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後編

本作はピクシブ小説に投稿した3話と同一です

 米軍は占領した陣地一体をより強固に築造し、攻撃に備える。2つの別働隊は迂回路を着実に前進していく。ブイバ島上空には艦載機が舞い、絶えず爆撃を繰り返す。その数は増え続けており、海軍艦艇の増援を日米の陸兵に見せつけている。しかし、揚陸艦や上陸兵力は増えず陸上兵力の払底も確かだった。


水雷大隊本部を兼ねる観測所で、茂木中尉は広がった小窓から右に広がる敵影を眺める。

「仕切り直す気ですね」

「今度は突破されるかもしれんな。栗村、新手は見えんか」

大葉少佐はゆったりと腕を組み、唸った。

栗村少尉は魚雷管制機に繋がる潜望鏡式の照準眼鏡を覗きこんだまま答える。

「来ません。この際、錨泊してる船を?」

提案は却下される。残り6本、積み荷の減った船に使う余計な魚雷は無いと。

「それに錨泊すると防潜網を出すからな」

茂木中尉が鉄カブトをかぶり直し、一言付け加えた時、爆音が近寄ってきた。照準眼鏡は格納位置に下げられ防護される。

水雷観測所はまだ見つかっていないが、虱潰しに連続する爆撃は段々と水雷観測所に近づいてくる。20数機のアベンジャー雷撃機が次々と山に向かってロケット弾を放ち、聞き飽きた弾着音が連続し、砂埃が4人の頭や肩に降ってくる。

「どうせ当たらない」

栗村少尉は言い聞かせるように呟いた。


しかし、ロケット弾は観測所のすぐ上に当たった。岩壁は直撃で弾け、無数の岩石に4人は突き飛ばされた。やがて小石の降る音が止み、立ちこめる砂埃を風が拭う。大きく咳き込みつつ起きた大場少佐が、少し屈めば2人くぐれる程の大穴に変わった小窓に驚嘆する。

「なんてこった当たりやがった!無事か?」

栗村少尉と小森曹長は軽症で済み、互いを応急処置するとすぐさま管制機の点検に取り掛かる。しかし、茂木中尉は岩に左腕を砕かれ、胸部も強打する重傷を負った。

魚雷管制機の構造は頑強で、石の直撃跡が何個もあるも少し凹むだけで致命的な破壊は免れていた。しかし管制機と照準装置が台座ごと傾き、正確な照準が出来ない。音声電話も不通になった。

点検口を開けて中を診る栗村少尉から悪い知らせが挙がる。

「主配電盤損傷、使用不能」

「補助に切り替え。おい茂木、しっかりしろ」

大葉少佐は横たわる茂木中尉の左腕に添え木を縛り付けつつ指示する。

「補助配電盤損傷、照準不能」

大葉少佐は管制機に駆け寄る。少尉を押し退け側面パネルを開け始めた。予備部品の箱と図面を持ってくるよう叫ぶ声には焦りが滲んでいる。麾下の中隊は全て無事で、魚雷も残しているというのに発射不能。こんな事があって良い筈がない。

 少佐と少尉は配電盤を引っ張り出し、配線図をばさばさと広げて鉛筆であちこち書き込んだり線を引いたりする。

「とにかく配電盤を直す。それからだ。小森は傾斜を戻せ。ケガ人は外見張っていろ」

茂木中尉は深く息が出来ず、血の気が引いて立てない。破孔に右半身をもたれて、双眼鏡に揚陸風景と沖を映した。3人が管制機の修理に尽くす音を背中に受けながら米軍を見る。痛みと痺れのせいか、静かに力を蓄えていく敵を眺めながらも恐怖心は起きなかった。

主配電盤から使える部品を剥がし、数少ない予備部品と合わせれば、補助配電盤を半分作りかえる形で復旧できる。大葉少佐は直るぞ、いけるぞとしきりに呟く。

そのとき、茂木中尉はふと耳に違和感を覚えた。低く唸るような音が微かに響く。耳鳴りまで始まったと思う間にも音ははっきり大きくなっていく。振り返ると3人も口と手を止め、訝しげに周囲を見回している。耳鳴りじゃない。目が合った大葉少佐は尋ねた。

「おい、この音は」

一体何だと言いかけた瞬間音は止む。次の瞬間、島中央部の尾根寄りに巨大な火柱がそそり立った。今までの艦砲射撃や爆撃とは段違いの爆発に付近の守備隊陣地は吹き飛ばされる。数秒して轟音が観測所に届く。

