怪しげな研究をしているみたいで不気味、という理由で婚約破棄と追放を言い渡された錬金術師の私ですが。
「どうして君はそんなに不気味な研究ばかりするのか。私はもう耐えられない。――婚約破棄だ」
「えっ……」
27歳の錬金術師マーティーこと私は、ようやく掴めたと思った幸せがあっさりと流れてしまったことに愕然としていた。
私の婚約者――この国の第三王子の表情はどこまでも冷たく、何の後ろ髪も引かれていないと言いたげであった。
「君は確かにこの国を何度も救った。それは事実だが……」
私は錬金術師として優秀な部類で、その確かな技術と経験を用いてこの国の窮地を何度か救った事がある。
第三王子との婚約が決まったのも、まさにそれこそが理由。私のした事に気づいた国が第三王子との婚約話を持ち掛けて来たのだ。
そこには愛も何も無くて、政治的な意図が多分に含まれているだけであるけれど……それでも当時の私は嬉しかった。
だって王子さまとの婚約だもの。どんな理由や経緯であれ、夢物語みたいで本当に嬉しかった。
だから、話が決まって以降は張り切って錬金術を寝る間も惜しんで頑張ったよ。そうやって人の為になることをし続ければ、第三王子の評判も上がるかなって思ったから。
薄化粧する時間も潰して、大好きなハーブティーを作る時間も削って市販のもので済ませて、一生懸命に頑張り続けたの。
そうしていれば愛は後からついてくる。馬鹿な私はそう思っていたのだ。
でも、それが駄目だったらしくて、どうにも私が怪しげな研究に没頭しているように見えてしまったらしい。
「君には国家転覆を狙っている危険があるという判断が出た」
そんな気は全然は無いけど……そう見えてしまった、ということらしい。錬金術師は魔術師や医者と違ってマイナーな存在だから、そのせいで余計に怪しく見えたのもありそうだ。
あっけなかったなぁ私の夢物語。まぁもとから御伽話なみにありえない話だったってことなんだろーね。
なははははっ。
「諸々の事情を勘案し、君を国外追放処分にすると私が決めた」
私が泣きながら笑っていると、第三王子が異なことを言い出した。なんと婚約破棄だけでは飽き足らず、私を国外追放処分にすることにしたようだ。
まぁ国家転覆とか考えているように見えたらしいし、それを踏まえたのなら妥当な判断といえばそうなのかも知れない。
私からすれば”ちょっと待ってよ”って感じだけどね。
「これは手切れ金だ。これを持ってどこへとなりと行くが良い」
どさり、と中身がぎっしり詰まっている袋が床に落とされる。ちらりと中身が見えたけど大量の金貨だ。
こんなもんいるか! ――と言いたいけれど、タダで出ていっても「儲け儲け」とか喜ばれるだけな気がしないでもない。それは面白くない。
それに、金は錬金術の貴重な材料にもなるのです。だから、貰えるのであればたくましく貰いますよ私は。えぇはい。
「マーティー……迷わずこの金貨を受け取るのか。君には何のプライドも無いのか? 卑しい女だ」
好きなように言ってくださって結構でございますよ。私の方こそお前みたいな王子願い下げだ。二度と面も見たくない。
それから。
ボロ切れの布で補修した、なんとも可愛くない大きな背嚢を背負いながら、わたしは国を出てひたすら歩いた。
あてどなく歩いているわけではなくて、ちゃんと目的地はあるよ。
私がかつて錬金術を学んだ場所。
今はもう亡くなってしまわれた、柔和で優しいお婆ちゃんな錬金術師であったお師匠さまがいた場所に行くつもりだ。
とても静かで、近くには小さな街と村が幾つかあるくらいだけれど、大きな争いや世情とは離れて生きていける。
色々と疲れ果てた私は、そこで残りの余生を過ごしたいと思ったのだ。
独り身を決断する歳でもない気はするけれど、異性とほとんど関わって来なかった27年だったから、いまさらどうやったらイイ人を見つけられるかも分からない。
それに、仮に見つける事が出来ても、どうすれば好きになって貰えるかも分からないのだ。
得意な錬金術に没頭して頑張って良いところを見せようとすると、怪しげな研究をしているとして不気味がられる、というのだけは分かったけれど。
