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第百二話 ゴライアスのネゴシエーション

 夜の屋上の風は冷たい。


「寒くはないかい?」

「いいや、問題ない。早く話せよ」


 ゴライアスと勇は、屋上のフェンスの前に立ち、夜の町並みを見ながら話し始める。セピアはそれを少し後ろで見ていた。


「ふぅ~。ちょっと長く、ややこしい話になるが……事情を知る僕だけが説明役として適任だものな。

君にとっては、きっと胸糞悪い話だろうけど、最後まで聞いてくれ。重要なことだ」

「分かった」


 ゴライアスは短く溜息を吐くと、話しても面白くない事情を語り始めた。


「権之内の事故だが、これはただの事故じゃない。まずこれを見てくれ。犯罪捜査というか、単純に情報集めなら日本警察よりも僕らの方が仕事が早い」


 ゴライアスは、勇の目の前に異世界の産物である異次元モニタを出した。そこに映ったのは、ビルの上で天体観測を行う権之内だった。しばらくすると、彼の隣に黒いローブをまとった謎の人物が現れた。二人は遠くを見て会話をし始める。少しの会話の後、権之内はビルを飛び降りた。


「これは……どうゆうことだ?」

 というか、ビルを飛び降りた事自体は、手術を受けるに足らないトラブルだったのかと勇は思った。


「この男、コイツが権之内をハメたんだ。バイクと自転車が衝突する迷惑な未来のお膳立てをしたのは、この黒いローブの男だ。そこに権之内が飛び込むよう誘導したのも同じ。コイツの正体は死神だ」

「はぁ!死神?」

 不穏な空気が漂う事件だ。解明する上で何が出てきてもおかしくないとは思っていたが、まさか死神が出てくるとは意外すぎてつい声が出てしまう勇だった。


「そうだ。君ら善良な市民が、人生において交渉を持つことがまず無いであろう異質な存在、それが死神だ。知ってるだろうが、奴らの仕事ってのは、魂を狩って自らの領分に持って帰ることだ」

「ああ、おとぎ話なんかで見て知ってるよ」

「コイツは仮にも名前に神なんてものが付くくらいだから、死においては、やはり神の領分として管理してしまう。言っておこう。ただの人間がコイツに狙われた以上、まず助かることはない」

「……」

 勇は黙り込んでしまう。事態は良い方向を向いていない。そのことを重く受け止めるのだった。


「でも、これをなんとか出来る方法がないこともない」

「本当か!」

「本当だ……だが、それには僕の主義に反する内容の取引を君に求めることになる。君がそれに応じたら、権之内は助かるかもしれない」

「何?取引?」

 

 ここでセピアが口を開いた。


「そいつら勇者派遣協会の上の人間、あのジジイ共が考えつきそうなずる賢く、それでいて真似したくない内容の取引よ」


 セピアの口調には、怒りと軽蔑の態度が見えた。


「なんだゴライアス。あいつが助かるなら何でもいい。条件を言え」

「うん。まずこれは誓って言うが、これから言うことは全て上で決められたこと。僕は事後報告を受け、それを君に話すだけ。そして、我々が提携を結ぶのは、女神協会だけであって、死神達の死神協会とは提携関係にない。今回、権之内がこんなことになったことに、僕は何も関係していない」

「死神協会もあったんだ……」

 勇は初めてその異質な団体の存在を知った。


「恥ずかしながら、僕の上司達は、この危機的状況を利用しようとしている」


 ゴライアスは、恥を承知で話を進める。


「以前言ったことがあると思うけど、一つの世界に、勇者が同時に復数人存在することはない。だが、同時に存在することが許されないだけで、勇者に値する力を持つ者はいる。候補には、一世、権之内の名前も上がっていた。でも、最も適したパラメーターを持つのは勇だった。だからこちらの世界に勇者は勇一人だけ」

「ああ、聞いたことだあったな」

「現在異世界には、残念ながら勇者としての適格者がいない。今はいないが、異世界出身の勇者は、これからなら生まれてくる可能性がある。勇者は、こちらの世界とあちらの世界、それぞれ一人だけ存在することが出来る。それが細かいルールだ。勇者は、異なる世界であれば、同時に二人存在することが可能なんだ。ここが今回重要となる点だ」


 勇はここまでだと、そのことが自分にどう関係あるのか察しがつかない。


「権之内が死ぬこと。それを有効活用しようというのだ。権之内にだって十分に勇者としての資格があるると判断されている。だから、権之内がここで死ねば、勇者として異世界転生させる。それが上の人間が出したアイデアだ」

「なんだと!」


 さすがに声が出た。ファンタジー過ぎる。荒唐無稽の極みのような事を言うが、この連中ならそれも出来てしまうのだろうと勇は思った。


「待て、勇者は俺じゃなかったのか?」

「そうだ。君こそが勇者だ。でも、異世界での面倒は、本来なら異世界人の勇者が何とかするのが本文でもある。それが叶うなら、君への協力依頼は無しになる」

 

 面倒からの解放は嬉しいが、嬉しいと思って終わらせることは出来ない。依然権之内は死と隣合わせにある。


「権之内は……どうなる?」

「転生とは、しっかりすっきり魂が、人間が変わった状態で次の命をスタートさせることだ。彼の高い能力はそのまま維持させる。それが我々には出来る。だが、形質、記憶に関しては丸っと消去させてもらう。つまり君たちにとっては、ただ死んだ人間でしかない。姿形は今の権之内ではなくなるし、生きる世界だって異なる。権之内貴一は、君の生活からすっかり消えてしまう」

「ふざけるな!何も良いことなんてないじゃないか!」

「そうだ……そうなんだ。勇には、他の仲間にも迷惑なだけの話だ。だから、ここからは君へのメリットとなる話がある。聞いてくれ」


 勇は集中してゴライアスの言葉に耳を傾ける。


「我々は、奇しくも苦労なく異世界に勇者を得たことになるわけだが、それでもまだ時間はかかる。権之内は赤ちゃんとしてまた生まれてくるわけだ。そこの早送りはない。こちらはなるたけ仕事を急ぎたい。だから、依然勇が勇者としてこちらに来てくれることこそが本望なんだ。勇、君が僕と一緒に異世界に来るというなら、我々の全力を持ってして死神を退け、権之内を助けてやる」

「出来るのか、お前達に」

「死神の持つ生を狩る力は強力だ。しかし、我々にだって少なからず命の始まりや終わりに干渉するだけの特権がある。君というカードを得るためなら、惜しむこと無く特権を行使する。それが上の判断だ。でも、この取引は、人の不幸と不安から生まれる心の動揺に付け入るようで、やり口としては僕の好みではない。それでもコレが僕の仕事だ。酷な事を言うが、君の答えを聞きたい。考える時間はあまりない」

「分かった。じゃあ行くよ。勇者になってやる」

「え!」

 

 勇は二つ返事で条件を飲んだ。

 ゴライアスとセピアは、あまりにも早い返しにびっくりして勇を見るのだった。

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