「どこからだ?」

「分かりません。海岸側には何も見えません」

唸りは未知の攻撃が降ってくる音だ。茂木中尉の狼狽えてる間にまた聞こえてくる。衝撃波に打たれながら小森曹長は吹き飛ばされ支柱のもげた据え付け式大型双眼鏡を抱えあげ、少佐に渡した。

 少佐は中尉を破孔からよけると破孔の縁に双眼鏡を載せると必死に索敵をする。

唸りと爆発はほぼ1分間隔で淡々と味方を絞め上げる。

双眼鏡を右へ回していき、左上半身を破孔に乗せて南南東にまで向けていった時、沖合にチカっと何かが光った。

「見えた。栗村、分かるか?」

「大型戦艦です。周りに小型艦が3隻。このまま東側に出る気では」

双眼鏡を受け取った栗村少尉は覗きながら答える。戦艦は少し左舷を見せながら真っ直ぐ向かってくる

サウスダコタ級戦艦の1隻が南から救援に駆けつけたのだ。距離2万5千近い遠距離にも関わらず支援砲撃を始めていた。後に半数使用でも5個師団の火力に匹敵すると評される16インチ砲搭載艦の猛威が日本軍陣地を確実に潰していく。

2人は管制機に駆け戻ると修理を再開した。

「どうも静かと思ったが、あいつを待ってたのか」

 敵戦艦は魚雷の射程外にいる。しかし微速で近づいてくるのでいずれは魚雷攻撃が出来る。問題はそれまでに守備隊が完全に叩き潰されるか、管制機の修理が間に合うかだった。水雷大隊の設備は、東から海岸に来る敵に向けるもので、北東端の観測所から南の敵を狙うのは困難だった。

 新たな配電盤が組み込まれた時、敵戦艦の主砲は200回以上放たれていた。

 「起動!」

 しかし、大葉少佐の号令に、その操作に管制機は応えない。起動はしたが、下との通信ランプが灯らない。各機能の再チェックが急がれる。

また新たな弾着が正面陣地に起きた。岩や土が降る中、弾着の大穴からごおっと火炎が吹き出た。5秒も吹いたと思うと地面の下から次々爆発が湧き上がり、黒煙が立ち昇った。柿沼部隊の地下弾薬庫が貫通され、虎の子の15cm迫撃砲弾が誘爆したのだ。

「あの弾薬庫まで届くのか」

茂木中尉の驚嘆をよそに管制機の破損が見つかった。連絡路を這う照準用ケーブルの一部と音声電話の線は岩に埋もれていた。それをどけると一部がパイプごとぶち斬られている。引き出したケーブルを繋ぎ、ゴム綿テープで巻くと、照準データ受け入れの赤ランプが光る。

 「電源電纜が無事で助かった」

 栗村少尉が管制機の照準データ入力ダイアルを点検していると、回復したばかりの音声電話が不意に鳴る。出るとそれは第2中隊からの緊急連絡だった。

 「第2中隊が敵斥候を発見!」

 連絡不能の間に間に敵の別働隊は西ルートを進み、遂に水雷第2中隊に接触した。しかし岩の合間を縫うようにしか進めず、忽ち膠着する。

 大葉少佐は何と叫び少尉から受話器を受け取って盛んに問答する。

 「斥候に間違いないか、それは本当か。発砲は?分かった。打って出るような真似はするなよ。よく聞け、もうじき敵戦艦に全弾打ち込むから備えておけ。発射後は入力機を完全に処分し1中隊に後退、処分の旨は1中隊にも伝えておけ。連絡路の爆破を徹底しろ。以上!」

 少佐は受話器を置くと茂木中尉が振り向き、尋ねた。

 「大隊長殿、全弾発射ですか?」

 「魚雷を残して全滅する訳には行くまい。前門の戦艦、後門に敵兵、もう処置無しだ。今は戦艦に専念しろ中尉。小森、どうだ」

 小森曹長はもう間もなくと答える。水準器を睨みながら脚部の調節ネジを細かに回し、ようやく傾斜を復旧させた。照準眼鏡が伸ばされ、反撃の時が来た。栗村少尉と小森曹長は配置につき、大葉少佐の指示を受ける。

 「直ちに敵戦艦を攻撃する。目標長200m。照準点は艦中央。雷数6。深度設定12mで艦底起爆。雷速16ktで駛走距離を稼ぐ」

 「目標北上中の敵戦艦、距離1万4500。的速、的針の計測開始」

 敵戦艦が10km以上進んだおかげで射程に収めることが出来た。しかし、夕暮れ時の15km近い遠距離発射で照準装置も応急修理したばかりとあっては命中率がかなり下がる。しかし、引き寄せすぎると減速や変針されるかもしれない。魚雷に少しでも往復パターンを走らせる為、雷速は最低の16ktに設定される。