別にもういいけど。一人でも強く生きていけるし。
それにしても、思い出の場所に向かっているのは良いのだけれど、お師匠さまのあの工房が今でも残っているのかが少し不安だ。
お師匠さまが亡くなったあとも定期的に寄っては掃除をしていたものの、ここ最近は全然行けていなかった。
王子との婚約に浮かれて錬金術ばかりの日々で、あの陽だまりまでは片道で二カ月は掛かるから、その……。
『……ねぇマーティー、この工房は私の大切な陽だまりであると共に、あなたにとっての陽だまりでもあるわ。だから、あなたが一人立ちをしてここから離れたあとも、疲れた時には何も気にせずいつでも立ち寄って、そしてゆっくりと時間を過ごして前を向く為の糧になさい。それは弱さではなくて、未来を生きる為に必要な休息。……時間が経たないと変化しない薬剤があるのと同じで、人の心も変化に時間を必要とする時があるものよ。特にあなたは心が不器用なのだから』
ごめんなさい、お師匠さま。
あたおかな王子に気に入って貰おうとしたばかりに、大切な陽だまりのお掃除を怠ってしまいました。
でも、今度は住んできちんとしますから、どうか天国から温かい目で見ていて欲しいです。……不器用ですみません。
涙を拭いながら私が心の中で懺悔を述べてしばらく歩いていると、目の前で馬車が止まっているのが見えた。
何やら騒がしい感じであり、一体どうしたのかなと思っていると、身なりの良い青年が何人もの兵士さんを供にして降りて来た。
褐色肌の美形で、異国の身分の高い人のようだけれど……なにやら怪我をしているっぽい?
「馬車の揺れですら体には響きましょう。少し外の空気を吸い、休みませんと」
「す、すまない」
「いえ、そのようなことは……それよりも、申し訳ございません。私たちがいながら、賊の矢に気づくのが遅れ王子に怪我を……」
「お前たちは良くやってくれた。他の矢は全て落としてくれたでは無いか」
「王子……もったいなきお言葉にございます。あぁそれにしても、早く良い医者に診て貰いたくて仕方がありませぬ。日を追うごとに王子の顔色が悪くなる一方。毒の類とのことですが、前の街の医者は毒の種類が分からず応急処置が限界などと言い出す始末」
「そうは言うな。人にはそれぞれ、出来ること出来ぬことがあるだけだ。……前の街の医者が悪いわけではない」
どうにも重い感じの話をしている。ちらりと横目に窺うと、王子さまとやらの目端が紫がかり唇には渇きが見えた。
あれはサラディアという遅効性の毒の症状だ。
錬金術を用い、鍾乳洞の奥に生える茸を使って作る毒なので私には分かった。
本来はあくまで中間材料の一つとして作るものであって、毒のまま使ってはいけないものでもあるけれど……暗殺者の類が倫理観を失った錬金術師から買い取って使用したりしていることがある。
何の毒か医者には分からなかったとのことだけれど、それは仕方が無い。あまり世の中に出回るものではないので、錬金術に造詣が深い人でなければ、医者であっても気づかないかそもそも知らない人の方が多い。
錬金術師の私はもちろん解毒剤の作り方を知っている。でも、今すぐ作るのは無理だ。
材料はそこそこ背嚢に詰まってはいるけれど、触媒が足りない。私が今持っている汎用の粉末触媒では作ることができない。
専用の触媒は工房なら沢山あったものの、追放されるにあたって全部破棄してしまっていた。こういう時は万能触媒である金とか持っていれば楽……。
……そういえば金を持っているよね私。手切れ金とか言われて貰ったあの金貨がある。私解毒剤作れる。
でもなぁ。目の前のこの人は王子とかなんとかって言われてたよね? 王子って嫌な響きなんだよね私からすると。
そういう肩書の人には手を差し伸べたりしたくな――
「――うぅっ⁉」
「お、王子の容態が⁉」
「はぁ、はぁ……心配はいらぬ。俺には待っている民がいる。民の為にも必ず生きて帰る。それに俺が死ねばお前らも責任を取らされ処刑だ。それは避けたいな」
「王子……私たちと王子は一心同体も同然。死ぬる時は全員諸共です」
――はいはいはいはい、このまま見捨てたら私極悪人みたいですね、はいはいはいはい、解毒剤作れば良いんでしょう?
