちゃっかり自分のオーダーも済ませておいた。
「遂に行くことになったね」
みっちゃんは後からゆっくり歩いて来て言う。
「うん。なんとも、これは仕方ない。というわけで行ってくるよ」
「可愛くて巨乳のエルフ娘と写真撮ってくるの?」
「そりゃ、おまけのことで……撮らないよ。何を聞くんだよまったく」
ゴライアスは笑顔で皆を見ている。
「やれやれ、騒がしい勇者一行だ。ここは病院だというのに。セピア、それじゃ仕事にかかるよ」
「気合入れるわよ。遂に勇者様が来るんだから。いい仕事にしてみせるわ」
「セピアもキャリアウーマンの顔だ。まぁ、その積立の第一歩の仕事がコレなんだけども。とにかく、僕 らの本領発揮だね」
異世界勢の二人も心を引き締めるのだった。