「敵艦速力9kt、針路010。両中隊へ諸元送信」

両中隊で魚雷調定され、完了を伝える。管制機の赤ランプ2つが緑に灯る。

「発射用意よし!」

「発射!」

全弾発射完了。魚雷6本はつつがなく躍り出た。そして水雷大隊は戦力ではなくなった。

「間に合いましたね」

栗村少尉が大きく息を吐き、言った。茂木中尉は海岸部に双眼鏡を向けたまま答えた。

「いや、遅すぎたな」

双眼鏡に映るのは正面攻勢に動き出した米軍主力の大波だ。水雷大隊が敵戦艦に許した攻撃時間は長すぎた。先の迫撃砲弾庫をはじめとして、日本軍陣地は尽くが叩きのめされていた。


管制機の主電源が落とされ、大葉少佐の命令だけが聞こえる。

「すぐに管制機を分解処分し、書類をまとめておけ。ここは放棄して第1中隊に下がる」

 その後はと栗村少尉が小さく尋ねる。

「玉枝支隊と合流して戦う。残っていればな」

茂木中尉が書類をまとめてカバンにまとめて行く間、3人は管制機から照準眼鏡を取り外し、中心部から解体し始めた。直したばかりの配電盤も外され、ケーブル類は根本から千切られる。入力用のダイアルや計器が引き抜かれ、壊される。


「早く時間にならないかな」

 肩掛け式のカバンを閉じた中尉は彼方の敵戦艦を一目見ようとのそりと動いた。破孔に右手をかけ、上体を乗せようとした時、風が止んだ。なにか声が聞こえた気がした。じっと耳をすますと確かに破孔の外から人の話し声がする。中尉はゆっくりと伏せると小声で大葉少佐の背中に呼びかけた。

「大隊長殿、大隊長殿」

振り返った少佐は身振り手振りで異変を伝える中尉を見た。2人の解体作業を止めてから中腰でそっと近寄る。

「どうした?」

「外から話し声が、敵が登ってきます」

「こんな崖を、連中は山岳部隊まで引っ張り出してきたのか」

 北東ルートの別働隊30名は70度に迫る断崖をじりじりと登り、観測所の下、数mにまで迫っていた。彼らは一丸で登る事が出来ず、だらだらと長い縦列に伸びていた。登るのに精一杯で風音もあり、観測所にまだ気づいていない。だが、その有様を観測所の4人は知る由もない。このままだと管制機が敵の手に渡る。小森曹長は99式小銃を傍らに置き、解体をそっと続ける。3人は一戦交えて時間を稼ぐことになった。

 観測所は狭い上に直接戦闘を想定していないので小火器の備えは最小限だった。大葉少佐は軍刀すら邪魔になると下に置いてきた程だ。少佐は94式拳銃に弾倉を差し込む。拳銃を破損していた栗村少尉は99式小銃に装填、着剣して破孔左側の壁際に待機する。

 茂木中尉も94式拳銃を使うが、左腕が使えないので足でスライドを引いた。そのまま破孔の右縁あたりに寄りかかり、縦長に見える空に銃を向ける。

 「戦艦がここを撃たなかったのは、連中を巻き込むからだな」

 「今なら撃ちおろせるのでは?」

「顔を出してみろ、麓で構えてる機関銃や狙撃兵の的だぞ。それより投げ込まれる手榴弾に気をつけろ」

 観測所の破孔を外から見た時、足場になりそうな奥行き40cm程の突出部が穴の下側から左右に少し広がっている。破孔真下の部分は先のロケット弾攻撃で多少削れ、岩石が積もっていた。先頭の数名がそこにさしかかる。

 

 2人の米兵が左右の突出部に上がった途端、大穴に気づき、日本兵に気づいた。慌てて崖を背に立ち、下に大声で知らせている間に戦闘が起きた。

 破孔を挟んで茂木中尉の向いの兵は、手榴弾を握りしめじりじりと近寄り、投げる寸前その場にしゃがみこんだ。突き出た膝だけが照門に飛びこむ。間髪入れず響く銃声5発、中尉は立て続けに撃ち込んだ。1発が彼の右膝を砕く。手榴弾をもったまま屈み込むように転げ、短い絶叫を残して落ちていった。

 中尉がへたり込むと目の前に手榴弾2つが転がり込む。逆側の敵が投げ込んだのだ。大葉少佐が飛び込んで両手で外へ放り投げるが、勢い余って破孔の外に半身のりだしてしまう。慌てて戻ろうとした時、手榴弾を投げた敵と目が合った。彼は咄嗟にコルトの大型拳銃を構えて少佐に突き出した。しかし撃つ前に右腕が弾けた。栗村少尉の小銃射撃が命中したのだ。大葉少佐は間一髪退避して尻餅をついた。