私は一直線に褐色の王子に近づいていく。すると、兵士さんたちが警戒心を露わにした。
「な、なんだお前は」
「賊の者か……?」
「いやそのようには見えぬが……」
私は気にせずドサリと背嚢を降ろすと、すぐに準備を始めた。
「その方の症状はサラディア毒のものです。今解毒剤を作りますから、待っていて下さい。三十分もあればできます」
そう言って周囲の反応も待たずに、脚のついた網の下に固形燃料を入れて火をつけ、水を入れたフラスコをその上に置く。
沸騰して水泡が立つ頃になってから、中和剤を作る際に用いられるミナミ草とサラディアのもとになる茸の粉末を等量で入れ、水量に対して1/10ほどの古火龍の血を加える。
最後に変化を加える触媒として金貨を入れ、私自身の魔力を注いでいくと、フラスコは一瞬だけ朱い光を放った後に綺麗な桃色へと変わった。
完成だ。私は解毒剤を試験管に移し替え、まずは褐色の王子に握らせる。
「これは……」
「解毒剤です。それと、他の兵士さんたちの分も」
毒に罹っていなくてもこれを飲むとニ~三か月程度サラディア毒への耐性が出来るので、周りの兵士さんたちにも渡して行く。
兵士さんたちの分まで用意したのについては特別な理由は無いです。フラスコの中には結構な量が残っていて、それを捨てるのが勿体無かったからというだけ。
「これを飲むと少しの間だけど耐性が出来るので、事前予防になりますから。折角ですし」
「あ、あぁ……しかし……」
「いきなり渡されてもな……」
いきなり解毒剤を渡されたことで、なにやら兵士さんたちは困惑し始めた。まぁ気持ちは分からないでも無い。見ず知らずの人間から「はい薬です」って言われても、信じられないよね。
けれど、これ以上はもう私にはどうにもできない。上手く警戒心を取り除けるようなコミュ力は持っていないのだ。
あとはこの人達次第である。
「……何かを企んでいるようにも見えぬ。このままではどうせ死ぬるだけ。折角の好意を無下にもしたくない。飲もう」
そう言って先に解毒剤を口にしたのは、褐色の王子その人であった。
切羽詰まっているから、というのもあるのだろうけれど中々に勇気がある人だ。見ず知らずの私から渡されたものを躊躇なく飲んだ。
部下の兵士さんからは好かれているように見える人だけど、それはこういう判断の速さが理由なのかも知れない。
口ばかりの人より、すぐに決断を下して動ける人の方が信頼されやすいと思う。
「お、おぉ……」
彼がごくりと喉を鳴らして胃に押し込むと同時に効果はすぐに表れ、まずはその目の端から紫色が消えて行った。
「こんなに早く効くのか。……事前予防にもなると言うのだから、毒に罹っていないお前たちも怪しまず飲むと良い」
褐色の王子の言葉を聞いて兵士さんたちも慌てて飲み始めた。
さて、私に出来ることはもう終わった。なので、器具を片付けて「よいしょ」と背嚢を背負う。すると、褐色の王子が私を呼び止めて来た。
「――ま、待ってくれお嬢さん」
お嬢さん、だなんて久しぶりに言われた気がする。そういうのって20歳くらいまでだと思ってた。
この褐色の王子さまとやらは、まだ毒の影響が少し残っているのかも知れない。きっと目がおかしくなっている。
そういう感じの化粧でもしていればまた違うかも知れないけど、今の私は旅仕様だからノーメイクだからね? どこからどう見ても立派な27歳ですよ。
「命を救って貰った礼がしたい。解毒剤だって無料では無いだろう。住まいと名を教えてくれ」
なるほど、そういうことですか。でも、筋を通したい的な気持ちなのは理解するけど、正直教えたくないな。
解毒剤を無料で提供というのは、確かに褐色の王子の言う通りに本来はありえないのだけど、そもそも頼まれても無いのに勝手に首突っ込んだのが私だ。
請求するのも受け取るのも違う。私が勝手にやった事なのだから。
「いえ、そんなお礼は必要ありません。私はただの通りすがりの錬金術師です」
「そのような遠慮はいらぬ。頼む教えてくれないか? 俺は一国の王子だ。出来る範囲でになるが、望みを言ってくれればなんでも叶えてやろう」
悪い人では無いのだろうし、単に事実だからそういう言い方に慣れているだけなのだろうけれども、なんかその”俺は王子だから”的な発言が少し嫌だなと私は思った。
なのでダッシュでその場から走り去る。
「ま、待ってくれ翡翠の瞳が美しき錬金術師よ! くそっ、追え! 追うのだ! あとは帰路に就くだけであったのだ! 追うのに何の支障もありはしない! 逃げられると追いたくなるのが俺だ!」
追って来なくて結構です。
二週間後。褐色の王子一同を撒いた私は、潮風が穏やかに凪ぐ船の甲板にいた。お師匠さまの工房があるところへは、船で海を渡るのが安全であるから乗ったのだ。
陸路でも行けなくはないけれど、そうすると途中で厳しい岸壁ばかりが連なる地域を通らないといけない。
私は別にドMでは無いので、いちいち危険な地域を通ったりはしません。
「……」
カモメの鳴き声を聞きながら、私は水平線の先をじっと眺めた。太陽の光を海面がきらきらと反射して、まるで宝石が散らばっているかのようだ。
私は天気の良い日の海が好きだ。この景色もさることながら、周期的に聞こえて来る静かな波音の響きが、心を落ち着かせてくれるのが良い。
――ずうっと、こうしたのどかな景色ばかり見て生きていけたらな。
私はそんなことを思いながらアンニュイな溜め息を吐く。すると、後ろから何やら騒がしい声が聞こえて来た。
「――船を間違えるとは何事か!」
「も、申し訳ありません王子」
「どうすると言うのだ。今から戻り進路を修正したとしても、その頃にはこの不死鳥の尾羽は効果を失ってしまうのだぞ。不死鳥の尾羽の生命を紡ぐ力は、あの枯れて荒れ果てた我が国の土地を生き返らせる最後の手段っ……」
「わ、私たちも急ぎ故国を救いたいと思い、逸る気持ちが焦りとなり、こんな失態をっ……」
さらさらの金髪に青い目の美形な男子――王子と呼ばれていた人と、その周りにいる従者との間で、何やら不死鳥の尾羽について色々と揉め事が起きているようだ。
王子がどうのとか、なんだか少し前にも似たような出来事に遭遇したような……というのはさておき、不死鳥の尾羽を手に入れたと言うのが本当であるならば、凄い苦労をしたに違い無い。
不死鳥の尾羽を手に入れるには、不死鳥本人に納得して分け与えて貰う必要がある。ただ、それが凄く難しいのだ。
会うのも面倒くさい手順を踏む必要がある幻獣たる不死鳥は、その力を使わせる人物に拘りを持っていて、”深く正しい誠実と清き美しき心を示せ”と言われる。
その際に”示した”と認めて貰える基準は人間のものではなく、あくまで不死鳥の基準に照らし合わせたものなので――要するにものすごく大変なのだ。
しかも、そうして厳しい基準をクリアして何とか手に入れた尾羽にも、使用期限のようなものがあった。
いつまでも使えるわけではなく、徐々に尾羽の力は落ちて行き、そしてきっちり20日が過ぎた瞬間に跡形もなく消えてしまうのである。
ただ、そうした制限がある代わりに、効果は絶大。見渡す限りの大地を百年もの間とても豊穣なものに変えたり、人に使えば不死はさすがに無理だけれど不老になることが出来る。
話を盗み聞くに、金髪の王子は民の為に土地をどうにかしたくて手に入れたようだけれど……まぁ、自分自身の為に必要だと言ったら不死鳥は絶対に納得しないだろうから当たり前かな。
不死鳥に対して嘘をつくと謎の力でそれを看破され、”誠実では無い”と認定されて二度と目の前に現れなくなる。適当なウソをついて手に入れた、ということは絶対にありえない。
さてはて、そんな王子ご一行がお悩みである使用期限だけれども、実はこれをどうにか延ばす方法が無いわけでも無いよ。
でも、それをすると不死鳥が感知して現れて、その処置を施した人物が理由を問われるんだよね。経験があるから分かる。どう答えれば良いのかも。
だから、私なら諸々をどうにか出来なくもなかったりする。けれど、こういうのに首突っ込むのって面倒くさ――
「――くそう、これでは民が、我が国の民がっ……」
「私を、私を極刑にしてくださって構いませぬ」