敵兵は落ちずに左手で崖を掴んで一瞬耐えた。

 「野郎!」

栗村少尉はそのまま破孔から飛び出すと銃剣で彼の右胸を深々と刺し、銃床を押し出した。敵が足を踏み外した瞬間、拳銃とサブマシンガンの弾幕が栗村少尉の左横腹から左耳にかけて命中した。崩れ落ちる少尉を大葉少佐と茂木中尉が掴み、引きずり込む。敵弾がいくつも観測所内にとび込み、跳ね回る中、大葉少佐は栗村少尉の瞼をそっと閉じた。

跳弾で埃が立ち込めていき、咄嗟の行動で茂木中尉は胸の痛みにうずくまる。

 大葉少佐は小森曹長を呼ぼうとした。すると背後にゴロッと音が聞こえる。また新たな手榴弾。今度は放るのが遅れ、手榴弾は破孔を少し出た辺りで空中炸裂した。少佐は破片を浴びて倒れ込み、血みどろに悶え苦しむ。

 「大隊長殿!来い小森、包帯でも手拭いでも寄越せ!」

 茂木中尉は破孔に威嚇射撃しながら怒鳴る。口と鼻、顔面そのものから血を吹いてる少佐に寄る。2人で止血するが、首に刺さった破片がどうしようもない。押し込まないようにガーゼを当てて包帯で巻いても滴る鮮血は止めどない。水筒の水で顔を洗うと一瞬、変わり果てた顔色と黒ずんだ唇が見える。そして、すぐ赤く染まる。

 サブマシンガンを持った右腕が破孔の下縁から侵入し、乱射してきた。銃口は上を向いていたので弾は観測所内を滅茶苦茶に跳ね回る。小森曹長は小銃をバットのように掴むと、駆け寄ってその腕を思い切り殴り伏せると銃を持ち直し、破孔に腹這いに身を乗り出して小銃を下に向け引き金を引いた。そこには右腕を抑える敵兵がいて、弾は頭から肩まで貫通した。

 小森曹長は初めて崖の米兵達を見た。断崖を這い上がる20数名全員と目が合ったように思えた。下がらずに装填し、撃ち続けた。やがて周りにぴゅんぴゅんと弾ける音が増えていく。まず一弾が彼の右手を捉えた。銃が彼の手を離れた瞬間、右目を貫かれる。両手をだらりと下げて動かなくなった曹長に敵弾は何度も追い打ちをかけた。

 

 数分後、別働隊の数名がようやく観測所に侵入した。先頭が薄暗く埃っぽい中で栗村少尉の遺体に躓く。悪態をつき、つばを吐いた。

彼らは擦り付けたような血痕が奥に伸びているのに気づいた。辿って行くと暗中にカラン、カララと軽い金属音を聞いた。原因の飯盒を見つけた時、傍に動くぼろぼろの人間がいる。驚いた米兵が銃を向けたのと、大葉少佐が拳銃で不発弾の信管を打撃したのは同時だった。


不発の500ポンド航空爆弾は今度こそ炸裂し、観測所内の全てを破孔から外に掃き捨てた。管制機も照準装置も人間も、無数の破片となって砂と混ざり海と崖下に降り注いだ。

 更に山頂部が崖に崩れだす。山腹の洞窟陣地内での爆発は、木を斧で切り倒すのと似た作用をした。土砂崩れは残っている米軍の別働隊を飲み込み、北東ルートは一切静かになり、閉ざされた。尤も米軍の正面攻勢は全く順調に進み、既に日本軍陣地の半分以上に食い込んでいた。


 茂木中尉は書類カバンを抱えて観測所から第1中隊に脱出していた。裏の連絡路から這い出し、自爆と崩落の落石が背中を乱打したが、少しずつ滑り落ちるように下り、衣服はズタズタに破けた。遂に第1中隊の連絡口にたどり着く。すっかり日は落ちていた。