「それで解決するものか。……この旅の費用も全ては民の血税から成り立っている。であればこそ、こうなっては僕が民に合わす顔が無い。国へ帰り次第に全ての国民に懺悔し、そしてこの命を以て許しを請う他には……」
――はいはいはいはい、サラディア毒の時と同じで、助ければいいんでしょ。はいはいはいはい、このままだと私は一国を見殺しにした酷い女になっちゃうし。
私は急いで船内の自室に戻ると、背嚢の中からがちゃがちゃ色々と必要なものを取り出し、作成に取り掛かる。
不死鳥の尾羽の使用期限を延ばす為に作るのは、”妖精の泉”と言われる液体だ。
これは、浸した物の時間の進みを半年ほど妖精の世界と同じにする――つまり1/10程度しか時間が進まないようになる、という代物である。
あくまで時間軸を創り出す為の液体だから、もちろん火を入れても消えたりとかもしない。
火をつけた蝋燭を入れて素材採取の時に超長持ち照明として使ったり、あとは綺麗だけどすぐ枯れちゃうお花を長持ちさせたり……そういう用途で私は時々作っていたなぁ。
まぁともあれ、手順は次の通りだ。
聖水に対して1/8の妖精の涙、それと一日中太陽があたる地で育った太陽花の種を磨り潰した粉末を入れ、専用の触媒と魔力を少々を混ぜて掻き混ぜるだけ。
見ての通りに材料は少ない。ただ、聖水以外は手に入れるのがそこそこ大変。妖精の涙も色々と面倒だし、太陽花も一瞬でも曇ると枯れて種を残さないから手に入れるのが地味にきついかな。
工房にいた時は備蓄もあったし、そこそこ作っては好き勝手に使っていたけど、今になると贅沢な使い方をしていたなと思う。まぁ背嚢にはまだ材料はあるんだけれども。
「……さっさと作ってしまおう」
不死鳥の尾羽が入るくらいの大きさの瓶を取り出し、私は溜め息混じりに作成を始める。
専用の触媒が無かったので、またまた万能の金貨を代替触媒として使用しつつ、特別にミスをすることもなく大体二十分ほどで完成した。
私はそそくさと甲板に戻ると、いまだ揉めている金髪の王子と従者の間に割って入った。
「すみません」
「な、なんだ君は突然に――」
「――失礼ながら、横からお話を聞いていました。不死鳥の尾羽の期限が迫っている、という話ですよね? それであればこちらの”妖精の泉”をお使い下さい。この中に入れた物は時の流れが1/10になります。この船が目的地に到着してそれから引き返してまた船を乗り換えて国へ戻られても、十分に間に合うハズです」
突然私に話しかけられて驚いて瞬きを繰り返す金髪の王子に、無理やり妖精の泉を握らせる。すると、従者の人が回り込んでこう叫んだ。
「お、王子! そのような怪しげな物を受け取ってはなりません!」
いきなり現れた謎の女が便利アイテムをくれるなんて、怪しいと思うのが普通の感覚であるので、健全な反応ではある。
でも、折角作ったんだから無下にはしないで欲しい。
「……試すくらい良いと思いますけど。どうせ間に合わないのなら」
私が口を尖らせながらそう言うと、しばしの間をおいて金髪の王子が「ははっ」と急に笑い出した。
「そうか。それもそうだな」
「お、王子……?」
「どうせ間に合わない。ならば、やるだけやってみてもいい。……持って来い」
「で、ですが……」
「降って湧いた藁であっても縋りたいのだ」
王子が薄く笑んでそう言うと、従者の人たちも説得を諦めたのか「分かりました」と言って不死鳥の尾羽を持って来る。
そして瓶の中の液体へと入れた。
もちろんその火は消えることもなく、外にある時と同じように妖精の泉の中でゆらゆらと動いている。
「これは……ふ、不思議ですね王子。液体の中に入れたのに火が消えない……」
「……なんと面妖な」
と、その時だ。突如として上空に小さな火種が現れると、徐々にそれは大きく猛る焔へと変わり、あっという間に不死鳥の形へとなった。
甲板にいた人たち全員がぎょっとして、言葉を失ったまま不死鳥を見やる。
尾羽を貰う為に一度は会ったことがある金髪の王子たちも驚いているけれど、それはいきなり現れたからかな。