 歩哨に肩を借り、茂木中尉は第1中隊の洞窟陣地に入った。薄暗く、何十もの負傷兵が呻いていた。

 「貴様、茂木か!」

 「樫大尉殿」

 水雷第1中隊長の樫大尉は中尉の変わり果てた姿に驚嘆した。そして、中尉から観測所での経緯と大葉少佐の遺した命令を聞いた。

 機材処分の後、書類と残存兵員全てをシニチク島に後退。内地に帰りより強力な水雷大隊を創れ。

 そう伝えると少佐は中尉を追い出し、管制機処分のために不発弾へ這い進んだ。

 水雷大隊はこれからの戦いに必要な部隊だ。ここで潰えさせてはいけない。しかしブイバは包囲下にあり全員を移すだけの船は無い。樫大尉は難しいなと呟き、現状を伝えた。

 第2中隊は魚雷発射の後、敵別働隊の突入を防げなかった。第1中隊からも応援を送り抗戦したが白兵戦じみた乱戦になり、両中隊約100人のうち3割近い戦死とそれ以上の負傷者を出した。第2中隊陣地は放棄され、連絡路のトンネルを爆破閉鎖した。幸いだったのは両中隊とも入力機の解体、海没処分を済ませていたことだ。書類もまとめてある。

 茂木中尉は岩に埋もれた連絡路を見た。

「すぐ向こうに敵が?」

 「掘っている音はずっと聞こえている。突破はすぐだ。茂木、小発で1人でも転進させるか」

 樫大尉は頷いた後、入り江を仕切る偽装シャッターの方を見た。小発こと小発動艇がシートを被せられ繋がれている。大発の2/3程の舟艇で積載人数は40人ほど。島での器材移動用でシニチクまでの航続距離は無いが、発電機用の燃料缶を足し、コンパスと天体を頼りにたどり着けると分かり、小発での後退が慌ただしく準備された。

 包囲下では小発の往復で全員後退させるなど望めない。樫大尉は無事な者と戦える軽傷者を率いて玉枝支隊に合流。明日来るかもしれない救援部隊の上陸点を確保する事になった。

茂木中尉は自分を含めた重傷者33名全員を小発で後退させる事になり、積み込みを急がせた。そして、重傷者達から自決用の手榴弾を全て取り上げて樫部隊に渡した。海上で捉まれば全員水葬になるし、玉枝中佐は自決を禁じている。

「玉枝支隊での家賃ですよ。小銃だけでは疎まれるかもしれません」

「ありがとう茂木。モタモタしてるシニチク連中の尻を蹴っ飛ばしてくれよ。頼んだぞ」

「必ず。支隊も押し込まれています。どうか気をつけて」

 「なに、爆薬もしこたま残ってる。こいつで一泡吹かせてやるさ」

 樫大尉がチラと見た陣地の隅にはケース入りの工兵用爆薬が山と積まれていた。

 エンジンがどろどろと響き、灯火が消される。偽装シャッターが上がっていくと弱い月光に照らされた岩礁や輸送器材の残骸に波音が立っている。茂木中尉は舳先に腕をかけ、旗で操縦手に指示する。波しぶきが負傷兵にかかる度に弱々しい悲鳴が聞こえる。茂木中尉がどうにか振り返ると、樫大尉がゆっくりと軍刀を振り見送っていた。見送りは少発が岩礁を抜け、シャッターが降りるまで続いた。


 静かなシニチク島の奥へ、米軍の歩兵が散開し進んでいく。地雷処理の工兵が辺りを調べて回っている。先頭の歩兵が手で合図を送る。彼の指差す先には半地下式の木造兵舎が傷んだ屋根を見せている。砲爆撃の直撃を免れた兵舎にじり寄ると出入り口から白い布のついた枝が突き出された。次いで枝を持った日本軍の将校らしき人物が全身傷だらけで左腕を首から吊った姿を現し、枝を振りながらよろよろと歩み寄ってくる。

 紛れもない降伏に米兵たちが銃を向けながら駆け寄る。その将校ははっきり英語で降伏すると何度も告げた。衣類を調べられながら米軍の士官と応答していると後続の米兵たちは兵舎を調べるため慎重に覗き込んだ。すると米兵の1人は叫びながら飛び出し、振り返りざまに手榴弾を兵舎に投げ込んでサブマシンガンを乱射した。他の兵士もあらゆる開口部から手榴弾を投げ込む。将校こと茂木中尉は爆発音に振り返った。

「やめろ!」

痛みも忘れて叫び、兵舎に駆け出そうとしたが銃床で後頭部を強打され、気絶した。


 救援部隊と爆撃隊が控えている筈のシニチク島に日本軍はいなかった。全くもぬけの殻だった。幸い小発は発見されず、灯火1つ見えない島の南岸に着いた。全員が上陸して這うように進んでも歩哨1人会えず、朝を迎えた。中尉は小発を自沈処分して島を歩き回った。あったのは爆撃で破損した机1つ無い空の兵舎、屋根だけの格納庫、ハリボテ飛行機の列、実用に耐えない舗装の滑走路もどき。その傍らに地雷注意の立て看板を見た時、中尉は膝から崩れ落ちた。シニチクの地区隊や航空隊は不利を悟り転進したのか、元からいなかったのか分からない。ただ彼には一切知らされていない。ブイバ島の守備隊は端から見捨てられる部隊だったのか。玉枝中佐は助けが来ないと知って万一という訓示を述べたのか。