彼らは正規の面倒な手順を踏んで対面したハズで、こうして突然現れることもあるのを知っているのは、不死鳥関連に首を突っ込んだ経験がある一部の錬金術師や魔術師くらいなのだ。
『……これはこれは賢き人の子よ。幾らか前にもお会いしたことがありますね。どうやら、また我の尾羽の時間をズラしたようですが?』
「私のこと覚えていたんですね」
『我はそう人と会いません。ですから、ここ1000年くらいの間に対面した人の子のことは、全て覚えておりますよ』
不死の鳥だけあってスケール感が違うなぁとか思う。まぁそれはさておき。
『さて、それでは理由を問いましょう。如何ような理由を以てして、我の尾羽の時間をズラすのですか?』
「あなたはこの人に尾羽を分け与えた、で間違いはありませんか?」
『はい。確かに』
「この人があなたの尾羽を手に入れた理由は、多くの民を助ける為というのはご存じで?」
『それも承知しております』
「なら話が早いです。この人このままだと間に合わないかも、っていう状況なんです。あなたが求めたであろう”深く正しい誠実”を、この人はこのままだと履行出来なくなってしまう。民に対して”誠実”であることが出来なくなってしまいます。……尾羽を分け与えるまで誠実であれば後はどうでもいい、というワケではないでしょう? だから、あなたが求めた”誠実”を履行する為の協力を頂ければと」
私は理路整然と不死鳥の基準に合わせて理由を述べた。ここで「ちょっとくらい」とか感情に訴えかけるような言葉を言ってはいけない。
その言葉を言ったが最後、『我は人間ではありませんので、その理由は理解出来かねます』と切って捨てられて終わりだ。
せっかく長持ちさせようとした尾羽も一瞬で取り上げられてしまう。
これは不死鳥に限った話では無く、いわゆる神獣や幻獣の類全般に言えることであるけれど、あくまで相手の判断基準や価値基準に合わせなければいけない。
『なるほど。それは確かにその通りです。……良いでしょう。認めます』
「ありがとうございます」
『いいえ、礼には及びません。あくまで我の求める”誠実”に沿う為の協力であり、これは我自身の為であります。……それでは、また会える時を楽しみにしておりますよ、賢き人の子よ』
不死鳥は満足気に頷くと、そのまますぅっと消えて行った。この場に残されたのは、突然に表れた不死鳥に驚いて腰を抜かしている人たちと、大きく伸びをしながら自室へと戻る私だけだ。
さて……なんやかんやと不死鳥の一件はこうして解決した。のだけれども、その後にどういうワケか私は船内の自室に籠るハメになっていた。
何回断っても、毎日のように金髪の王子とその従者が「お礼を」と訪れてくるので、下手に外に出られなくなったのだ。
出たら捕まってしまうので……。
「翡翠の瞳が美しきご婦人よ、ぜひともお礼がしたいのだが……」
要らないって言っているのに、それでも諦めずにこうして来る。凄く面倒くさい。居留守使うのも体力使うんだよね。
「……」
「……望みは叶えてやると言っているのに、反応もしない。なんと清き心の持ち主か。それに加えて妖精の泉とやらを作る知識と技術に不死鳥を見知ったような会話。……気に入った」
気に入らなくても結構ですので、お引き取りお願い致します。しつこい男は嫌われるよ、本当に。
折角の大好きな海原をじっくり見る時間を削られ、私は「はぁ」と大きなため息を吐きつつ、シーツに丸まってすぅすぅと寝息を立てた。
この金髪王子の食い下がりは、船が港に到着するまでずっと続いた。さすがに国に戻る必要があるからか、その後は追って来なくなったので助かったけれど、疲れた。
さて、港に着いてから、私は徒歩で目的地まで向かうことにした。道中で特別な危険に遭うこともなく、それから気が付けば日数が過ぎお師匠さまの工房へと辿り着くことが出来た。
「うわ、凄いことになってる」
森の奥にあるその工房は、形こそ残っていたものの、ツタが生い茂り壁を覆う緑の館へと変貌を遂げていた。
「……放置して本当にごめんなさいお師匠さま」
手を合わせて謝罪しつつ、私はまずは手始めに掃除から始めることにした。随分と時間が掛かってしまったものの、掃除はなんとか一週間くらいで終わらせることが出来た。