 しかし、そんなブイバ守備隊に食いついた米軍は我々より滑稽だと思い直した。

「敵を欺くには、という訳か」

 茂木中尉はよろめくように部下たちの元に戻り、関連書類を全て焼き、兵舎に皆を移した。その間、地雷を踏むものはいなかった。やがて米軍の事前砲爆撃と上陸が始まる。 

 無血上陸を果たした米軍に中尉は皆で降伏を決めた。これは敵を欺くための命令に沿った行動で、決して卑怯ではない。そう言い聞かせれば白旗を揚げる気力も湧かすことが出来た。


茂木中尉が引き攣るように目を覚ますと、そこは小さな医務室のベッド上だった。服は傷病兵用の白衣に換えられ、全身の傷は残らずガーゼと絆創膏で手当てされ、砕けた左腕はしっかり固定されている。

 捕虜になっただけでなく情けを受けたとしみじみ感じる。両手を上げたのは自分だが、やはり日本軍人としてあってはならない事だ。静かに俯く中尉に軍医が歩み寄ってきた。

「心配いらない。治療は無事済んだから安心なさい。4箇所も折れてた左腕には苦労したがね。君は半日近く寝ていたんだ。水はいるかね?」

軍医はまるで警戒せず町医者のように対応する。コップを手渡した。中尉は力なくコップを受け取ると揺れる水面を眺め、ゆっくりと飲んだ。

その間、彼が言うにはここはシニチク島近くに停泊してる巡洋艦ハーキュリーで、情報部から捕虜の手当を丁重に行うよう命じられた。ハーキュリーはこの後、後退する船団に同行する。捕虜は尋問の後、ハワイか本土の収容所に送られるということだった。

中尉が壁に目をやると丸い舷窓があり、夜景に波と船が見えて驚いた。

「ブイバは、戦闘は終わったのか」

「もう終わったらしいがどうだろうね。なにせハーキュリーは応援に駆けつけたのに出番が無いようだからね、さて」

軍医は立ち上がり艦内電話を手に取ると艦橋へ何やらやり取りをした。受話器を置くと振り返って告げた。

「もうすぐ情報部の将校らが来る。頼むから暴れたり死んだりしないように」

中尉は水をぐいと飲み干すと、眉をしかめ、玉枝中佐の訓示を噛み締めた。 


尋問は士官室で行われた。茂木中尉が着席させられた椅子の前に長机があり、ファイルが置いてある。その後ろの机にはタイプライターや録音機が置かれ数名が記録に備えていた。

 長机を挟んで2人の情報部将校は向かって右の人物からさっと敬礼し、各々海軍と陸軍の情報部から来たと名乗った。

「アメリカ海軍情報部少佐、ダニエル・D・ダルグレン。この尋問の責任者です」

「陸軍情報部のハーパー大尉だ。階級章から君が中尉なのは分かっている。名乗ってくれるか」

2人の着席を待って中尉はわざとおどけた素振りで答えた。どうせ死んだようなもの、玉枝中佐の訓示に則り、錯乱させてやろうという腹だった。

「茂木三朗太。こんな格好だが工兵中尉なんだ。ミスターハーパー」

「サブーロータ‥モギ。モギ中尉。東洋人は風変わりな名が多いな。通訳が間に合わなかったが話せそうで助かる」

ハーパー大尉がメモを取り終わると、ダルグレン少佐は指を組み、前に半身乗り出した。

「モギ中尉、腕は大丈夫ですか?感づいてはいるでしょうけど質問には正直に答えてください。とはいえ今回はブイバとシニチクでの戦闘に関しての事だけです。それ以上は移送後に行います。」

「答えよう。治療と食事には感謝してる。しかし何故俺を助けた。あとブイバとシニチク島の戦闘はどうなったのか?俺が捕まった時、兵舎に負傷した部下32名がいた筈だ。どうなったのか正直に答えて欲しい」

ダルグレン少佐は姿勢を崩さず応じた。

「ブイバもシニチクもとうに陥落しました。掃討も終わった頃でしょう。また貴方の保護はジュネーブ法に基づく当然の措置です。部下については」

ブイバでの掃討戦は戦車とサブマシンガンにバズーカ、火炎放射器まで使いだした米軍側の圧倒で終わりつつあった。玉枝支隊の残存兵はトンネル陣地から出て手を上げる事も出来ず斃れていった。

ここでハーパー大尉が数枚の報告書を手に割って入った。地上戦を把握してるのは陸軍側だからだ。茂木中尉は右手を額に当てて俯いてる。

「残念だがモギ中尉、シニチクでの捕虜は君1人だ。ブイバの捕虜は兵だけでみんな話が出来ない重傷だ。だから将校の君は特に大切なゲストなんだよ。ああシニチクでの報告だとその兵舎の負傷兵は手榴弾で抵抗したようだ。応戦したら木造兵舎が燃えてしまったんだ」

中尉は嘘だ、馬鹿な、と呟きながら頭を振った。彼らから手榴弾を没収したのは自分なのだ。

「そんな筈はない。手榴弾どころか銃剣1つ持たない丸腰のケガ人だぞ。それを」

「部下を失ったことは気の毒に思う。だがブイバで小隊規模の自爆部隊が突撃して来たんだ。その話で兵たちは張り詰めていたんだ」

「自爆部隊だって?」

ハーパー大尉の言う事に茂木中尉は平静を保てなかった。

ブイバ正面陣地の戦闘もピークを過ぎた夜間、掃討中の戦車隊に爆薬を背負った日本兵30数名が突っ込んできたというのだ。その自爆で戦車5両が完全に撃破され、3両が損傷した。自爆部隊に生存者はなかった。

「樫大尉殿」

か細く呟く中尉にはその32名が水雷第1中隊だとすぐ分かった。彼との別れ際、爆薬を眺める姿、軍刀を降る姿を思い描く。これが戦車上陸阻止に失敗した事の償いなのか。

少しの沈黙の後、ダルグレン少佐が口を開いた。

「モギ中尉、貴方の質問には答えました。話を戻しましょう。多少ショックを受けたようですが、正直に答えてください。貴方が捕虜になったと日本軍や貴方の家族や故郷に伝えるのは結構手間がかかるのです。まず貴方は何故負傷した部下と取り残されていたのです?」

茂木中尉は樫大尉のことが頭から離れず、ダルグレン少佐が釘を差した事に気付けなかった。代わりに自分が言わない限りブイバ島水雷大隊の秘密は守られると思い、これだけは誤魔化そうと決めた。大隊本部は爆弾で木っ端微塵、第1中隊は戦車を道連れにし、第2中隊は皆焼き殺された。米軍の尋問がいくら優秀でも原形を留めない死人を相手には出来ない。自分も死んでおけば良かったのか。いや、今死に急ぐと怪しまれるだろう。


茂木中尉の回答にありえないと2人は顔を見合わせた。シニチクにいた部隊は輸送機で後退したが、負傷兵を運ぶ余力は無いと放置された。茂木中尉はそれに反対し残ったと供述した。更に後退はブイバに知らされなかったという。米軍では考えられない事だった。

ハーパー大尉は怪訝な目を向けた。

「本当か?とすると君は軍に見捨てられたという事になる」

「だから嘘は言わないんだ。ブイバ島も同じ運命だがね」

さらりと言ってのけたが、嘘が半分程なのが中尉にはひどく恥辱だった。


「お気の毒に」

机に数枚の書類を置きながらダルグレン少佐は嘆き、問を続ける

「我が軍はブイバ島に日本海軍のミゼットサブが隠されてると考え、重要攻略目標に定めたのですが、知っていますか?」

ミゼットサブ、つまり特殊潜航艇だと言われても中尉は戸惑い唸った。海軍はお古の輸送器材を少し融通しただけで、戦闘には関わっていない。

「海軍の極秘兵器については何も分からない。陥落したから探せばいいじゃないか」

「ブイバ島の各陣地は酷く壊れてる。特に艦砲射撃で緩んで崩落しかかってるのです」

中尉は甲標的だの九軍神だのと新聞記事を必死に思い出し、特殊潜航艇隊について上手い事誤魔化せないか探ることにした。

ダルグレン少佐は無言のまま数枚の写真を卓上に並べた。それは航空機からの偵察写真で、ブイバ島への器材揚陸の様子がほぼ真上から写されていた。拡大され、少しぼやけた1枚の写真を少佐は指差す。

「これが舟艇と並んでるミゼットサブだと推測しています。また通信傍受でも魚雷や艇の収容やらの文が結構ありました。それに」

それに戦艦インディアナが雷撃を受けた際、周囲の駆逐艦達は潜航艇が15ノット近くで複数接近と多数報告している。これは真珠湾やガダルカナル、シドニーで使われたミゼットサブよりずっと脅威になるという。