更に半年が経過した。私は森の奥に住む錬金術師として、近くの村や町の人達に段々と頼りにされ始めて来た。
小さい頃の私を知っている人もいて、「あの時のおチビさん」と言われたりもしたお陰で、すぐに溶け込むことが出来たお陰でもあるけれど。
何はともあれ、のんびりと生活しながら人の役に立って生きている。その実感がとても心地よくて、ずっとこのまま穏やかに過ごして行こうと思えている。
お庭では色々なハーブを育てているし、最近になって果物の木や苗を植えて育つのを楽しみにしている。収穫が出来るようになったら、ジャムを作りたい。
そうそう、風の噂で聞いたけれど、私に婚約破棄を突きつけて来た第三王子。王位継承戦から脱落したとかなんとかなんだって。
理由はそこまで深く知らないけれど、どうにも今まで私の錬金術で解決していたことが上手く行かなくなって、”国を支える錬金術を失った原因”として扱われて求心力を失ったとか。
ざまぁみろと思いつつも、まぁもう過去の事だしと思い出すことも少なくなって来たなぁ。そのうち完全に忘れそう。
そんなある日のことだ。ふいに、大名行列みたいな大人数のお客さまが二つ現れた。
一体何事なのかと警戒しながら外に出て見ると、半年ぐらい前に見た顔が二つあった。
「……君をずっと探してようやく見つけた。翡翠の瞳の乙女よ。俺の命を救ってくれた心優しき恩人よ」
確かこの人はサラディアの解毒剤を渡した褐色の王子だ。後ろにもの凄い数の兵士さんを連れて来てる。
「翡翠の瞳の麗しき女神よ。あなたのお陰で我が国は救われた。故国へ帰ってからも一時足りとも忘れたことは無い。ようやく見つけた」
もう一方は不死鳥の尾羽の件で助けた、金髪碧眼の王子だ。こちらも凄い数の兵士さんを引き連れている。
二人の王子は顔を見合わせると、途端に機嫌が悪そうな表情になった。
「なんだ君は。翡翠の乙女が怖がるだろう。帰りたまえ」
「貴様こそなんだ。翡翠の女神が驚いているだろう。貴様のことが嫌いなんだろう」
「なんだと……?」
「やるのか……?」
一触即発な雰囲気が漂い始めたので、私は慌てて仲裁に入った。
こんなところで争い出したら、大変なことになる。お互いに幾多の兵を連れて来ているのだから、死傷者も沢山出てしまう。
「や、やめて!」
私が声を上げると、二人の王子は同時に私を見た。
「君がそう言うのであれば……」
「ここで剣を交える気は別に……」
争う気は無いようで私はホッとした。
しかしそれにしても……二人とも諦めてもう追って来てはいないと思っていたのに、私の何が一体彼らをそこまで突き動かしたというのか。
助けたことなら宝くじに当たったようなものだと思って、ラッキー程度に考えていればいいのに。律儀にも程がある。迷惑なレベル。
私は「うぬぬ」と唇で波を作る。すると、二人は同時に言った。
「「とにかく、どちらの妃になるのか今ここで選んで貰いたい!」」
話が飛び過ぎていて意味が分からない。どうして私は二人の王子からいきなり求婚されているのか。
理解が全く追い付かないので、私はゆっくりと扉を閉めるとトテトテとベッドに寝転がり眠ることにした。起きたら帰っていてくれないかな。
「翡翠の乙女よ! ぜひ俺の婚約者になってくれ! 君を追っているうちに、会えない時間が俺の恋心に火をつけたのだ!」
「翡翠の女神よ! こんな男よりも僕の妃に! どこにいても何をしていても、思い出すのはいつも不死鳥の前で毅然と立っていた君の美しき姿なのだ!」
うるさいなぁ……。もうこりごりなんですよ、妃がどうとか婚約がどうとか。
私の傍にいたいなら、タヌキとかにゃんことかワンコみたいな、私に癒しを与えるモフモフな動物の姿にでもなって出直して来て下さいな。
それではおやすみなさい。すやすやぁ……。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
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