なるほど、本家海軍サンに15ノットで来る魚雷なんて無いか。

「戦艦を相手取るとはさすが海軍だ。こいつは、ああこれか」

戦艦が雷撃を受けた。この一言を頭で反復させつつ茂木中尉は写真を手に取る。数隻の大発に挟まれ人に群がられている大きな筒に見入った。小型の運貨筒だ。

小型運貨筒は海軍の曳航式輸送コンテナで、大発5隻分の貨物積載量があり、シニチクからの輸送に何基か試した事があった。そこを撮られていたのだ。

甲標的といわれる特殊潜航艇と小型運貨筒は、運悪くほとんど同じ大きさだった。

「確かにいた。直接携わってはないが、確か10隻はいたと思う。あと新型機雷の噂を聞いたね」

撮られていたとは参ったと中尉はため息交じりに答え、少佐は今までより大きくメモを走らせつつ尋ねた。

「機雷?」

「地雷みたいに海中に埋めて揚陸艦を迎撃するらしい。時限式や遠隔式にもなるそうだが、何かそれらしい攻撃は受けなかったか?」

外した魚雷たちはそのうち自爆を始める。特殊潜航艇がやったでは説明がつかない事だ。とっさの上塗りした嘘にヒヤヒヤした中尉は話題を逸らし始めた。ダルグレン少佐はそのままメモを続け、機雷については最後に力強く下線を2本引き強調した。

「ブイバがそれ程の基地とは知らなかったが、それにしても攻撃が大げさでは?」

「シニチクの航空基地と組まれると厄介な拠点になると考えたんですよ。それに日本海軍はクェゼリンにも潜水艦基地を持っています。尤もシニチクの航空施設は見当外れでしたが」

茂木中尉はハーパー大尉に視線を向ける。

「新兵器といえばブイバで新しい大型迫撃砲が随分暴れた筈だ。ハーパー大尉、重迫隊は今後も増えるだろうから気をつけて」

「ご忠告どうも、モギ中尉」

尋問は一度打ち切られた。中尉は医務室で再検査の後に、営倉にしては豪華な個室に送られた。舷窓の金網に指をかけながら事を反芻した。

どうもわざとらしくなったが、敵は買いかぶりが過ぎてる。島の陣地でなく、海中と海底に注意を向けてくれるだろうか。


翌日、ブイバ島の沖は後退する輸送船や舟艇でごった返していた。

巡洋艦ハーキュリーは船団編成の為にその1郡へゆったりと進んでいる。

その左舷甲板で茂木中尉はしゃがみ込み桶で洗濯をしている。自分の軍服を着る事を許されたからだ。

しかし、右手には手錠がかけられ、更にロープが見張り番に伸びている。付近の水兵達は猿回しだと笑う。

だが、彼からはもう手錠を振り払う怒りも舷側から飛び降りる気力も湧かなかった。

それは清潔な寝台と豪勢な朝食のせいだけではないだろう。


中尉が右手だけの作業に難儀していると、ふと周囲の水兵達がどよめきだしている事に気づいた。

彼らは左舷に集まり何かを指差し、目の上に手をかざす等して一点に注目している。


茂木中尉が顔を上げ見回すとハーキュリーはブイバ島の上陸地点付近に差し掛かっていて、どうも海岸が騒ぎの理由らしかった。


そして中尉は群れる水兵達の隙間からそれを目の当たりにし、息をのむ。

ブイバ島の上陸海岸の沖数百mに異様な鉄の城が伸びている。その周りを何十という小型艇が取り囲んでその根元を探っているようだ。

鋼鉄の城。それは戦艦インディアナの艦橋、艦上構造物だ。

着底したインディアナの艦橋と煙突が海面から突き出し、第二砲塔の天板が重油の波をかぶっている。


水雷戦隊が最後に魚雷6本を放ったが、機器の応急修理のため照準が甘くなり5本が外れた。それでも執念の1本が右舷寄りの後部直下で炸裂。乗員の殆どを突き飛ばした。

左舷外側の1軸を残してボイラーと機関にダブルスケグを砕かれ、竜骨が捻じ曲がる。しかし、戦艦だけあって轟沈は免れた。インディアナは沈みながらも力を残った1軸に振り絞りブイバ海岸を目指し、力尽きた。


茂木中尉は目を伏せると遮二無二軍服を洗う。

桶に滴る涙に気づいた米兵はいなかった。



水雷大隊の総戦果は撃沈が

重巡洋艦1

駆逐艦2

兵員輸送艦1

揚陸艦3。


更に戦艦1大破着底である。



太平洋戦争の架空戦記で難しいのは如何に日本軍を勝たせるかより

如何にアメリカ軍を勝たせないかだと思う

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